第82話 新たなる光
グレースランドの朝は、妙に静かだった。
空は高く晴れている。
だが、街道を流れる空気には、どこか落ち着かない重さがあった。
旅人の姿は少ない。
行き交う馬車も減っている。
すれ違う人々も、皆どこか不安げに周囲を見回していた。
ドラゴン騒動の余波は、確実に広がっている。
そんな中。
ルシアたち四人は、宿屋前の小さな広場で待ち合わせをしていた。
「ちょっとルシア」
リフルがじっと顔を覗き込む。
「二日酔い?」
「違う」
ルシアが即答する。
「というか、なんでそうなるんだよ」
「だって顔死んでるもの」
「寝不足なだけだ」
「へぇ〜?」
リフルがにやにやし始める。
「まさか一人で飲み歩いてたんじゃないでしょうね?」
「なんで“一人”って決めつけるんだよ」
その横で、エルドが静かに咳払いした。
「私は先に休ませていただきましたぞ」
その瞬間。
リフルの動きが止まった。
「……え?」
ゆっくり。
ものすごくゆっくりと、ロゼリアを見る。
「……え?」
ロゼリアは少しだけ視線を逸らした。
「あ、昨夜ね。少しだけ話してたのよ」
「え、え、え、えぇぇぇっ!?」
リフルの声が裏返る。
「な、なんでアンタがお姉様と二人で飲んでるのよ!!」
「いや、そんな怒ることか?」
「怒るわよ!!」
ズバッとルシアを指差す。
「お姉様に変なことしてないでしょうね!?」
「だから何でそうなる!? しかも変なことって!」
「変なことは変なことよ!」
「説明になってねぇよ!」
「お姉様、大丈夫でした!?」
「リフル」
ロゼリアが小さく笑う。
「大丈夫よ。誘ったのは私だから」
「えぇぇぇぇぇ!?」
今度は頭を抱えた。
「なんでですか!? 私もご一緒したかったのに!」
「たまたまよ」
ロゼリアは肩をすくめる。
「キラーのことを考えてたら眠れなくてね。ラウンジへ行ったら、ルシアもいたの」
「……なんだぁ」
リフルが露骨に安心した顔をする。
「なら許すわ、ルシア」
「許してくれてどうも」
ルシアが呆れながら返した。
「なんだよその差」
「今度からは、私を通してからにしてよね!」
「だから何の許可制なんだよ……」
ロゼリアが思わず吹き出した。
「ありがとう、リフル。でも、もうその辺で許してあげて」
「むぅ……」
「ルシアも、ちゃんとしてたわよ」
「そうですぞ」
エルドも頷く。
「ルシア殿は、どんどん成長なされております」
「なんか褒められてる気がしないんだけど……」
「少なくとも、“紳士”ではないわね」
「おい」
そんなやり取りをしていると。
宿屋の扉が開いた。
「あっ、ごめんね!」
ストーリアが慌てて飛び出してくる。
「寝過ごしちゃって……!」
その後ろから、リールーもぺこりと頭を下げた。
「すみません……私が時計を確認し忘れてしまいまして……」
「いえいえ!」
リフルが一瞬で態度を切り替える。
「全然気にしなくて大丈夫ですわ!」
「急に丁寧になったな」
ルシアがぼそっと言う。
「何か言いましたかしら?」
「いえ、何も」
「ふふ」
ストーリアが笑う。
「そうだ。せっかくだし、朝ごはん食べに行かない?」
「いいわね」
ロゼリアも頷く。
「おすすめのカフェがありますの!」
リフルが胸を張る。
「“カフェ・アルカディア”っていう、パンが絶品のお店なんです!」
六人は、そのまま街角のカフェへ向かった。
店内は、焼きたての香りで満ちている。
並べられたパンはどれも香ばしく、温かい。
「……美味しい」
リールーが目を丸くする。
「この甘み……何でしょう」
彼女は真剣な顔で考え始めた。
まるで書庫検索でもするように。
「もしかして、“グレイプル”でしょうか」
