第67話 交錯する刃、均衡の軋み
石畳の終わりで、王都の道が断絶していた。
崩落したのではない。
そこにあったはずの重厚な石造りの地面が、バターをナイフで掬ったかのように、滑らかに「消し飛ばされて」いる。
「何かしらね……この切れ方」
ティアが縁を覗き込み、背筋を凍らせて身を引く。
「自然じゃないわね。ここだけ世界が“消されてる”感じ」
ルミナスが目を細め、陽炎のように揺らぐ前方の空間を見据える。
「二人とも下がれ。落ちたら、どこへ行くかも分からん」
ユシャーンが剣に手をかけ、仲間を制するように間に入る。
「……あそこ」
ストーリアが一点を指差し、震える声で呟いた。
「空間が捻れてる。形はないけど……確実にいるわね」
見えない。だが、確かに“在る”。
「見えねぇが……肌が焼けるような圧力を感じるな」
ユシャーンが低く構える。
「やばいやつ?」
ティアの問いに、ルミナスが短く、冷徹に返した。
「やばくないわけがないでしょ。存在そのものが災厄よ」
その時。
空気が、不自然に擦れた。
ガリ、と。
音とも言えない感覚のあと、目の前の石畳が円形に消失する。
一拍遅れて、猛烈な真空の風が吹き荒れた。
「伏せて!!」
ルミナスの絶叫。
全員が石畳に身を投げ出す。
直後――
背後の時計塔の一部が、音もなく円筒形に削り取られた。
崩落の音は、遅れてやってくる。
現実が、追いついていない。
「……今の、なに。何が起きたの」
ティアが青ざめた顔で顔を上げる。
「物質を削り取ってるのか?」
ユシャーンが歪みの中心を睨みつける。
だがそこには、ただ透明な“絶望”が鎮座しているだけだった。
その横で、フェリオスがゆっくりと立ち上がる。
右腕に沈んだキラーが、狂ったように脈打つ。
ドクン。
ドクン。
殺戮の思念が、血管を通じて“敵”を指し示していた。
「……そこだろ」
虚空を見つめたまま、呟く。
「待って、フェリオス!」
ストーリアが制止の声を上げる。
だが――
「止める理由、あるのか?」
ユシャーンがそれを遮った。
「あるわよ、死ぬわ! 物理的な干渉が通用する相手じゃない!」
「でも、何もしなきゃ削り取られて終わりだ。……やらせてみろ」
短い沈黙。
そして。
フェリオスは迷うことなく、断絶された道の縁へと一歩踏み出した。
足元の石が空白へ転がり、そのまま虚空に飲まれて消える。
「行くの……?」
ティアが息を呑む。
「触れるなら、触る」
キラーを構える。
「無茶よ、それ!」
ルミナスの叫び。
フェリオスは一拍置いて、無機質に答えた。
「ああ、分かってる」
刹那。
腕が、視認できない速度で横に振り抜かれる。
何もないはずの空間。
だが――
キラーの黒紫の刀身が、確かに“何か”に衝突した。
ガキィィィィィィィン!!
世界そのものが悲鳴を上げたかのような、硬質な衝撃音。
「……当たった!?」
ティアが目を見開く。
衝撃の起点から、景色がひび割れるように歪む。
そして。
巨大な影が、一瞬だけ露わになる。
雲を裂くような翼の広がり。
その中央にある、“虚無の穴”のような瞳。
それが、明確な敵意を持ってフェリオスを射抜いた。
「……見えたわね、正体が」
ストーリアが弓を強く握りしめる。
「いいえ――見られた、だろ」
ユシャーンが前に出る。
キラーが、これまでにないほど強く脈動する。
黒い血管が、フェリオスの右腕を侵食するように浮かび上がる。
透明な影が、わずかに向きを変えた。
そして――
明確に、フェリオスへと距離を詰める。
「来るわよ……!」
ルミナスが息を詰める。
「いいね」
フェリオスが一歩、空虚の際へ踏み出す。
「来いよ」
口元が、わずかに歪む。
「……お前を、俺の『エサ』に書き換えてやる」
その声に応えるように。
空間を削り取る“死の歪み”が、猛然とフェリオスへと襲いかかった。




