第69話 跳躍の代償、あるいは勇者の絆
グレースランド近郊、深い緑に包まれた森。
だが、その平穏は完全に引き裂かれていた。
ルシアの背負う『ドラゴンスレイヤー』が発する紅蓮の光は、もはや武器の輝きを超え、ルシアの生命力を削り取る毒のように脈動している。
森の鳥たちは恐怖に鳴きやみ、木々は異常な熱気に晒されて、青々とした葉を瞬く間に枯らしていった。
「……っ、もう限界だ……! 呼ばれてる……メルディナで、とんでもないことが起きてやがる!」
ルシアは焼けるような熱を帯びた剣の柄を、血が滲むほど強く握りしめた。
その瞳には、遠く離れた王都で「何か」と対峙するキラーの残響が、呪いのように映り込んでいる。
「エルド! 俺一人でいい、今すぐ転移魔法で飛ばしてくれ!」
叫びには、仲間を巻き込みたくないという焦燥が滲んでいた。
「これ以上は待てない。このままだと、俺ごとこの場所が吹き飛ぶ……。俺一人なら、最悪どうなっても構わないんだ!」
【司祭の正論、パーティの定義】
だが、エルドは動かない。
眼鏡の奥の穏やかな瞳で、ただ静かにルシアを見つめている。
「ルシア。……あなたにしては、随分と愚かな提案ですね」
「なんだと……!?」
「一人で行く? それで、その剣の暴走を抑え、見えない敵と戦い、生き残って戻ってくると? ……傲慢にも程があります」
静かに、だが確実に言い切る。
エルドは杖を掲げた。
地面に刻まれた幾何学模様が、血のように赤く発光し始める。
「いいですか。誰かが一人で背負うために集まったのではありません。困難を分かち合い、死線を共に超える……それが『パーティ』というものでしょう?」
「エルドの言う通りよ。ルシア」
ロゼリアが隣に立つ。
重厚な鎧が、かすかに鳴る。
肩に置かれた手には、確かな温もりと揺るぎない意志があった。
「あなたが一人で格好つけるのを許すほど、私たちは暇じゃないわ。……地獄の果てまで付き合ってあげるって、前に言ったはずよ」
「そうよ! ルシアだけ特等席で暴れるなんて、不公平じゃない」
リフルも笑いながら、魔法陣へ足を踏み入れる。
「……みんな」
ルシアの喉が詰まる。
己の無力さと、仲間の強さが胸に刺さる。
「準備はいいですね。王都の座標は乱れています……かなり手荒な着地になりますよ!」
エルドの声が響く。
魔法陣が脈打つように輝きを増す。
蒼白の光が広がり、スレイヤーの紅とぶつかり合う。
白と赤が混じり合い、空間そのものが軋んだ。
「我らを彼の地へと導きたまえ!」
「――空間跳躍!!」
瞬間。
引き剥がされる。
身体ではない。存在そのものが、どこかへ引き裂かれるような感覚。
「――ッ!!」
視界が弾ける。
音が消え、重さが消え、上下の感覚すら曖昧になる。
世界が歪み、白いノイズがすべてを塗りつぶした。
そして――
叩きつけられる。
重力が戻り、空気が肺に流れ込む。
「……ッ、ぐ……!」
膝が軋む。
視界が、一気に開けた。
【再会、あるいは絶望の渦中】
瞬間。
熱と臭いが、全身を殴りつけた。
焦げた石。焼けた空気。
何かが壊れたまま放置されたような、濁った匂い。
「……ここが……メルディナ……?」
リフルの声が震える。
答える者はいない。
砕けた石畳。抉れた地面。
半ば消えた建物の残骸。
そして――空。
見えない何かが、そこに“ある”。
圧が、かかっている。
「……っ、まだ終わってない……!」
ルシアが低く吐き出す。
その時だった。
――ズンッ!!
大気が叩きつけられたような衝撃。
遅れて、轟音が来る。
咆哮に似た振動。
同時に――
黒紫の閃光が、前方を切り裂いた。
何もないはずの空間に、“確かな手応え”だけが残る。
「……何だ、あれ……」
ロゼリアが呟く。
視線の先。
空中に、魔剣が浮かんでいた。
禍々しく、脈打つように。
まるで歓喜しているかのように。
そして、その下。
一人の青年が、立っている。
黒紫の魔剣を手に。
だが――
「……おい」
ルシアの声が低くなる。
「あいつ……様子が変だ」
青年の瞳は、何も映していなかった。
焦点が合っていない。
ただ、虚空を見つめている。
まるで“何かに使われている”ような、異様な気配。
空が、軋む。
見えない“何か”が、確かにそこにいる。
戦いは、まだ終わっていない。
むしろ――ここから始まる。
ルシアの背で、スレイヤーが強く脈打った。
応じるように。
呼び合うように。
王都の喧騒と破壊の残響が、遅れて一斉に押し寄せる。
そして、ルシアは理解する。
ここが戦場の中心であることを。
自分たちは――
そのど真ん中に、叩き込まれたのだと。
物語が、二つの剣を中心に大きく動き出そうとしていた。