「正解です!」
リフルが嬉しそうに身を乗り出す。
「この辺りでしか採れない果実なんですよ!」
「やっぱり」
リールーも嬉しそうに微笑む。
「文献では見たことがありましたけど、実際に食べたのは初めてです」
「なんか二人、姉妹みたいね」
ストーリアが笑う。
「確かに自然だわ」
ロゼリアも頷いた。
その横で。
ルシアとエルドは、完全についていけていなかった。
「……すごいですね」
「ですな」
そんな穏やかな空気の中。
ふと、ロゼリアが思い出したように口を開く。
「そういえば、ストーリア」
「昨日、何か言いかけてなかった?」
「あ……」
ストーリアの動きが止まる。
キラー。
ドラゴン。
転移。
あまりに色々ありすぎて、完全に流れてしまっていた話だ。
「実は……」
少しだけ緊張した顔で、彼女は言った。
「みんなに、お願いがあるの」
「何かしら?」
リフルが即答する。
「もしかして家出? 泊まる場所なら私の家があるわよ!」
「いやいや違うわよ!?」
思わずストーリアが笑った。
「そうじゃなくて……その」
一度、深呼吸する。
「……私を、みんなのパーティに入れてくれないかしら」
空気が止まった。
「正式に参加したいの」
「……今、何と?」
エルドが珍しく目を丸くする。
「だからその……」
ストーリアが少し照れながら続ける。
「一緒に戦ってみて、思ったの」
「このパーティ、まだ完成してない」
「でも……すごく可能性がある」
ロゼリアが真剣な顔になる。
「逆に、いいの?」
「ストーリアの実力なら、もっと上位パーティだって入れるわ」
「Sランクでも歓迎されるはずよ?」
ルシアも不思議そうに聞く。
「どうかしちゃったのか?」
「失礼ね」
ストーリアが笑った。
「だってあなたたち、実力は十分あるもの」
「確かにまだ粗いし、連携も発展途中」
「でも、それを補う“運”が桁違いなのよ」
「運……」
エルドが静かに頷く。
「確かに、それはありますな」
「でしょ?」
ストーリアが嬉しそうに笑う。
「しかも、伝説の剣があって」
「さらにもう一本、キラーまで関わってる」
「こんなの、普通じゃないわよ」
「それは興味深いですね」
リールーも頷く。
「私も、とても良い話だと思います」
「私は大賛成!」
リフルが真っ先に手を挙げる。
「ストーリアさんの援護、すっごく助かるもの!」
「もちろん私も賛成よ」
ロゼリアも微笑む。
「今までエルドに負担が集中していたし」
「ありがたい話ですな」
エルドも深く頷いた。
そして。
視線が、ルシアへ向く。
ルシアは少し困ったように頭を掻いた。
「……俺は、反対する理由なんてないですよ」
「むしろ、ありがたいです」
「何も言う権利すらないくらいには」
「ルシアは素直になれないタイプだから、気にしないでね」
リフルが即座に茶化す。
「余計なお世話だ」
ストーリアは、そんなやり取りを見ながら小さく笑った。
「ありがとう」
「ドラゴン戦のあと、ユシャーンに言われたの」
『自分のやるべきことをしろ』って」
その言葉を思い出す。
「だから、勇気を出してみたの」
「……あの人らしいわね」
ロゼリアが静かに笑う。
「確かに、かっこいいな」
ルシアがぽつりと漏らす。
「俺と違って」
「あら」
リフルがにやりと笑う。
「卑屈になってるルシア、今日は素直じゃない」
「俺はいつもこんなもんだよ」
ルシアが肩をすくめる。
「なんせ、まだ何もできてないんだからさ」
だが。
その言葉に、誰も同意はしなかった。
こうして。
ストーリアは、新たな仲間として。
正式に、ルシアたちのパーティへ加わることになった。




