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⚔️伝説の剣。福引きしたら、ドラゴンスレイヤーだったらしい……。  作者: 黒武者
第5章:新たなる火種

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第52話 沈黙の鑑定、存在しない現在地

 翌朝。


 王都を包む朝霧は、やけに重たかった。


 白く柔らかなはずのそれは、昨夜二人が見た地下四層の霧とよく似ていて、ストーリアの胸に鈍い圧迫感を残している。


 まるで、地上にまで何かが滲み出してきているかのように。


 ストーリアとユシャーンは、ほとんど言葉を交わさなかった。


 眠り続けるルミナスたちを宿に残し、示し合わせたように外へ出る。


 行き先は一つ。


 中央書物庫――リールーの元だ。


 石畳を踏む足音だけが、やけに大きく響く。


 振り返る気には、どうしてもなれなかった。


「リールー、開けて……!」


 扉を叩く手に、わずかな震えが混じる。


「早朝に悪いけど、緊急なの」


 すぐに、内側で何かが動く気配。


 軋む音と共に扉が開く。


 現れたリールーは、二人の顔を見た瞬間にすべてを察したようだった。


 驚きよりも先に、理解が来る。


 そんな表情。


「……入って」


 余計な言葉はなかった。


 二人は無言で頷き、部屋の中へと足を踏み入れる。


 書物と魔導具に囲まれた空間。


 だがその静けさは、地下のそれとは違う。


 ここにはまだ、「現実」がある。


 ――そう、思いたかった。


【突きつけられた『ERROR』】


 カウンターの奥。


 リールーはすぐに、湯気の立つカップを差し出した。


「どうぞ。温かいハーブティーです。少しは落ち着きますよ」


「……ありがとう」


「すまない」


 形式的な礼。


 だが二人とも、ほとんど口をつけなかった。


 ストーリアは、震える指で一枚のメモを取り出す。


 昨夜、書き殴ったもの。


「これを……見て」


 差し出された紙。


 そこに刻まれた文字。


 ――『KILL ERROR』


 リールーの視線が、それを捉えた瞬間。


 カウンターに置かれていた鑑定用の宝石が、


 パキン、と。


 乾いた音を立てて、微かにヒビが入る。


「……え?」


 小さな声が漏れる。


 彼女自身が、一番信じていない顔だった。


「……信じられない。鑑定コードが……拒絶してる」


 空気が、わずかに冷える。


 ストーリアが口を開いた。


「聞いて。私たちは地下五層の清掃を依頼されたの。でも――」


 言葉を選ぶ余裕はなかった。


「下に降りるほど、違和感が増えていった。耳栓をして、音を絶対に聞くなっていうルールまであった」


 一拍。


「そして、辿り着いたのは……“存在しないはずの場所”だった」


 ユシャーンが低く続ける。


「霧の中で、階段が本来あるべきフロアを突き抜けていた」


 拳を、無意識に握る。


「俺たちは五層だと思い込まされていた。だが実際は違う」


 視線が落ちる。


「――あれは、六層ですらない。世界の理から零れ落ちた“外側”だ」


 沈黙。


 リールーは、ゆっくりと息を吐いた。


「……そうでしたか」


 その言葉は、確信に近かった。


「二人の仮説は、あっていると思います。

この『KILL ERROR』は……定義の崩壊かもしれません」


 指先でメモをなぞる。


「本来、“竜を殺すための力”だったものが、対象を見失い……自分自身の存在理由を保てなくなってしまった」


 一瞬、言葉が止まる。


「だから、思念だけが溢れ出たのかもしれません」


 静かに、続ける。


「……暴走してる」


 部屋の空気が、わずかに重くなる。


「それで……誰かがこれに触れましたか?」


【影の座標】


 ストーリアは、ゆっくりと語った。


 フェリオスの影の違和感。


 数秒遅れて動く輪郭。


 触れたときに感じた、わずかな温度の欠落。


 リールーは一言も挟まず、聞き続ける。


 そして。


 棚の奥から、一つの古びた装置を取り出した。


 精緻なレンズを備えた鑑定鏡。


「……これで見れば、ある程度はわかります」


 そう言ってから、しかし手を止める。


 わずかな躊躇。


「理論で説明するなら――」


 視線を上げた。


「フェリオス君は今、“位置情報の不一致”を起こしている可能性があります」


「……何だ、それは」


 ユシャーンが眉をひそめる。


「簡単に言えばですね」


 リールーは静かに言った。


「“ここにいない”のに、“ここにいることになっている”状態です」


 ぞくり、と。


 背筋に冷たいものが走る。


「影が遅れるのは、そのズレ。彼の本体が、まだ地下のあの場所に固定されている可能性があります」


 一拍。


「あるいは、逆かもしれません」


「逆……?」


「地上にある“彼”の中に、影が入り込んでいる」


 言葉が、落ちる。


「だけど影の本体は、向こうにある」


 沈黙。


 理解が、遅れてやってくる。


「……じゃあ、今ここにいるフェリオスは」


「投影……でしょうか」


 即答だった。


「実体のない、仮の存在です」


 リールーの声が、わずかに震える。


「そして、その空白を埋めるように……“向こう側の何か”が入り込んでいる」


 鑑定鏡を、強く握る。


「器だけがこちらにある状態なんて……」


 言葉を切る。


「そんなの、何が入ってきてもおかしくない」


 静寂。


 誰も、すぐには言葉を返せなかった。


 やがて、リールーが顔を上げる。


「……すぐに彼を連れてきてください」


 その声は、決意と焦燥が混じっていた。


「今の状態を観察しないと、手遅れになるかもしれません」


 一歩、踏み出す。


「これは、ただの異常じゃない」


 はっきりと告げる。


「“侵入”です」


 空気が、凍る。


「このまま放っておけば――」


 一瞬、言葉を選ぶ。


 だが結局、濁さなかった。


「取り返しのつかないことになります」


 ストーリアとユシャーンは、同時に頷いた。


 もう迷いはない。


 だが、その瞬間。


 窓の外。


 朝霧の向こうに、何かが動いた気がした。


 ――振り返らない。


 二人は、そう決めたまま。


 フェリオスを迎えに行くため、再び霧の中へと足を踏み出した。

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