第70話 狂乱の戦陣、血を啜る二翼
「――転移完了!」
エルドの声と同時に、王都の断絶された大通りに光が弾けた。
視界が開けた瞬間、ルシアたちの鼻腔を突いたのは、焦熱の臭いと濃密な血の香りだった。
「うっ、なんだこの匂い!」
目の前では、すでにこの世のものとは思えない激闘が繰り広げられている。
「みんな見て! ……あれ、ストーリアじゃない?」
爆風に髪をなびかせながら、ロゼリアが空中で魔力の弓を番える人影を指差す。
「ああ、間違いない」
「そのようですね」
「間違いないわ、あの魔力の色!」
ルシア、エルド、リフルが即座に呼応する。かつての仲間の窮地――迷う理由など、一秒たりとも存在しなかった。
「ならやることは一つだ! 加勢して、あのバケモノを倒すぞ!」
「ストーリア!!」
ルシアの叫びに、矢を放ったばかりのストーリアが目を見開く。
「ルシア!? ロゼリアも、リフルもエルドまで……来てくれたのね!」
「ああ。各地で魔物が溢れ出してる。その元凶がこれだって聞いたら、放ってはおけないだろ」
「なら、二手に分かれて! 奴の機動力を削いで!」
「ええ、任せて!」
ロゼリアが重厚な鎧を感じさせない速さで地を蹴る。
ドラゴンの口から放たれる火塊――溶岩のような熱線が通りを焼き尽くすが、彼女は紙一重でそれを回避し、そのまま懐へと肉薄していく。
ストーリアたちのパーティと、ルシアたちのパーティ。
かつての絆が、この地獄の戦場で再び噛み合った。
――この面子ならいける。
誰もがそう確信した、その瞬間だった。
「ハッ……あはははははッ!!」
異様な笑い声が戦場を引き裂いた。
フェリオスが、単身でドラゴンの死角から跳躍する。
「フェリオス、一旦戻れ! 連携しろ、立て直すんだ!」
ユシャーンの制止は、届かない。
フェリオスは空中で身体を捻り、右腕に沈んだキラーを無造作に振り抜いた。
――グチャッ!!
見えないはずの、鋼より硬いはずのドラゴンの皮膚が、豆腐のように裂けた。
噴き出す鮮血。
ドラゴンが苦痛と怒りに、王都を震わせる咆哮を上げる。
「負けてられるか……っ!」
ルシアもまた、ドラゴンスレイヤーを抜き放ち、肉薄する。
狙い過たず、フェリオスが切り裂いた傷口へ叩き込む――
だが。
「……なんだ、これ」
手応えが、ない。
斬り込んだ感触が消えている。それどころか、スレイヤーの刀身に浮かぶ大きな“目”がカッと見開かれ、傷口から溢れる血を掃除機のように吸い上げ始めた。
「血を……吸ってるのか? この剣が……?」
一瞬、ルシアの動きが止まる。
その隙を逃さず、ドラゴンの巨大な尾が唸りを上げて迫った。
「ルシア、危ない!!」
影が割り込み、凄まじい衝撃音が響く。
ロゼリアが大盾で尾撃をいなし、ルシアを背後へ押しやる。
――その時。
ドラゴンの視線が、ルシアに向いた。
明確な“認識”。
獲物を見る目ではない。
何かを見定めるような、重い視線。
「お前……」
思わず言葉が漏れる。
「何してんのルシア! 危ないじゃない、止まってないで下がって!」
リフルの怒声が、強引に現実へ引き戻した。
戦場は、すでに混迷を極めていた。
フェリオスはもはや「味方」という概念すら失ったかのように、飛び散る鮮血を浴びながら狂ったように剣を振るい続けている。
「フェリオスを止めるな! 回復支援を急げ!」
ルミナスとティアは、暴走するフェリオスの命を繋ぎ止めるための回復魔法に忙殺され、ユシャーンはドラゴンの影から湧き出す魔物の群れを食い止めるだけで手一杯だった。
「なんてこと……! 矢が、通らない!」
ストーリアの放つ渾身の一撃。
空間を裂くその矢ですら、怒りに震えるドラゴンの皮膚に弾かれ、火花を散らすだけ。
「全くダメね……何しても通らないわ」
いつも強気なリフルでさえ、その声には焦りが混じる。
ロゼリア、ユシャーン――剣の達人たちをもってしても、その圧倒的な表皮はかすり傷すら許さない。
「どうしたものですかな……この化け物相手では、防戦一方というもの」
さすがのエルドも、この“不可侵領域”の相手には経験がない。
冷静な声音の奥に、わずかな焦燥が滲む。
伝説の剣を手にしながら――
一人は狂気に沈み、
一人は剣の異常に足を止める。
二つのパーティが揃いながら、なお届かない。
ドラゴンという絶望は、戦場をさらに深い混沌へと引きずり込んでいった。




