第86話 観測者たち、あるいは静かな視線
冒頭が少しおかしかったので、再構築しました。
第1回の終了が抜けてました。
メルディナ中央闘技場。
第一回試技は、想像よりもあっけなかった。
戦って倒れた者もいる。
だが、それ以上に。
立っていることすら許されなかった者が多かった。
気づけば、砂地を埋め尽くしていた参加者は半数以下。
敗退した者たちは係員に連れられ、闘技場の外へと退出していく。
歓声はない。
どこか張り詰めた空気だけが残っていた。
「思ったより減ったわね」
リフルが呟く。
「キラーに選ばれる資格がないと判断されたのでしょうな」
エルドが静かに答える。
その時。
高台に立つジークレッドが再び口を開いた。
「第一回試技、終了」
低く響く声。
闘技場全体が静まり返る。
「残った者のみ、第二回試技へ進め」
ざわめき。
だが誰も喜ばない。
ここに残った者たちは理解していた。
試験は終わっていない。
むしろ――
ここからが始まりだと。
何層にも積み上がった観客席。
はためく王都の旗。
地鳴りのような歓声。
第一回を勝ち抜いた者たち。
だが、その顔ぶれは既に大きく変わっていた。
最初にいた“ごろつき”のような参加者は、ほとんど消えている。
残った者たちは、皆どこか鋭い。
無駄に騒がない。
油断していない。
互いを値踏みするように視線を交わしている。
「空気変わったわね」
リフルが腕を組みながら呟く。
「第一回は“ふるい落とし”」
エルドが静かに言った。
「ここから先は、本当に“選ぶ”段階なのでしょうな」
ルシアも下を見つめる。
確かに、違った。
さっきから一切動かず、ただ周囲を観察している者。
逆に、露骨に力を見せつけている者。
全員、“何か”を探っている。
その時だった。
「……あの人」
ストーリアが小さく声を漏らす。
視線の先。
試験場の中央付近。
そこに、一人の女が立っていた。
黒装束。
だが、ただの戦装束ではない。
東方の衣を思わせる細い袖。
西方貴族の礼装のような装飾。
奇妙な均衡で混ざり合った意匠。
腰には細身の剣。
そして顔の半分を覆う、銀と黒の仮面。
まるで、仮面舞踏会からそのまま現れたようだった。
「……なんだ、あの女」
ルシアが眉をひそめる。
周囲の参加者たちが荒々しく睨み合う中、その女だけが異質だった。
焦りがない。
緊張もない。
ただ静かに立っている。
「強いわね、あれ」
ロゼリアが小さく呟く。
「まだ何もしてませんぞ?」
エルドが聞き返す。
「分かるのよ」
ロゼリアの目は細い。
「ああいう人は、“構え”で分かる」
確かに。
女の立ち姿には、一切の無駄がなかった。
いつでも抜ける。
いつでも殺せる。
そんな静かな圧力。
その時。
近くの大男が、女へ絡み始めた。
「おい姉ちゃん」
下卑た笑み。
「こんな場所でお人形遊びか?」
周囲から小さな笑いが漏れる。
だが、女は反応しない。
男はさらに近づく。
「聞いてんの――」
次の瞬間。
ヒュッ。
「……え?」
男の首元に、細い刃が止まっていた。
抜いた瞬間すら、誰も見えなかった。
観客席が静まり返る。
女は無言。
仮面越しの瞳だけが、冷たく男を見ている。
「……っ」
大男の顔から血の気が引いた。
刃は触れていない。
だが、あと数ミリ動けば終わっていた。
それが誰にでも分かった。
スゥ……。
女は何事もなかったように剣を収める。
「……は?」
ルシアが目を見開く。
「今の見えた?」
リフルが聞く。
「半分くらいしか」
ストーリアも苦笑した。
「相当ですな……」
エルドも真顔になる。
ロゼリアだけが、じっとその女を見ていた。
(速い)
しかも。
ただ速いだけじゃない。
――殺し慣れている。
そんな気配があった。
その時だった。
「おぉ!」
突然、後ろから豪快な声が響く。
「少し見ない間に、ずいぶん顔つきが凛々しくなったな、ルシア!」
「……げ」
振り返ったルシアが、露骨に嫌そうな顔をした。
そこにいたのは、大柄な男。
重厚な鎧。
豪快な笑み。
背後には数人の部下。
ヴァルガスだった。
「なんだその反応は!」
豪快に笑いながら、ルシアの肩を叩く。
「痛っ、強いって!」
「はっはっは! 前よりマシな身体になったじゃねぇか!」
「会って早々それかよ……」
リフルが吹き出した。
「あはは! 相変わらずねアンタたち!」
ヴァルガスは笑いながらも、じっとルシアを見る。
「ドラゴン戦の話は聞いた」
空気が少しだけ変わる。
「……」
ルシアは黙る。
ヴァルガスはニヤリと笑った。
「前のお前は、“振り回されてる顔”してた」
ドン、と自分の胸を叩く。
「だが今は違う」
「少しは、“剣士の目”になってきたじゃねぇか」
ルシアは少しだけ言葉に詰まった。
そんなふうに言われるのは、まだ慣れない。
「……別に」
誤魔化すように視線を逸らす。
「照れてるわね」
リフルが即座に茶化す。
「照れてねえよ」
「分かりやす」
「うるさい」
ヴァルガスは豪快に笑った。
だが、その直後。
彼の視線もまた、下の黒装束の女へ向く。
「……ほぉ」
その声色が、少しだけ変わる。
「なるほどな」
腕を組み、目を細める。
「今回――“本物”も混ざってやがる」




