第68話 初撃、あるいは接続の代償
グオォォォ!
咆哮が地面を押し上げる。石畳がびりびりと震え、砂が跳ねた。
「……来た」
ユシャーンが言う。
歪みが収束し、輪郭が整う。
黒い鱗が月光を弾き、巨体がゆっくりと前傾した。首が低く沈み、肩が持ち上がる。翼が一度だけ大きく開き、空気を掴む。
「こんなに……!」
ティアが息を呑む。
100mはあるはずの距離が、数歩に感じる。
「目を離すな。動き出す前に来る」ルミナスが短く言う。
ドラゴンの尾が地面をなぞる。石が弾け、軌跡だけが残る。
「来るぞ」ユシャーンが踏み出す。
次の瞬間、巨体が消えたように見えた。
ドン――ッ。
“結果”だけが到着する。石畳が一直線に抉れ、衝撃が遅れて叩きつける。
「散開!」ユシャーンが叫ぶ。
全員が横へ跳ぶ。背後で建物の角が、音もなく削り落ちる。
「速すぎ……!」ティアが転がりながら立ち上がる。
ドラゴンは着地せず半歩浮いたまま、翼で空気を叩く。風圧が壁のように押し寄せ、瓦礫が横へ流れる。
「風で押してくる!足取られるわ!」ルミナスが体勢を低くする。
フェリオスだけが前を向いたまま立つ。キラーが脈打ち、腕に重く絡む。
「……そこだろ」
ドラゴンの首がわずかに傾く。眼が細くなる。次の一瞬、顎が引かれ、胸が膨らむ。
「ブレス来る!横だ!」ユシャーンが叫ぶ。
空気が震え、地面を舐めるように、熱が走る。石畳が赤く割れ、一直線の焦げ跡が夜を裂く。
「グオォォォ!」
凄まじい熱波を伴い、それが一面に広がる
「こっち!」ルミナスがティアの腕を引き、側転で軌道を外す。
ブレスは止まらない。首が横へ振られ、焼線が薙ぐ。遅れて爆ぜるように空気が鳴る。
「切り返してくるぞ!」ユシャーンが踏み込み、間合いを詰める。
ドラゴンが前脚を振り上げる。爪が開き、空間を“掴む”ように振り下ろす。
ガンッ!
石畳が砕け、衝撃波が円に広がる。
「下がれ!」ユシャーンが盾代わりに剣を立て、押し返される。
その背後で、尾がしなる。鞭のように弧を描き、瓦礫を巻き上げる。
「後ろ!」ティアが叫ぶ。
ルミナスが身を低くし、尾の下を滑り抜ける。風圧で髪が横へ流れる。
「……見える」
フェリオスが一歩出る。キラーの鼓動が重なる。
ドクン。
ドクン。
「どこにいるか、わかる!」
ドラゴンが再び低く沈む。肩が上がる。翼が半開きで止まる。
「フェリオス、下がれ!」ユシャーンが叫ぶ。
「待ちなさい!」ストーリアが手を伸ばす。
「止める理由、あるか?」ユシャーンが低く返す。
「死ぬわよ」「何もしなかったら死ぬ」
フェリオスが踏み込む。足元の石が弾け、空白の縁で消える。
ドラゴンの眼が、まっすぐフェリオスを捉える。顎がわずかに開く。舌が動き、息を吸う。
「――そこだ」
振る。
ギィン――ッ!!
空中で、爪と刃がかみ合う。火花が散るように歪みが弾ける。ドラゴンの腕が一瞬だけ止まり、肩がわずかに遅れる。
「止めた……!?」ティアが叫ぶ。
次の瞬間、もう一方の前脚が横から薙ぐ。見えない速度で。
「――ッ!」
フェリオスの胸元が裂ける。遅れて衝撃。体が浮き、背中から叩きつけられる。
ドクン。
キラーが強く鳴る。
「フェリオス!!」ティアが駆け出す。
「来るな!」
フェリオスが起き上がる。呼吸が荒いのに、目はぶれない。
「当たっただけだ」
ドラゴンが一歩、間合いを詰める。足裏が石を押し潰し、低い振動が走る。翼が半回転し、砂塵が巻き上がる。
「距離を詰めてくる!押し潰されるぞ!」ルミナスが叫ぶ。
「分かってる」
フェリオスがキラーを握り直す。刃が細かく震える。
「……これ、すげぇな」
「何が!?」ティアが震える声で問う。
「全部、分かる。次、右から来る」
言った瞬間、尾が右から薙ぐ。
「しゃがめ!」ユシャーンが押し倒し、二人を地面に伏せさせる。尾が頭上をかすめ、背後の壁が消える。
「本当に見えてるの……?」ルミナスが息を呑む。
「見えてる」
フェリオスが前に出る。
「来いよ」
ドラゴンの胸が膨らむ。空気が引かれる。熱が集まる。
「ブレス、二発目来る!」ユシャーンが叫ぶ。
「散れ!今度は広く振る!」ルミナスが指示を飛ばす。
焼線が扇状に広がる。地面が裂け、炎が走る。
その縁を、フェリオスが踏み越える。
「――そこだ」
振る。
ギィン――ッ!!
今度は深く入る。ドラゴンの首がわずかに弾かれ、軌道が逸れる。
同時に、膝が落ちる。
「っ……!」
キラーが暴れる。ドクンッ、と異様な脈動。
「ぐ、あ……!」
頭を押さえる。流れ込みが増える。
もっと速く。もっと深く。足りない。
「離しなさい、それ!」ルミナスが叫ぶ。
「離せるかよ……!」
歯を食いしばる。
ドラゴンが一瞬、静止する。眼が細まり、再び“測る”。
「……次、踏み込むぞ」ユシャーンが低く言う。
「来るわね」ルミナスが頷く。
巨体が沈む。翼が広がる。空気が張り詰める。
戦いが、さらに一段深く噛み合い始めた。




