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⚔️伝説の剣。福引きしたら、ドラゴンスレイヤーだったらしい……。  作者: 黒武者
第6章:襲来

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第73話 残響、立ち止まる者たち

 書物庫の中は、時間が止まっているかのようだった。


 高い天井から吊るされた灯りは淡く、埃がゆっくりと光の中を漂っている。壁一面を覆う書架は果てが見えず、どこまで行っても同じ景色が続いているような錯覚を覚えた。


 さっきまでの戦場の轟音が、嘘のように遠い。


「……ルシアさん。その剣ですが、少し拝見してもよろしいでしょうか?」


 静かな声で、リールーが言う。


「あ、これ? いいけど……気をつけてくれ。重くて死にそうになるから。あと、何が起きても自己責任で頼む」


「いえ、近くで見るだけで構いません」


 リールーはルシアに近づき、そっと腰を下ろすと、スレイヤーを覗き込んだ。


「……これは……とても興味深いですね」


 小さく息を呑む。


「この、赤とも黒とも言えない濁った色……あの“キラー”とは明らかに質が違います。ですが、同じく――ドラゴンと深く関わるものなのでしょう」


「さすがですな、リールー殿」


 エルドが感心したように頷く。


「見事な観察眼です」


「リールーは司祭のスキルもあるから。鑑定もできるんだよね!」


 ストーリアが笑顔を向ける。


「いえ……エルド様の前で司祭などとは、少々気が引けますが……」


「でもすごいわよ! エルドなんてお守り作れないじゃない!」


 リフルがすかさず口を挟む。


「それに、あのダンジョンからも脱出できなかったし!」


「これは……痛いところを突かれましたな」


 エルドが苦笑する。


 リールーは静かに首を振った。


「いいえ。エルド様は魔法にも長けていらっしゃいます。私は詠唱魔法が扱えませんから……お守りという形でしか力を行使できないのです」


 一度言葉を区切る。


「魔法とは、知識と経験、魔力……そして何より、“言葉”を紡ぐことで力を引き出すものですから」


「エルド、すごいじゃない!」


「相変わらずね、リフルは……」


 ロゼリアが軽くたしなめる。


 その空気の中で、リールーの視線は再び剣へと落ちた。


「……それにしても、この剣……ひとつ気になる点があります。この“眼”のようなものは……」


 刀身に浮かぶ、閉じた裂け目。今はただの歪みにしか見えないそれを、指さす。


「ああ、多分それ……“眼”か“口”だ」


「……やはり」


 リールーの声がわずかに低くなる。


 そのとき、ルシアがぽつりと呟いた。


「さっきの戦い……俺は何もできなかった」


 視線は剣に落ちたまま。


「フェリオスみたいに……狂ったみたいに斬れたら、どれだけよかったか」


「ルシア……」


 ロゼリアが、静かにその名を呼ぶ。


「ドラゴンスレイヤーなんだろ、これ……? なんで、殺せないんだよ……」


 言葉が、重く落ちる。


「……何かありますな。この剣は」


 エルドが低く呟く。


「まあ、今はその話はいいじゃない」


 空気を切り替えるように、ストーリアが口を開く。


「それより……」


「静かすぎるわね」


 リフルがぽつりと呟いた。


 その声が、不自然に響く。


「防音結界が張られています」


 リールーが答える。


「外の影響は、ここには届きません」


「便利ね、それ」


 軽く言いながらも、リフルの視線はフェリオスに向いていた。


 床に横たわる青年は、微動だにしない。


 呼吸はある。だが、それだけだ。


「……深い昏睡状態ですな」


 エルドが脈を取りながら言う。


「肉体の損傷は軽微……しかし精神が、深層に沈んでいる」


「戻ってこれるの?」


 リフルの問いに、エルドはわずかに間を置いた。


「……断言はできかねますな」


 沈黙が落ちる。


 それを破ったのは、ユシャーンだった。


「原因は、あの剣だな」


 全員の視線が向く。


 床に置かれた“ドラゴンキラー”。


 誰も触れようとしない。


「……触れただけで、ああなったのか」


「正確には、“侵食”ですな」


 エルドが補足する。


「精神へ直接干渉する類の力……しかも、極めて強い」


「……嫌な感じ」


 リフルが顔をしかめる。


「それ、“持ってるだけでアウト”なやつじゃない?」


 軽口のようでいて、本音だった。


 ロゼリアは、自分の手を見た。


(……熱かった)


 あの瞬間。


 ただの熱ではない。


 焼かれるというより――内側に流し込まれるような感覚。


「……大丈夫なの?」


 ストーリアがそっと尋ねる。


 ロゼリアは少しだけ間を置いて答えた。


「ええ」


 嘘ではない。


 だが、完全な本音でもない。


「嫌な感じはしたわ。でも……あの時は、ああするしかなかった」


「……うん」


 ストーリアが頷く。


「フェリオスを助けてくれて、ありがとう」


 ロゼリアは頷き、わずかに視線を逸らした。


 ――そのとき。


(……あれ)


 違和感。


 ロゼリアの視線が、ふと横へ流れる。


 ルシア。


 壁に背を預け、座り込んでいる。


 一見、ただ疲れているだけ。


 だが――


(……違う)


 呼吸が浅い。


 剣を握る手に、力が入りすぎている。


 そして何より。


 動いていないのに、動いているように見える。


 錯覚のような違和感。


 だが、見過ごせない。


「ルシア?」


「……あ?」


 わずかに遅れて返事が返る。


「大丈夫?」


「……ああ。ちょっと疲れただけだ」


 短く言って、視線を逸らす。


 ロゼリアは、それ以上踏み込まなかった。


(……今は、いい)


 確証がない。


 そして今は、それを広げるべきではない。


「それにしても……あのドラゴン」


 リフルが吐き出すように言う。


「あんなの、どうやって倒すのよ」


 誰も答えない。


「……攻撃が通ってなかった」


 ユシャーンが低く言う。


「斬れている感触がない」


「ええ」


 ロゼリアも頷く。


「刃は入ってる。でも、“届いていない”」


「表層の問題ではありませんな」


 エルドが続ける。


「おそらく、“存在強度”の差です」


「何それ」


「簡単に言えば――“格が違う”ということです」


 その一言で、全員が黙った。


 納得できてしまう説明だった。


「……とにかく、俺たちはまだ動ける」


 ルシアがぽつりと口を開く。


「このまま何もしないってのは、性に合わない」


「無理よ」


 ロゼリアが即座に返す。


「今の私たちじゃ、あれには届かない」


「……分かってる」


 ルシアは短く答える。


 だが――言葉は続かない。


 代わりに、剣を強く握る。


(……増えてる)


 はっきりと分かる。


 さっきよりも。ここに来てから。


 “何か”が増えている。


 理由は分からない。正体も分からない。


 だが――


(……気持ち悪い)


 それだけは、確かだった。


 視線が、無意識に動く。


 フェリオス。仲間たち。


 誰も気づいていない。


 普通に会話している。


 それが、逆に異様だった。


(……俺だけかよ)


 剣の奥で、何かが脈打つ。


 まるで――


 「まだ足りない」とでも言うように。

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