第89話 第三試技、剣を握る資格
メルディナ中央闘技場。
第二試技を突破した者は、わずか十三名。
残った者たちは静かに闘技場へ立っていた。
誰も油断していない。
誰もが理解している。
ここから先は――
本当に選ばれる者だけの領域だと。
観客席にも、先ほどまでとは違う緊張が漂っていた。
中央には、ジークレッド。
その隣には、“稲妻”エクレール。
そして。
闘技場中央へ、重々しく運び込まれてくる一つの箱。
黒鉄製の箱。
幾重にも巻かれた封印布。
魔力封鎖用の銀鎖。
運ぶ兵士たちですら、触れることを恐れているのが見て取れた。
「……アレか」
ルシアが小さく呟く。
箱が中央へ置かれた。
その瞬間だった。
ゾワリ――。
空気が冷える。
観客席のあちこちから、小さな悲鳴が漏れた。
息苦しい。
胸がざわつく。
理由のわからない不快感。
そして。
ドクン。
ルシアの腰のスレイヤーが脈打った。
「……っ」
無意識に柄へ触れる。
熱い。
昨日までとは比べものにならないほど、はっきりと。
まるで――呼応しているように。
「やっぱり……反応してるわね」
ロゼリアが低く呟く。
エルドも眉を寄せた。
「スレイヤーが、キラーへ共鳴しておりますな……」
その時。
エクレールが楽しそうに笑った。
「さて」
パン、と軽く手を叩く。
「第三試技だけど――」
青白い雷が足元を走る。
「予定変更にしましょうか」
ざわめきが広がる。
参加者たちの視線が一斉に集まった。
だが、ジークレッドは腕を組んだまま微動だにしない。
止めるつもりはないらしい。
「私たちと普通に戦うだけ?」
エクレールは肩をすくめる。
「意味あるかしら?」
挑発するような視線が参加者たちをなぞる。
「どうせ半分以上、立っていられないわよ?」
一人の参加者が顔をしかめた。
「……舐めやがって」
「事実よ」
即答だった。
「候補者が全滅したら困るでしょ?」
その言葉に、ジークレッドが低く口を開く。
「なら、お前が継承すればいい」
「嫌よ」
エクレールは即答した。
「怖いもの、こんなの」
軽く笑う。
だが、その目だけは笑っていない。
「私は自分の剣が好きなの」
腰の細剣へそっと触れる。
「こんな訳のわからない剣に頼らなくても、ドラゴンくらい倒してやるわ」
観客席がざわめいた。
圧倒的な自信。
だが、不思議と虚勢には聞こえない。
「だから私は要らない」
そう言って、エクレールはジークレッドへ視線を向ける。
「貴方こそ欲しいんでしょ?」
「……」
「なら」
エクレールが、にやりと笑った。
「参加者側になったら?」
一瞬。
空気が止まる。
次の瞬間、観客席がどよめいた。
「はぁ!?」
「おいおいおい!」
「護衛団長が参加者だと!?」
ジークレッドは答えない。
ただ、キラーが収められた箱を見下ろしていた。
やがて。
「……面白い」
低く呟く。
エクレールの笑みが深くなった。
「でしょ?」
次の瞬間。
バキン――!!
封印鎖が外された。
黒布が落ちる。
そして。
それは姿を現した。
漆黒。
禍々しい刀身。
見ているだけで、心を削られるような存在感。
ドラゴンキラー。
空気が歪む。
何人かの参加者が顔をしかめた。
一人は後ずさる。
別の男は、無意識に剣へ手を伸ばしていた。
「第三試技」
エクレールが笑う。
「ルールは簡単」
細剣を抜く。
青白い雷光が刀身を走った。
「一人ずつ、キラーを握ってもらうわ」
参加者たちの間にざわめきが広がる。
「その状態で」
今度はジークレッドが続ける。
巨大な大剣を抜き放つ。
ゴォン――。
空気そのものが震えた。
「我らのどちらかと戦え」
沈黙。
重い。
あまりにも重い。
「選ぶのは自由」
エクレールが言う。
「私か」
ジークレッド。
「あるいは――」
二人の殺気が静かに闘技場へ広がる。
「ここで棄権してもいい」
誰も笑わなかった。
冗談ではない。
そのことを全員が理解していた。
そして。
闘技場中央。
仮面の女が、初めて小さく口元を歪める。
まるで――
ようやく始まる。
そう言うかのように。




