第94話 選別、あるいは“拒まれる者たち”
エレノアの一撃によって刻まれた鎧の傷。
その余韻は、まだ闘技場に残っていた。
観客席の熱気も、先ほどまでとは明らかに違う。
――本物なら届く。
そんな希望を見せつけられた直後だった。
「……特にエレノアのような人柄なら、隊長として申し分ないわ。その上でキラーまで扱えるなら尚更ね」
ストーリアが静かに呟く。
リールーも頷いた。
「ええ。王国側としては理想的でしょうね」
「実力だけでなく、統率力や精神性も含めて見ています」
「ドラゴン討伐隊……か」
ルシアが低く呟く。
その言葉に、ロゼリアの胸がわずかに揺れた。
(私が……討伐隊?)
一瞬だけ、そんな想像が頭をよぎる。
だが、すぐに打ち消した。
(……今は考えることじゃない)
まだ何も決まっていない。
自分は、ただ生き残っただけだ。
その時だった。
「――では、次の者」
ジークレッドの重い声が響く。
空気が張る。
先ほどまで躊躇していた参加者たちも、エレノアの健闘を見て希望を抱いたのだろう。
一人の槍使いが前へ出た。
筋骨隆々の大男だ。
「オルセンだ。やってやるぜ」
威勢よく笑う。
観客席からも歓声が飛んだ。
ジークレッドが静かに告げる。
「では、その剣に触れよ」
中央の台座。
そこに置かれたキラーは、まるで生き物のように脈打って見えた。
オルセンは鼻を鳴らす。
「けっ、脅かしやがって」
そして乱暴に柄を掴んだ。
瞬間。
ドクン――――。
空気が変わる。
「……あ?」
男の笑みが止まった。
次の瞬間。
ガタッ!!
膝が崩れる。
「ぐっ……!?」
呼吸が乱れる。
血走った目。
額から滝のような汗が流れ落ちた。
「な、なんだこれ……!」
右腕が震えている。
まるで剣に握らされているようだった。
「離……れ――」
バチン!!
弾かれるように手を放し、そのまま地面へ倒れ込む。
「失格」
ジークレッドの声は淡々としていた。
観客席が静まり返る。
先ほどのエレノアとの差が、あまりにも大きかった。
「……今の、何もされてないわよね」
リフルが小さく呟く。
「ええ」
ロゼリアの視線は鋭い。
「拒絶されたのよ」
次の参加者。
細身の双剣使いだった。
今度は慎重に近づく。
汗を拭い、深呼吸し、そっと手を伸ばす。
だが。
触れた瞬間。
「――ッ!!」
悲鳴。
火傷でも負ったかのように手を引き、そのまま後ずさる。
「だ、ダメだ……!」
目の焦点が合っていない。
そのまま逃げるように試験場を去っていった。
三人目。
四人目。
五人目。
誰一人、まともに握れない。
ある者は膝をつき。
ある者は吐き。
ある者は触れる寸前で足を止めた。
まるで本能そのものが拒絶しているかのようだった。
観客席の空気が、少しずつ冷えていく。
「お、おい……」
「エレノアが異常だっただけか……?」
「なんなんだ、あの剣……」
ざわめきが広がる。
希望が、再び不安へと変わっていく。
そんな中。
ただ一人。
黒装束の女だけが静かに笑っていた。
試験場の端。
半面の仮面に隠された表情は見えない。
だが、その瞳だけは細められている。
まるで。
――最初から分かっていた、とでも言うように。




