第58話 捉えた獲物と得られぬ自信
「君たち! 大丈夫か!? 怪我はないか!」
先頭の男が駆け寄ってくる。
装備は実戦慣れしている。軽装だが無駄がない。
後ろの連中も同じだ。統率が取れている。
――ただの通りすがりじゃない。
「ええ……もちろんよ!」
リフルが軽く手を上げる。
「そっちは?」
「問題ない。俺たちはこの辺りの討伐依頼を受けていてな。ワイバーンの目撃情報もあったんだ」
男は肩で息を整えながら、倒れた巨体へ視線を向ける。
「……まさか、先にやられてるとは思わなかったが」
後ろの一人が低く呟く。
「この傷……」
もう一人がしゃがみ込み、抉れた一点をじっと見る。
「一箇所に集約されてる……偶然じゃないな」
「四人で、これか……?」
短い沈黙。
その場の空気が、わずかに変わる。
――評価が入った。
軽く見ていたわけじゃない。
だが、今ので認識が一段上がった。
先頭の男が、改めて口を開く。
「……俺たちはBランクパーティだ。この辺の討伐は一通り請けてる」
少しだけ間を置く。
「正直に言う。あれは、簡単に落とせる相手じゃない」
誇張はない。
だからこそ、重い。
リフルが肩をすくめる。
「でしょ? めちゃくちゃ面倒だったわよ」
軽く返すが、完全には否定しない。
ロゼリアが一歩前に出る。
「運も絡んでいるわ。正面から削り切ったわけではないもの」
「……それでもだ」
男は首を振る。
「Aランクに片足突っ込んでる連中でもこうはいかない。もっと手間取るはずだ」
その言葉に、後ろの仲間たちも小さく頷く。
実力者の評価だった。
だが――
ルシアには、それが遠く感じられた。
(……違う)
確かに倒した。
けど。
それだけじゃない。
視線が、剣に落ちる。
黒い刀身は何も語らない。
だが、握っていると分かる。
(……何かが増えている)
さっきより、はっきりしている。
何かが――そこに“溜まっている”。
ワイバーンを見る。
ただの死体。
それでも。
(……まだ、終わってない)
そんな感覚だけが、消えない。
「おい、あんた」
不意に声をかけられ、顔を上げる。
さっきの男が、こちらを見ていた。
「その剣、随分変わってるな」
一瞬、心臓が跳ねる。
「……そうか?」
なるべく普通に返す。
男は少しだけ目を細めるが、それ以上は踏み込まない。
「いや、なんでもない。癖みたいなもんだな、武器を見るのは」
そう言って肩をすくめた。
視線は、すぐに外れる。
それ以上、誰も気にしない。
会話は、討伐証明や報告の話へと移っていく。
いつもの流れ。
何もおかしくない。
なのに。
ルシアだけが、その場に少し取り残されていた。
手の中の剣から、意識が離れない。
「……じゃあ、俺たちはこの辺で失礼する」
先頭の男が軽く手を上げる。
「まだクエスト途中なんでな。さすがにワイバーンは無理だったが……他の魔物で戦果は上げて帰るさ」
後ろの仲間たちも頷く。
「またどこかでな」
「ああ、気をつけて」
ロゼリアが静かに応じる。
男は踵を返しかけて、ふと思い出したように振り向いた。
「そうだ。あんたら、クエストは受けてきたのか?」
「いえ、今回は偶然よ」
ロゼリアが答える。
「なら、討伐証明はちゃんと持って帰れよ」
男は顎でワイバーンを示す。
「証拠がなきゃ報酬も出ない。ギルドはそういうとこシビアだからな」
「助言、感謝するわ」
ロゼリアが一礼し、エルドも静かに頭を下げる。
「では、武運を」
「ああ」
短いやり取りのあと、パーティは森の奥へと消えていった。
足音が遠ざかり、やがて静寂が戻る。
「……行ったわね」
リフルが軽く肩を回す。
「で、どうする? せっかくだし証拠持ってくんでしょ?」
ワイバーンの死体を見ながら、にやりと笑う。
「首でも持って帰る?」
「はあ!? やめろって! デカすぎるし、何より持てねえだろそれ!」
ルシアが即座にツッコむ。
「何その基準」
「大事だろ!?」
「じゃあツノくらいならいいんじゃない?」
リフルがあっさり方向転換する。
ロゼリアが一歩前に出る。
「それが現実的ね」
迷いはない。
剣を抜き、ワイバーンの頭部へと近づく。
ツノの断面を見極め――無駄のない一閃。
鈍い音とともに、角が切り落とされた。
「はい、ルシア」
差し出される。
「……俺が持つのかよ」
受け取ると、ずしりとした重みが腕にかかる。
その瞬間。
(……っ)
胸の奥が、わずかにざわついた。
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ――さっきの感覚が強くなる。
だが。
すぐに消える。
「どうしたの?」
リフルが首を傾げる。
「いや……なんでもない」
反射的にそう答える。
ロゼリアは一瞬だけルシアを見るが、何も言わない。
エルドが静かに口を開く。
「では、一度戻りましょう。装備の確認と報告も必要です」
「ああ、そうだな……」
ルシアは短く応じる。
そのまま、剣を握り直す。
違和感は、もう表に出てこない。
だが。
完全に消えたわけでもなかった。
「グレースランドへ戻るわよ」
ロゼリアの声に、全員が頷く。
森を抜ける。
焼け跡の匂いが、少しずつ遠ざかっていく。
それでも。
ルシアの手の中だけは――
静かに、熱を持ち続けていた。




