第97話 氷雷激突 続
雷光と氷結が激しくぶつかり合う。
ドガァァァァン!!
轟音とともに衝撃波が闘技場を駆け抜けた。
砂煙が舞い上がり、観客席から悲鳴にも似たどよめきが起こる。
エクレールは軽やかに後方へ飛び退く。
ダーレンも数歩だけ下がった。
だが――。
どちらの呼吸も乱れていない。
「……嘘でしょ」
リフルが思わず呟く。
「今ので平気なの?」
ルシアも言葉を失っていた。
先ほどから続く激突は、もはや人の戦いには見えない。
雷鳴。
氷結。
常人なら一撃で戦闘不能になるような攻撃を、二人は当然のように受け流していた。
闘技場中央。
エクレールは心から楽しそうに笑っている。
(強い)
久しく味わっていなかった高揚感。
間違いない。
目の前の男は本物だ。
だからこそ面白い。
一方のダーレンは、最初から表情一つ変えない。
静かな湖面のような瞳のまま、淡々と口を開いた。
「……いつまで続ける」
低く響く声。
エクレールが眉を上げる。
「ん?」
「こちらは属性的に分が悪い」
言い訳ではない。
ただ事実を述べただけだった。
「決着までは望んでいないのだろう」
観客席がざわつく。
ストーリアが静かに頷いた。
「確かに……」
「ダーレンさんからすれば、目的は十分果たしているわね」
エルドも続ける。
「実力を測るという意味では、双方とも十分でしょうな」
エクレールは数秒だけ黙り込み、やがて小さく笑った。
「そうね」
肩へ剣を担ぐ。
だが、その笑みは消えない。
むしろ、どこか悪戯っぽく深まっていく。
「でも――」
バチッ。
青白い雷光が刃を走る。
「貴方、まだ隠してるでしょう?」
静寂。
会場中が息を呑んだ。
エクレールは細めた瞳でダーレンを見据える。
「少しくらい本気を見せてくれたら、終わってあげてもいいわよ?」
あからさまな挑発だった。
「煽ってる……」
ルシアが苦笑する。
「煽ってるわねぇ」
リフルはどこか嬉しそうだ。
ロゼリアだけは黙ったまま二人を見つめている。
ダーレンは何も答えない。
沈黙が流れる。
やがて、小さく息を吐いた。
「……本気、か」
その瞬間だった。
ピシッ――。
足元の石畳に一本の氷の筋が走る。
誰かが息を呑んだ。
ピシッ。
ピシシッ。
次々と氷の亀裂が広がっていく。
まるで巨大な氷の花が咲くように。
最前列の観客が思わず後ずさる。
寒い。
いや、違う。
熱そのものが奪われていく。
生命まで凍りつくような感覚だった。
「……っ!」
ルシアは無意識にスレイヤーへ手を添える。
本能が警鐘を鳴らしていた。
闘技場中央。
ダーレンは動いていない。
ただ立っているだけ。
それだけで空気そのものが変質していく。
漆黒の革手袋。
その隙間から、淡い蒼い光が静かに漏れていた。
絶対零度。
十八歳の時に手にした代償と力。
その片鱗。
ほんの僅かに解放しただけで、会場全体が凍りつこうとしていた。
「へぇ……」
エクレールが笑う。
今度は明らかに嬉しそうだった。
「それよ」
バチィッ!!
雷光が弾ける。
「見たかったのは」
その時だった。
「そこまでだ」
重く響く声。
ジークレッドだった。
一瞬で会場の空気が止まる。
エクレールが不満そうに振り返る。
「えぇ?」
ジークレッドは真顔のまま答えた。
「これ以上やれば、試験場が使い物にならん」
全員の視線が床へ向く。
石畳の半分近くが白く凍り始めていた。
数秒の沈黙。
そして。
「あははっ!」
エクレールが堪えきれず吹き出した。
「確かにね!」
ダーレンも何も言わず、静かに剣を納める。
途端に冷気は薄れ、凍結も止まった。
だが。
誰もが理解していた。
今のは決着ではない。
勝負ですらない。
互いの力量を、ほんの少し見せ合っただけ。
それだけで、この有様だった。
「……化け物だな」
ルシアがぽつりと呟く。
ロゼリアも静かに頷いた。
否定できない。
あの二人は間違いなく、この国の頂点に立つ剣士だった。
「合格でいいでしょ?」
エクレールが振り返る。
ジークレッドは即答した。
「ああ」
短く。
だが力強く。
「文句なしだ」
闘技場が大きくどよめく。
二人目の合格者。
ダーレン・アイスィ・クレイル。
しかし当の本人は、その宣言にも興味を示さなかった。
静かにキラーを見つめる。
(やはり違うな)
冷気と殺意。
絶対零度と竜殺し。
似ているようで、本質はまるで違う。
これは、自分が求める力ではない。
そして。
この剣が求めている者も、自分ではない。
そんな確信だけが残っていた。
ふと、エクレールへ視線を向ける。
エクレールも笑顔のまま見返した。
(……なるほど)
短く納得したように頷く。
「また機会があったらやりましょうね」
エクレールが気軽に声をかける。
ダーレンは一瞬だけ立ち止まり、何かを確かめるように彼女を見る。
「ああ。いいだろう」
「約束よ」
そのやり取りを見ていたジークレッドが、呆れたように口を開いた。
「どうした、エクレール。お前らしくない」
「別に」
エクレールは肩をすくめる。
「ちょっと気に入っただけよ」
そう言って、いつものように笑った。




