第78話 選別告示、国が観るもの
数日後。
メルディナ全土に、一つの布告が張り出された。
王都中央広場。
冒険者ギルド。
教会の回廊。
市場の石柱。
城門前。
人が集まる場所ならば例外なく、同じ羊皮紙が掲げられている。
風に揺れる王国印。
その中央に記された文字を、人々は何度も読み返した。
『特賞武具“DRAGON KILLER”継承者選定式の開催をここに告げる』
ざわめきが、ゆっくりと広がる。
「……キラーだと?」
荷運びの男が立ち止まる。
「マジかよ。噂じゃなかったのか、あれ」
「継承者って……誰でも参加できんのか?」
冒険者たちが布告へ押し寄せる。
酒場では既に賭け話が始まり、傭兵たちは腕を組みながら条件欄を睨みつけていた。
そこには、明確な参加資格が記されている。
『参加資格:戦闘能力を有する者』
『所属・出自は問わない』
その一文が、街の空気をさらに揺らした。
貴族も。
平民も。
傭兵も。
流浪人も。
“誰でも挑める”。
それは希望であり、同時に火種だった。
さらに、その下。
選定段階が淡々と記されている。
【第一回 試技】
基礎戦闘能力の測定および、適性の初期観測
【第二回 選定】
数名への絞り込み。精神負荷試験を含む
【第三回 実戦】
王国護衛剣士団との模擬戦闘
【第四回 最終選定】
候補者によるトーナメント戦
人々は、その最後の一文で口を閉ざした。
『なお、本選定は“剣の意思”を最終判断基準とする』
風が紙を揺らす。
誰かが小さく呟いた。
「……剣の意思って、なんだよ」
だが、答えられる者はいなかった。
ただ、その言葉だけが妙に重く、見る者の胸へ沈んでいく。
まるで国そのものが、
“誰を殺戮へ選ぶのか”
見定めようとしているかのように。
――中央保管庫・書物庫。
高い書架の隙間を、夕暮れの光が細く差し込んでいた。
「ねえ、リールー。聞いた?」
机に腰掛けたまま、ストーリアが口を開く。
「キラーの選定式の話」
「はい」
リールーは静かに本を閉じ、机へ置く。
「まるで祭礼の催しのようですね」
その声音は穏やかだ。だが視線だけは、どこか冷えていた。
「祭り、ね……」
ストーリアが苦く笑う。
「人を殺すための剣なのに」
短い沈黙。
書庫の奥で、紙をめくる音だけが響く。
「実はね」
ストーリアが椅子にもたれながら続ける。
「王都の使いが来たのよ。私のところに」
「王都の?」
「そう。ロゼリアについて聞きに来た」
リールーがわずかに顔を上げる。
「ロゼリアさんの?」
「フェリオスが壊れたあと、キラーがどうなったのか。誰が触れたのか。何が起きたのか……かなり詳しくね」
ストーリアは指先で机を軽く叩く。
「あの場にいた全員、見られてたんでしょうね」
「……それで、お話しされたのですか?」
「ええ」
ストーリアは小さく頷いた。
「ロゼリアが咄嗟にキラーを掴んだから、私たちは戻って来れた」
あの瞬間を思い出したのか、目を細める。
黒紫の刃。
脈打つ殺意。
それを、ロゼリアは躊躇なく握った。
「もしかすると……候補に入っているかもしれませんね」
「まさか」
ストーリアが即座に否定する。
「ロゼリアはグレースランドの民よ?」
「だから、です」
リールーは静かに答えた。
「ここはメルディナです。そして、キラーは福引きによって出現した特賞武具」
机の上で、彼女の指が書類を整える。
「所有者不明となった場合、国家による管理・選定へ移行する。そういう法体系なんです」
「でも……」
ストーリアが眉を寄せる。
「ルシアがスレイヤーを持ってるのに、もしロゼリアがキラーを所有することになったら……」
言葉が止まる。
想像してしまったのだ。
理を司る剣と、
殺戮を司る剣。
その両方が、一つのパーティに揃う光景を。
「……嫌な感じがするわね」
ぽつりと漏らす。
リールーは否定しない。
「ストーリア。まだ可能性の話です」
「そうなんだけどね」
椅子から立ち上がる。
「でも、じっとしてられないわ。明日、グレースランドへ行く」
「ロゼリアさんに会いに?」
「ええ。彼女、普段冷静だけど、いきなりその話が出ると誰しも動揺するでしょ」
ストーリアがため息を吐く。
「それでは、私も同行いたします」
「え、いいの?」
「はい。ここには優秀な部下たちがおりますので」
リールーが微笑む。
その姿を見て、ストーリアが少し吹き出した。
「……そうよね。貴女、ここの責任者だもんね」
「はい」
「なんか見た目が若いから、つい忘れそうになるのよ」
「見た目と仰いましたが」
リールーが少しだけ困ったように笑う。
「ちなみに、そんなに歳も重ねておりません。まだ十八ですので」
「えっ!?」
ストーリアが目を見開く。
「十代だったの!? その落ち着きで!?」
「よく言われます」
「参ったわね、これは……」
「慣れておりますので、お気になさらず」
柔らかな空気が、少しだけ場を緩める。
だが。
窓の外では、まだ王都の鐘が鳴っていた。
選定式の告知。
人々の熱狂。
そして、
“ドラゴンキラー”という名。
国は今、
剣を選ぼうとしている。
誰が振るうのか。
誰が壊れるのか。
それを見定めるために。




