第66話 勇者たちと思いがけない力。
夜は、完全に壊れていた。
王都からの緊急通達が消えたあとも、
その余韻だけが街に残り続けている。
人々はざわめき、走り、叫び、
そしてようやく――現実を受け入れ始めていた。
「……戦争、だとよ」
誰かが呟く。
それは噂ではない。
宣言だ。
ユシャーンは、深く息を吐いた。
そして振り返る。
「……集まれ」
短く、それだけ言う。
だがその声には、迷いがなかった。
フェリオス。
ルミナス。
ティア。
ストーリア。
自然と、その場に円ができる。
周囲の喧騒とは切り離された、小さな“戦場”。
「状況は最悪だ」
ユシャーンが口を開く。
「正体不明。規模不明。だが――敵はいる」
視線が、フェリオスへ向く。
正確には、その手にある“キラー”へ。
「そして、お前はそれと“繋がってる”」
フェリオスは、黙ったまま剣を見る。
否定しない。
できない。
「なら、逃げるか?」
ユシャーンの問い。
一瞬の静寂。
フェリオスは、ゆっくりと首を横に振った。
「……逃げても、来るだろ」
その一言で、全てが決まる。
ユシャーンが、小さく笑った。
「だよな」
そして、声を張る。
「即席だが、パーティを組む!」
空気が変わる。
命令ではない。
だが、それに近い重みがある。
「前衛は俺とフェリオス。
ルミナスは攻撃と後方支援、ティアは補助と回復」
一拍。
そして、ストーリアを見る。
「……来てくれるか?」
静かな依頼。
だが、拒否の余地はほとんどない。
「観測できる目が必要だ。あれは“見えざる敵”だ。
お前のそのズバ抜けた集中力が欲しい!」
ストーリアは、わずかに目を細める。
空を一度見上げ、そして戻す。
思考は、すでに戦場にある。
「……いいわ。願ってもないチャンスよ!」
短く、頷いた。
その瞬間。
「ストーリア!!」
聞き覚えのある声が、夜を裂いた。
振り向く。
人混みをかき分けて、一人の女性が駆けてくる。
息を切らしながら、それでも必死に。
「……リールー?」
ストーリアが、わずかに目を見開く。
リールーはその場で立ち止まり、肩で息をする。
「よかった……無事で……」
安堵の言葉。
だがすぐに、真剣な顔に戻る。
「探してたの。どうしても、渡したいものがあって」
そう言って、胸元から小さな布袋を取り出す。
古びている。
だが、丁寧に扱われてきたのが分かる。
「……これ」
ストーリアに差し出す。
「お守りよ」
ユシャーンが眉をひそめる。
「ただの飾りじゃないのか?」
リールーは、首を横に振る。
「一度だけ」
静かに言う。
「危機から“外れる”ことができます」
空気が変わる。
「身代わり……に近いけど、少し違います」
「“そこにいなかったことになる”感じです」
ティアが、小さく息を呑む。
ストーリアは、それを受け取る。
軽い。
だが――
確かに“何か”が込められている。
触れた瞬間、微かな温もりが指先に残る。
「……なんで、これを私に?」
リールーは、一瞬だけ言葉を迷う。
だが、すぐに答えた。
「あなたが、一番“見てる”からです」
その言葉に、ストーリアはわずかに目を伏せる。
「リールーって……司書、だけじゃないのね」
リールーが、少しだけ笑う。
「一応、司祭の資格もあります」
さらりと言う。
だが、その重みは軽くない。
「祈るだけじゃ足りない時のためのものなので」
ストーリアは、小さく頷いた。
そして、それを大事に握る。
「……ありがとう」
短い言葉。
だが、それで十分だった。
ユシャーンが手を叩く。
「よし、時間がねぇ」
空気を切り替える。
「外の“あれ”が動き出す前に情報を集める」
「まずは被害の中心へ向かう」
フェリオスが、静かに頷く。
その視線は、すでに遠くを見ている。
「……あっちだ」
再び、同じ方向を指す。
まるで、導かれているように。
周囲では、他のパーティも次々と動き出していた。
怒号が飛び、武具の音が重なり、街は即席の戦場へと変わっていく。
⸻
――同時刻。
グレースランド近郊。
森の奥。
焚き火の火が、小さく揺れている。
ルシアたちは、簡素な野営の中にいた。
その静寂を、切り裂くように。
空が、光る。
王都からの緊急通達があったらしい。
先ほどすれ違ったパーティからの情報だ。
全員が顔を上げる。
ロゼリアの表情が、強張る。
「……竜種災害」
その言葉を、反芻するように呟く。
ルシアは、黙っていた。
だが、
手に持ったスレイヤーが――
微かに、熱を帯びている。
じわり、と。
皮膚の奥に染み込むような感覚。
脈に合わせるように、じんわりと熱が広がる。
「……おかしい」
ルシアが、低く言う。
「まだ遠いはずだ」
だが、反応している。
強く。
はっきりと。
その時。
森の奥から、物音。
ガサッ。
複数。
一つではない。
気配が、増えていく。
地面を踏む重み、枝を払う音。
それらが、確実に近づいてくる。
ロゼリアが即座に剣に手をかける。
「……来るわよ」
次の瞬間。
茂みを突き破るように、魔物が飛び出した。
一体ではない。
二体、三体――
明らかに、数が多い。
そして、
目の色が違う。
濁っている。
理性のない、暴走した光。
「……活性化してる」
ストーリアがいないこの場でも、
同じ結論に辿り着く。
ルシアが、スレイヤーを構える。
その瞬間。
剣の核が、かすかに脈打った。
“認識”。
敵ではない。
だが――
近い。
何かに、引き寄せられている。
ルシアの中に、言葉にならない違和感が広がる。
「……違う」
小さく、呟く。
何かが、噛み合っていない。
だが戦闘は待ってくれない。
魔物が、襲いかかる。
世界は、すでに動き出している。
均衡は崩れ、
すべてが、
どこか一つの“中心”へと、
引き寄せられ始めていた。




