変えずの間
ここだけは、何も変わらない。コンドウ家の座敷。
定例会議ーー
湯気の立つ茶碗と、菓子の甘い匂い。外がどれだけ変わろうと、この部屋だけは昔のままだ。
「旨いっすね、これ」
「サラディアの森って色んなもの採れるんやな」
「おいおい、ほんでどうなんよ」
タケシが書類を指でトントン叩く。
「馬車工房は旧馬車整備ですね。.....,.ハーケンフェルトへは整備士1級2名、2級5名っと。大丈夫ですよ、もう人材だけは豊富でね。何なら教師もつけれます」
「すごいな」
「級で給料上げるんやもん、そら若いもんみんな必死ですよ」
「ミナセの下請けからも来てますよね」
「あ、それから家具類と布物は、下請けに回します。1級のおる店選んでますし、金物はこっちから出しますから」
「うん。取り付け前の確認だけきっちりな」
アキラが手を上げた。
「ポンプ隊1班でいいですか」
「ああ、商業地がついてないらしい。自費でするって」
「やったー自費。結構儲かるなー」
「クレスは食堂と遠征パックですね。ポンプさん、保冷箱頼みますね」
「了解っす」
「商会は普通に商品置かせてもらって様子見ます」
「輸送がハーケンフェルトになるんやったら、うちで使ってた御者とか護衛とかどうなるんです?」
「人動かすやつは、今のままで行く。んで、資材とか商品だけの便は、ハーケンフェルト。で、御者なんかはハーケンフェルトと契約して貰うことになってる」
「ほな、やめささんでええんですね」
「うん。そら向こうかて、人急に集まらんもん。担当者が説明に来るって言うとったわ」
「よかったー」
「商会の中に仮事務所作ったって。多分常駐するから」
「わかりました」
「ほなそれで準備進めてもろて.....カツミー。お茶おかわり」
「はいはい」
「明日からはガッポガッポタイムやで」
「そうですね、面会1時です」
「工房と商会、案内するからな」
「了解っす!」
「あ、サーシャどないや」
「結構難しくて.....バルザさんに手伝って貰ってます」
「そっか。うん、ボチボチでええで」
「あ、タケシさん、ポンプ隊ですけど」
「ん?」
「そろそろシリンダー交換に入ります。つけた順に回りますね」
「そやな。もうそないなるか......国、通しといてな」
「はい。とりっぱぐれのないように。ヘヘ」
「まあアキラはそういうこときっちりしとるしな」
「カレーできたでー」
「おーっし。食お食おー」
「あー。これー」
「ん?ヒューイ。なに?」
「今度のオセロ大会の要項。工房に張り出しお願いします」
「へっへー。次はうちが取るで」
「なんの、連覇じゃ」
「お前ら遊びも手ぇ抜かんな」
「当然でしょ」
…...声が合った。
翌日から、貴族たちが順に現れた。
いずれも実務担当者を伴っているあたり、ただの視察ではない。買い付けを見据えた目だ。
工房見学では、そろいの制服と整然と流れる作業に目を見張る。
商会では、細やかな便利品に足を止め、試食コーナーでは、思わず言葉を忘れる。
主人が馬車の仕様に頭を悩ませる横で、実務担当者は、帳面片手に持ち帰る価値を見極めている。
――この街は、使える。
一日の終わりには、ルークの迎賓館。
張り詰めていた空気がほどけ、ようやく貴族らしい時間が戻る。
それを五組。
ようやく、馬車工房に静けさが戻った。
「これで、ひとまず一年先まで埋まったな」
タケシが柱にもたれて息を吐く。
「そうですね。……たぶん、もう少し早く仕上がりますよ」
馬車工房長のヘンリーは、図面を巻きながら、少しだけ口元を緩めた。
「まだ注文は来るやろ。ライン増やせる段取り、考えといてな。整備もあるし、無理はせんでええけど」
「わかりました。みんな、ええ顔してますよ。やっぱり俺ら、馬車屋ですから」
木の匂いと、鋸の音。
若い職人たちの手は、止まらない。
「ええもん見たら、また頑張りよるんですよ」
その言葉に、タケシは小さく頷いた。
「そや、カイルの幌タイプ。次までに仕上げてな。あれ、また持って行かなあかん」
「大丈夫です」
タケシの顔を見て、ヘンリーがふっと笑う。
「タケシさんこそ、ちゃんと休んでください」
「うん。家帰ったら、寝てばっかりや」
とタケシは笑った。
夜。母屋でのんびりしていると、副研究室長が顔を出した。
「どないした。こんな時間に」
「すみません。実は……」
言い淀むあたりで、だいたい察しはつく。
若い研究員に、引き抜きの手が伸びているらしい。
「今、サーシャさん、缶詰で悩んでて……言い出せてないんですけど」
「あー……アイツには向かんな、そういうの」
タケシは苦笑する。
「でしょ。なんか様子おかしいなと思って、寮生に探らせたんです」
「やるなぁ」
「どうも、高給で引っ張ってるみたいです」
「上には?」
「全く。私達、もともと国からの派遣ですし」
「ほな、大したもん知らん思われてるな」
「ですね。カメスラシートくらいからですかね」
「カメキチおらんと回らんやつや。人だけ連れてっても意味ないのにな」
「……何やってるか、知りたいんでしょうね」
外では、夜の作業音がかすかに響いている。
「ええよ」
タケシはあっさり言った。
「行きたかったら、行かしたり」
「いいんですか」
「ええで。技術、盗まれても構わん。追いつけるもんやったらな。若手何人おっても、そう簡単には真似できん」
指で机を軽く叩く。
「ここはな、一個づつ積み重ねて登ってきたんや。うちほど進んでるとこも、この環境も、そうそう無い」
副研究室長の肩の力が、少し抜けた。
「……ですよね。私ら、ずっと面白いですもん」
くすっと笑う。
「タケシさんらの無茶振り、毎回新作ですし」
「そやろ」
お茶を一口飲んだ。
「いっぺん、ちゃんと目ぇ見て話聞いたって」
「はい」
「多分な、行ったら分かる。何を捨てたか」
「……分かりました」
立ち上がりかけた副研究室長。
「出る時はな、ちゃんと退職金出すから、堂々と出ろ。って言うといて」
「……はい」
と頷いた足取りが、ほんの少し軽くなった。




