第55話:獲物の値札、あるいは「振るわれない剣」
1. 追跡の気配
王都を離れて半刻。
石畳はやがて土へと変わり、街道はゆるやかな林へと沈んでいく。
「……尾けられてるわね」
リフルが、前を見たまま呟いた。
風を切るような声。軽いが、芯に刃がある。
「三人。いや……四人か。気配の消し方が下手すぎる」
ロゼリアが足を止めずに答える。
鎧は音を立てない。まるで最初からこの森の一部であるかのように。
ルシアは、背中の布巻きの剣を無意識に握った。
さっきから、妙に軽い。
いや、軽いはずがない。
――“軽く感じる”。
(……来るなよ)
願いは、よく燃える薪のように、現実を呼び寄せる。
ガサリ、と。
木陰から影がこぼれ落ちた。
2. 値踏みする目
「やっと止まったか。探す手間が省けたぜ、“特賞様”」
現れた四人組を見て、リフルが鼻で笑う。
「は? 四人? 少なっ。
もっとこう、“群れで来る根性なし”かと思ったのに」
「……油断は禁物よ、リフル」
ロゼリアが静かに釘を刺す。
だが、その視線はすでに全員の間合いを測り終えていた。
「分かってるわ、お姉さま。
ただね、“弱いくせに欲だけ強い顔”って、見てて腹立つのよね」
「おい、聞こえてるぞ」
「聞かせてんのよ」
リフルは一歩前に出る。
その背中は、小さいのに妙に大きい。
3. 始まらない戦闘
矢が飛ぶ。
「っ……!」
ロゼリアが弾く。
金属音が一瞬だけ鋭く空気を裂いた。
「後ろに下がって、ルシア」
「言われなくてもそうする……!」
「いいえ、違うわ。
“下がる”のではなく、“下がらされない位置にいなさい”」
「難しいこと言うなよ!?」
そのやり取りの横で、リフルがすでに一人を沈めている。
「ほらほら! どうしたの!?
その程度で“特賞”奪うつもりだったの!?」
拳が鳩尾にめり込む。
「ぐっ……!」
「軽い軽い! あんたらの欲望くらい軽いわ!」
もう一人の顎を跳ね上げる。
ロゼリアが小さく息をつく。
「……相変わらず、容赦がないわね」
「優しくしたらつけあがりますから、こういうのって、ね!」
4. 剣が“仕事をする”
長剣が振り下ろされる。
ルシアはただ、布巻きの剣を前に出す。
――相手の剣が、折れる。
「……は?」
男の声に、リフルが一瞬だけ動きを止める。
「……は? じゃないでしょ今の。
え、ちょっとルシア、何したの?」
「何もしてないって!」
「いやいやいや、今の“何もしてない”は嘘でしょ!?
見てた!? ロゼリアお姉さま!?」
「……見ていたわ。だからこそ、分からない」
ロゼリアの声は低い。
エルドが一歩前に出る。
「その断面……これは……切断ではない?
存在の“中身”が抜けておりますな……」
「何それ、気持ち悪っ」
リフルが露骨に顔をしかめる。
「武器ってさ、“壊れる”か“折れる”かじゃないの?
“抜ける”って何よ。気分じゃないんだから」
「例えが雑ですな、リフル殿」
「うるさい司祭様! 今それどころじゃないでしょ!」
「なんだよこれ!聞いてないぞ!」
相手の男がその光景を見るや、一目散で向こうに駆けていった。
仲間の男たちもそれに続く。
「あ、速いわね、逃げるのだけは」
リフルがバカねと言わんばかりの勢いで悪態をつく。
5. 触れてはいけないもの
短剣が崩れる。
「……なんだよ……これ……」
襲撃者の声に、リフルが吐き捨てる。
「だから言ったでしょ。
“品物”じゃないって」
だが、その声はほんの少しだけ鈍っている。
(……なに、これ)
彼女の中にある“殴れば解決する世界”が、
ほんの少しだけ、軋む。
ロゼリアが静かに言う。
「ルシア。今の現象……意図的に?」
「できるわけないだろ! 俺が一番聞きたいよ!」
――一拍。
(……これ、俺がやったのか?)
自分の手元を見る。
布に巻かれた剣は、何も語らない。
「……そう。なら尚更、厄介ね」
エルドが小さく頷く。
「制御できぬ力ほど、理にとって都合の良いものはありません。
……“誰の責任にもできぬ”という意味で」
「やめてよそういうの。怖いから」
リフルが珍しく素直に嫌がる。
6. 勝利のあと
「……勝った、のか……?」
ルシアの言葉に、リフルが即答する。
「勝ってないわよ」
「え?」
「“終わった”だけ。
あんた、何もしてないでしょ」
「ぐっ……」
「でもね」
リフルは少しだけ間を置く。
「それで終わるなら、それが一番タチ悪いのよ」
ロゼリアが静かに続ける。
「努力も、技術も、意思も介在しない結果。
それは“奇跡”ではなく、“現象”よ」
エルドが締めるように呟く。
「そして現象は、やがて“法則”になります。
……理がそれを認めた時、逃げ場はなくなる」
「……やめてくれよ、三人で順番に怖いこと言うの」
ルシアが本気で嫌そうに言うと、
リフルがふっと笑う。
「何よ今さら。
あんた、とっくに“怖い側”でしょ」
その言葉は軽い。
けれど、逃げ道をふさぐには十分だった。
「そうだ、ルシア!
次からその剣、ただ前に掲げるだけでいいわよ!
今みたいに勝手に折れてくれるんじゃない?」
「そうね、その方がありがたいかも」
「これは観測せねばなりませんな、その特性を」
その時――
誰にも知られず、布に巻かれた剣の思念が、僅かに光る。
初めての対人戦闘において。
それが何を意味するのか――
この時点で、知る者は誰もいなかった。




