第108話 剣士
30分ほど過ぎたところで、闘技場に少しずつ静けさが戻り始めていた。
砕けた石畳。
削られた地面。
そして、その中央に深々と突き刺さったドラゴンキラー。
黒い刀身は、先ほどまでの狂気が嘘だったかのように沈黙している。
その前に、リズベルは立っていた。
もう、仮面はない。
砕けた黒い仮面の欠片が、足元にいくつか転がっている。
隠されていた素顔。
青い瞳。
だが、その視線は鋭かった。
まっすぐに。
ドラゴンキラーだけを見つめている。
しばらくして。
リズベルは、ゆっくりと目を伏せた。
まだ身体の奥に残っている。
あの感覚が。
怒りを引きずり出されるような感覚。
自分の中へ入り込もうとする、異質な力。
そして。
最後にキラーが、自ら手を離れた瞬間の感触。
それらすべてが、まだ身体の奥底に残っていた。
「……」
リズベルは何も言わない。
ただ、静かに息を吐いた。
「では、次の試技へ移る」
ジークレッドの声が響く。
「残った者。エレノア、リズベル。
なお、ダーレン及びロゼリアは棄権とし、最終試技は両者二名とする」
「エレノア」
「はい」
エレノアが立ち上がった。
その足取りに迷いはない。
階段を下り、闘技場へ。
中央まで歩いてきたところで。
エレノアは、ふと足を止めた。
視線の先にいるのは、リズベル。
そして。
その背後にあるドラゴンキラー。
エレノアは、しばらく黙っていた。
やがて。
「……まだ、囚われているのかしら?」
リズベルの瞳が、僅かに動いた。
エレノアを見る。
「……さあな」
曖昧な返事だった。
否定もしない。
肯定もしない。
それだけだった。
エレノアは、その表情をじっと見つめる。
やはり。
完全には抜けていない。
先ほどの戦いで見せた異様な気配。
あれほどのものを一度受けたのだ。
簡単に消えるはずもない。
だが。
エレノアは、それ以上追及しなかった。
「……そう」
視線を落とす。
そして。
自分の腰へ手を添えた。
「でも、関係ないわ」
リズベルが僅かに目を細める。
「私は……」
エレノアは静かに息を吸った。
「今までの自分を、全部ぶつける覚悟だから」
その声に迷いはなかった。
キラーを握った時。
自分は、本当の意味で全力ではなかった。
キラーの力。
その異様な存在感。
選ばれた剣を前にしたことで、意識のどこかに迷いがあった。
だから。
今度こそ。
何の力も持たない剣で。
自分自身の力だけをぶつける。
「キラーの時に出せなかった分も……」
エレノアが剣を構える。
「全部、出すつもりよ」
リズベルは黙っていた。
やがて。
「……そうか」
短く返す。
それだけだった。
係員が二本の剣を運んでくる。
どちらも特別な剣ではない。
魔力も宿っていない。
名剣でもない。
ただ。
剣士が剣士として戦うための、普通の剣。
エレノアが一本を受け取る。
そして、もう一本をリズベルへ。
リズベルは黙って受け取った。
軽く振る。
ヒュッ――。
空気を切る音。
その感触を確かめるように、柄を握り直す。
キラーとは違う。
何も語らない。
何も求めない。
ただ、手の中にある。
それでいい。
リズベルは静かに構えた。
その姿を見て、エクレールが目を細める。
「……今度は、随分と静かね」
闘技場脇。
腕を組みながら、二人の剣士を見つめていた。
先ほどまでの異様な戦いとは違う。
だが。
だからこそ。
興味深い。
観客席では、ストーリアも二人を見つめていた。
「……キラーがなくても、あの目なのね」
小さく呟く。
リールーも静かに頷いた。
「ええ」
ルシアは黙って二人を見ていた。
さっきまでとは違う。
だが。
何かが始まろうとしている。
そんな感覚だけは、はっきりと分かった。
エレノアが構える。
リズベルも構える。
二人の間に、風が吹き抜けた。
ドラゴンキラーは、地面に刺さったまま。
誰も触れない。
今ここにあるのは。
二人の剣士。
二本の剣。
それだけだった。
ジークレッドが、静かに二人を見る。
「――では、始め」
瞬間。
二人の足が、同時に地面を蹴った。
ガキィィン!!
鋭い金属音が、闘技場を震わせた。
火花が散る。
だが。
キラーの時とは違う。
瘴気もない。
異様な力もない。
ただ。
剣と剣がぶつかった。
純粋な一撃。
その音だけが。
闘技場いっぱいに響き渡った。




