守る覚悟
国王私室。リゥトスに連れられた、ひとりの青年。
「タケシ、紹介するよ」
カイルは、いつもの調子で言った。
「彼はリシュア=アルカディウス。アルカディウス王国第三王子――唯一の生き残りだ」
「……は?」
青年は静かに一礼した。
「リシュアです。お初にお目にかかります」
その物腰は柔らかい。
タケシはしばらく黙って、カイルを見た。
「……なんでおるん?」
「カイエンタイに預けてたんだけどね」
カイルは、あっさり言う。
「ちょっと借りてきた」
カイルはパンをちぎりながら、にこっと笑った。
「ちょうどいいタイミングでしょ?」
「何がやねん」
リシュアは、テーブルの上の缶詰を見た。
「……それが、例の」
「せやけど」
「少し、頂いても?」
「はいはい」キコキコ
「うわ、そこ!?」
「彼も作戦には同行するんだ」
「危ないやろ」
「いえ。自国のことですから。私が参るのは当然のことです」
さらっと言うリシュアだが、いかにも線が細い。
「カイエンタイの特殊訓練で仕込んである」リゥトスがリシュアの肩を叩く。
「8年間。よく頑張ったよ」
「マジか......」
まだ20にも満たない顔がニッコリと笑った。
「だからタケシ、カメスラボールとマスクだ。後、缶詰も」
と、リゥトス。
「僕、あの果物のがいいです」
は?こいつも軽っ。
「カメスラボール色々あるねん。こしょうの他に、目にくるやつ、鼻にくるやつ」
「んー。激辛スペシャルブレンドで。あ、でも目にきたらマスクしても.....」
「はいはい。防塵マスクあるから大丈夫」
「ボウジンマスク?」
「うん。工房で使ってるから」
「やっぱタケシんとこって意味不明だー」
カイルが声を上げて笑った。
「で、ルークはどうすんねん」
「くしゃみしてる間に詠唱封術かける」
いとも簡単そうに言う。
「大丈夫かよ」
「これでも色々考えたんだよ。な、リゥトス」
「ああ、最善策だ」
「カメスラが最善.......」
「案外そんなもんだ」
「あ、タケシ。この作戦極秘だから、誰にも言わないでね。ナターシャにもカツミさんにも」
「ナターシャもって......」
「ナターシャは王家に嫁いだんだ。これくらいの覚悟はある」
「......」
「ここにいる者とカイエンタイ特殊部隊だけしか知らない。国軍もね」
タケシはセリーヌを思う。じいじじいじとまとわりつく、かわいいセリーヌ。
ーーそうか......俺が守るんや......
ミナセに帰ったタケシは、アキラにカメスラボールとマスクの生産を指示した。
カツミには缶詰を軍に下ろすことを告げる。
「国境付近で小競り合いが続いてるんやって。回したって」
「そうなんや。物騒やね」
「あぁ。ノマドもちょっと増産しといてな」
「うん。わかった」
庭ではセリーヌがヒューイと遊んでいる。
タケシは、ルークには会わずに、サラディアに戻った。
「タケシ様、先日の公爵家の方ですが.......」
「ん?4男か?断ったんやろ?」
「はい。ですが......せめてお目通りをと仰られて」
「あぁ........あっちの方が上やもんなぁ.......」
「さようで」
「リシェルは?」
「しぶしぶですが、何とか......お会いになると」
「そんで機嫌が悪いんや」
「レオンさんがなだめてくれているのですが、余計にすねてしまいまして.......」
「わかった。俺ちょっと話するわ」
庭の奥、木陰に小さな影が見えた。
リシェルは、頬を膨らませたまま、そっぽを向いている。
レオンが何か話しかけているが、ぷいと顔を背けた。
「……あーあ」
ーー分かってるけど...嫌なんやろなぁ......あれ?
顔を背けているのに、リシェルの手はレオンの服の裾を握っている。
ーーいっつも裾引っ張るんよな。
近づいて行く。リシェルの手がプルプル震えていた。
「リシェル」声をかけるとリシェルが振り向いた。
目を......拭った?.......泣いてたんか?
レオンは、黙ってうつむいている。
「お父さま。わたくし........」
リシェルがレオンを見る。
「わたくしちゃんとお会いします」
そう言うと走って行ってしまった。
「レオン、どないしたんや」
うつむいたままのレオン。
「いえ。何でもありません」
「何でもないって、変やろ。リシェル泣いてたんやろ」
「私には......どうにもできません」
かすれた声。
「私には?」
ーーこいつら.......
そうや......カツミが何か言うとった。
でも......15も年離れてるのに.....
タケシは、うつむくレオンの顔を見る。
唇を......噛み締めていた。
ーーあぁ。そっか。
年なんか関係ないか。
「レオン。後で話しよ」
「ローデリック、先方には、他家との話が進んでるって言って、お断りしといて」
「え?よろしいんですか」
「うん。ええよ」
「わかりました」
その夜、タケシはレオンを黒馬車に呼んだ。
「なあレオン、お前、何躊躇しとるん」
「は?」
「リシェルのこと、どない思とるん」
「私は、ずっとお守りしたいと......」
「他の男に取られて、守れるんか」
またうつむいてしまったレオン。
「大事なもんは自分で守るもんやろ」
「.......」
「こっち向け」
タケシの強い声に、レオンが顔を上げる。
「身分が......合いません」
「身分やと?」
「年も......離れています」
「年やと?」
「私は.....一介の冒険者です。リシェル様には、家柄の合う方と共に歩まれた方が、ゆくゆくはその方が.......」
と一気に言うと、またうつむく。
「お前、本気でそう思てるんか」
「私は、お側で仕えさせて頂ければ......」
レオンの肩が小刻みに震えている。
「それで......リシェルは幸せになるんか?」
「.......」
「家柄が何やねん。俺かて元は平民や。ほなお前は、俺もそういう目で見てるんか」
タケシの言葉に、首を横に振るレオン。
「いえ、師匠は立派な方です」
タケシの声が、少し柔らかくなる。
「お前かて立派な勇者やで。ほんで俺の優秀な弟子や。何引け目があるんや。何も出来ん貴族のボンボンに、リシェル渡せるんか。俺は嫌やで」
レオンが顔を上げる。
「堂々とせい。ほんで俺に言うてみい」
「師匠.......」
「俺が守ったる。身分がどうのと言う奴は、俺が叩いたる」
「師匠......私は.......」
「ん?」
「私は......リシェル様を愛しています。誰にも渡したくありません」
「ほんで?」
「結婚させてください」
レオンが両手をついて頭を床につくほどに下げた。
レオンを見下ろして、タケシは息をついた。
「やっと言うたな」




