第76話 国が触れた日
翌日。
静寂は、あっさりと破られる。
「失礼いたします」
重い扉が開く音。
現れたのは、数名の役人。
その装束は統一され、胸元にはメルディナの紋章。
場の空気が、わずかに張り詰める。
「中央より通達です」
先頭の男が言う。
「対象物――“キラー”は、一時的に国家管理下へ移管されます」
「……早いわね」
リールーが小さく呟く。
「決定事項です」
男は淡々と続けた。
「本件は、王都直轄。関係者の判断を待つ段階ではない」
有無を言わせない口調。
ストーリアが一歩前に出る。
「……安全は保証されるの?」
「最大限の処置を行います」
曖昧な答え。
だが、拒否はできない。
「……分かったわ」
リールーが、静かに結界へ手をかざす。
「解除する」
紋様が、ほどけるように消えていく。
その奥に。
キラーが、再び“ただの物”のように現れる。
だが、その場にいる誰もが分かっていた。
これは、物ではない。
役人の一人が、特殊な術具を取り出す。
金属とも石ともつかない、箱状の容器。
「収容開始」
慎重に、しかし迷いなく。
キラーが、その中へと収められる。
蓋が閉じられた瞬間。
わずかに、空気が重くなった気がした。
「……行きましょう」
役人たちは、それ以上何も言わず、去っていく。
再び、静寂。
だが。
もう、さっきまでの静けさではない。
「……持っていかれたわね」
リフルが呟く。
「ええ」
ストーリアが頷く。
その視線は、扉の向こうを見ている。
「これで、“国の問題”になった」
リールーも静かに言う。
「もう、私たちだけの話じゃない」
ルシアは、何も言わない。
ただ、手元のスレイヤーを見つめる。
(……なんだよ)
さっきまであった“気配”が、少しだけ遠のいた気がする。
だが、消えたわけじゃない。
むしろ――
(……薄くなった?)
奇妙な感覚。
まるで、“何かを持っていかれた”ような。
だが同時に。
まだ、どこかで繋がっている。
(……気のせい、じゃねぇな)
確信だけが、残る。
王都中央区画、地下深層。
一般の役人ですら立ち入りを許されない封鎖区域を、キラーを収めた容器が静かに運ばれていた。
通路は白い石で構成されている。
装飾はない。
あるのは、無機質な静けさだけ。
運搬に同行している役人たちも、誰一人として私語を交わさなかった。
ただ。
箱だけは、異様だった。
術式封印を施された容器。
だが、その表面を、時折黒い脈のようなものが走る。
まるで。
内側で“鼓動”しているかのように。
「……本当に、これで抑えられているのか?」
後方の役人が、小さく呟く。
「見るな」
先頭の男が即座に返した。
「意識を向けるな。記録通りなら、“反応する”」
空気がさらに重くなる。
誰も、もう口を開かなかった。
やがて。
巨大な扉の前で、一行は止まる。
扉には、幾重もの封印陣。
王都の紋章。
そして、その中央に刻まれているのは――竜を貫く剣。
「開門」
低い声。
重い振動と共に、扉がゆっくり開いていく。
その内側は、円形の空間だった。
壁一面に魔術式が刻まれ、淡い光が脈動している。
中心には、黒い台座。
まるで最初から、そこに置かれることを前提に作られていたかのような形。
「収容します」
容器が、慎重に台座へ運ばれる。
固定術式、開始。
封鎖術式、接続。
監視結界、展開。
次々と術者たちが作業を進める。
だが、その時だった。
ピシ――
小さな音。
一人の術者が、動きを止める。
「……今、何か」
次の瞬間。
容器の表面に、黒い線が走った。
まるで、ひび割れ。
いや。
内側から、“爪でなぞられた”ような痕跡。
空気が凍る。
「下がれ!」
誰かが叫ぶ。
同時に、部屋中の術式が一斉に明滅した。
バチバチバチッ!!
青白い火花が空間を走る。
術者たちが後退する。
だが。
容器は、動かない。
ひびも、それ以上は広がらない。
沈黙。
嫌な静けさ。
その中で。
台座の前に立っていた老術師が、ゆっくり口を開いた。
「……間違いない」
皺だらけの指が、微かに震えている。
「これは、“保管物”ではない」
一拍。
「生きている」
誰も、否定できなかった。
そして。
誰も気づかないまま。
封印されたはずのキラーの奥底で。
ドクン――
小さく。
確かに、“何か”が応えた。
誰の手にもないはずの力が。
今。
静かに、“誰かのもの”になろうとしていた。




