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肩寄せる影

翌朝、タケシはリシェルに声をかけ、ひとり黒馬車へ呼んだ。

「何ですの?お父さま」

微妙に当たりがきつい。

「なあリシェル、好きなやつおるやろ」

あまりにも直球だった。

リシェルは一瞬固まり、すぐに視線を逸らす。

「……お父さまには関係ありません」

強がってはいるが、声がわずかに揺れている。

「ええんかー?そんなこと言うて」

タケシはにやりと笑った。

「正直に言うてええんやで」

覗き込まれ、リシェルは逃げ場を失う。

「好きなもん好きって言うて、悪いことなんかない」

「お父さま……」

「ん?」

「わたくし……カエルが好き」

「そっか」

あっさり受け止める声に、リシェルの肩が少し落ちる。

「でも……カエルは、わたくしのことをいつだって子ども扱いで」

「うんうん」

「偉そうに、お説教するんです!」

その瞬間、タケシは腹を抱えて笑い転げた。

「リシェル」

笑いをこらえながら、少しだけ優しい声になる。

「レオンが好きやったら、ちゃんとレオンって呼んだり」

「え……」

「いつまでもお守り係やと、あいつもそこから動かれへん」

「.......」

「お守りされる側のままでええんか?ちゃうんやろ」

頷くリシェル。

「レオンをリシェルと同じとこに置いたって」

「同じところ……」

「そうや。並ぶんや。横に」

リシェルの瞳が、ユラユラ揺れて、タケシの目で止まった。

「……そしたら?」

「そしたらな」

タケシはその瞳に微笑みかける。

「ずっと一緒におれる」

「本当ですか?」

「うん。ほんまや」



「タケシ様、公爵家の方にはお断りを入れましたが、他家とのお話というのは、どちらでございますか」

「あー。あれは……」

ローデリックの反応は読めている。

それでも.......ここは直球や。

「レオンやで」

「……はぁ?」

間の抜けた声が返る。

「そやから、レオンと婚約するねん。リシェルは」

「ちょ、ちょっとお待ちください!」

ローデリックの声が裏返る。

「それは、リシェル様はなんと……」

「どっちも好きやって」

あまりにも軽く、タケシは言った。

ローデリックの顔が一気に赤くなる。

「いや、それでも……レオンさんは平民ではありませんか。私は納得できません」

「レオンが貴族やったらオッケーなんか?」

「いえ……そういう問題では……」

言葉が詰まる。だが、すぐに立て直す。

「レオンさんは、ただの護衛です。それ以上、何を——」

「別にな」

タケシは肩をすくめた。

「どうしても言うんやったら、どっかの貴族に養子に出してもええで。形だけ整えたら済む話や」

「はぁ……?」

完全に理解が追いついていない顔だった。

「第一な」

タケシの声が、少しだけ低くなる。

「なんでそこまで貴族にこだわるんや」

ローデリックが息を呑む。

「見てみい。どこの貴族も、うちの力が欲しいて寄ってきとるだけや」

言葉は静かだが、重い。

「そんな他人の力当てにしとる奴と、自分で立っとる奴。どっちが強いと思う?」

「……しかし、貴族には貴族としての——」

その言葉を、タケシは途中で切った。

「ローデリック」

ぴたり、と空気が止まる。

「忘れたんか」

一歩、踏み込む。

「俺かて、元は平民やで」

「……」

「つまらんプライドはな」

タケシはふっと息を吐く。

「捨てた方がええ」



夕日の公園に、ふたりの姿があった。

ベンチに座るリシェル。

その少し横に、間を空けてレオンが腰を下ろす。

長く伸びた影が、地面でそっと重なりかけている。

少し離れた場所で、それを見ている二人。

「ほら、ローデリック。これでええやん」

「はい」

短い返事。ローデリックはじっと2人を見つめている。

「お前、嫁はんおらんやろ」

「……はぁ?」

わずかに眉が動く。

「ずーっとリシェルの家に仕えてきた。それはよう分かる」

「……」

ローデリックは何も言わない。

「誰かを好きになるってな、ええもんやで」

夕日が、少し沈む。

「今からでも、頑張ってみるか?」

「滅相もありません」

即答だった。

「もー。真面目やなぁ」

軽く笑って、タケシの表情がすっと変わる。

「側で、よう見てやってくれ」

ローデリックの視線が、わずかに揺れる。

「間違えたら叱ればええ。な」

「……はい。承知いたしました」

その声は、さっきより少しだけ深い。

「レオンってな」

タケシの目が、遠くを見つめる。

「お前以上に真面目やで」

「……そう、ですか……」

「おれんとこ来る時にな」

風が、草を揺らす。

「勇者の大剣、川に捨ててきよった」

ローデリックの目が、わずかに見開かれる。

「ほんで、うちで下働きや」

静かに続ける。

「普通、できるこっちゃないで」

「……」

言葉が、出ない。

「せやからな」

タケシは、少しだけ笑った。

「あれは——誰よりも勇者やねん」

夕日が、ふたりの影をさらに長く引き伸ばした。





ミナセのコンドウ家。

座敷でタケシがごろんと寝転んでいると、廊下の向こうからぱたぱたと足音が近づいてきた。

「じいじ、おかえりなさい」

セリーヌがそのまま飛び込んでくる。

タケシはひょいと抱き上げて、そのまま膝に乗せた。

「おー、ただいま」

その後ろから、ナターシャが静かに入ってくる。

「ナターシャ、婚約ってどないすんの?」

唐突に聞かれて一瞬目を丸くしたナターシャだが、平然と答える。

「そうですわね。殿方から家紋入りの装飾品を贈るのが一般的ですわ」

「装飾品?」

「ええ。ペンダントやブローチなど。それを結婚まで、常に身につけますの」

「家紋かー……」

タケシは天井を見上げたまま、ぼそりと呟く。

レオンの家紋……?

「ちょ、紙あるか」

近くにあった紙を引き寄せて、何やらスラスラ描き始める。

「こんな感じかな」

「何ですの?」

ナターシャとセリーヌが、興味津々で覗き込む。

「レオンの家紋」

そこに描かれていたのは——

大きく広げたハリセンと、その真ん中に、ちょこんと立つけん玉。

「……」

一瞬の沈黙。

「……え?」

ナターシャが固まる。

セリーヌは——

「かわいい!」

ぱっと笑った。

タケシは満足げに頷く。

「ええやろ。あいつらしいわ」


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