↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
⚔️伝説の剣。福引きしたら、ドラゴンスレイヤーだったらしい……。  作者: 黒武者
第7章:選定の儀

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
103/108

第103話 焦り

 ヒュー……。


 風が、静かに闘技場を吹き抜ける。


 誰も口を開かない。


 先ほどまで歓声に包まれていた観客席は、まるで別世界のような静寂に包まれていた。


 針の音さえ拾えそうなほどの静けさ。


 誰もが理解していた。


 この試合は、今までとは違う。


 剣を交えているはずなのに。


 二人は、まるで動かない。


 ジークレッドは大剣を肩へ担いだまま、静かにリズベルを見つめていた。


 鋭い視線。


 だが、その眼差しに焦りはない。


 敵を見ているのではない。


 戦士を見ている。


 いや──。


 その奥にある〝何か〟を見極めようとしていた。


(鋭いな。)


 心の中で、小さく呟く。


 踏み込みは申し分ない。


 間合いも正確。


 一太刀ごとの迷いもない。


 それでも。


 届かない。


 剣が届いていないのではない。


 心が届いていない。


 ジークレッドは静かに息を吐いた。


(何を迷っている。)


 その答えは、まだ見えない。


 だからこそ待つ。


 王者とは、力で押し潰す者ではない。


 相手のすべてを受け止め、その本質を見極める者だ。


 リズベルは、ゆっくりと目を閉じた。


 仮面の内側に熱がこもる。


 吐いた息が頬へ返ってくる。


 額を流れた汗が顎先を伝い、一滴、地面へ落ちた。


 柄を握る右手へ、ゆっくりと力を込める。


(起きて……。)


 胸の奥で語り掛ける。


(私は、お前を求めてここまで来た。)


 静寂。


 返事はない。


(伝承は読んだ。)


(お前が意思を持つ剣だということも。)


(怒りを求める剣だということも。)


(全部、知っている。)


 ゆっくり息を吸う。


 そして吐く。


 鼓動を整える。


 心を静める。


(だから私は怒らない。)


(怒りではなく、お前自身と向き合いたい。)


 その瞬間だった。


 ドクン──。


 右手から鼓動が伝わる。


 小さい。


 だが、確かだった。


 リズベルの長い睫毛が僅かに震える。


(……。)


 ドクン。


 もう一度。


 今度は先ほどより深い。


 剣を握っている感覚が、少しずつ薄れていく。


 代わりに。


 自分の心臓とは別の鼓動が、身体の内側で脈打っていた。


(近い……。)


 胸ではない。


 右手でもない。


 もっと深い場所。


 心のすぐ傍で、その鼓動は鳴っている。


(これは……。)


 リズベルは初めて戸惑った。


 伝承には記されていなかった。


 これほどまでに。


 これほど静かに。


 人の心へ入り込んでくるものなのか。


 剣ではない。


 まるで、生き物だった。


 いや。


 生き物以上に厄介だ。


 斬れば終わる相手ではない。


 拒めば離れる存在でもない。


 静かに。


 ゆっくりと。


 心の隙間を探してくる。


(駄目。)


 リズベルは柄を握り直した。


(入って来ないで。)


 鼓動は止まらない。


 ドクン。


 ドクン。


 呼吸と重なる。


 心拍と重なる。


 境界が曖昧になっていく。


 まるで。


 剣を握っているのではない。


 自分の心を、剣に握られている。


 その感覚だった。


 闘技場の脇で、エクレールが僅かに目を細める。


「なるほど……そういうこと。」


 誰にも聞こえないほど小さな声。


「あの子は、ジークと戦っているんじゃないのね。」


「キラーと向き合っている。」


 その一言に、隣の兵士たちは意味も分からず首を傾げる。


 だが、エクレールだけは確信していた。


「私ならどう戦うか……」


 あの黒い仮面。


 あれは素顔を隠すためではない。


 自分自身を抑え込むための枷だ。


 観客席。


 ロゼリアは無意識に拳を握っていた。


「あの人……。」


 言葉が続かない。


 ストーリアも黙ったまま見つめている。


 リールーも。


 リフルも。


 エルドも。


 誰一人として口を開かなかった。


 静か過ぎる。


 それが逆に、不気味だった。


 ルシアだけが、腰へ添えた手に違和感を覚える。


 ドラゴンスレイヤーが、小刻みに震えている。


 まるで何かを警告するように。


 リズベルはゆっくりと息を吸う。


 あと一歩。


 あと少しで届く。


 そう思った、その時。


 不意に。


 心の奥底へ。


 雫が落ちるような、小さな声が響いた。


 ──思い出せ。


 リズベルの瞳が揺れる。


 耳ではない。


 胸の奥へ、直接響く声。


(……誰。)


 返事はない。


 静寂。


 だが。


 もう一度。


 ──思い出せ。


 その言葉だけが、ゆっくりと心へ沈んでいく。


 忘れたはずの景色が、僅かに揺れた。


 赤く染まる空。


 燃え上がる炎。


 誰かの叫び。


 そして。


 まだ輪郭すら見えない、一つの姓。


 リズベルは強く首を振る。


(違う。)


(まだ、その時じゃない。)


(私は支配されない。)


 その瞬間だった。


 ジークレッドが静かに大剣を構え直す。


「……そうか。」


 低い声が響く。


「お前。」


「俺と戦っているのではない。」


 一拍置き、その眼光がリズベルを射抜く。


「その剣と戦っているのだな。」


 見抜かれた。


 リズベルの呼吸が止まる。


 その一瞬。


 ピシッ。


 乾いた音が、仮面の内側で響いた。


 頬へ走る、わずかな違和感。


(……しまった。)


 黒い仮面の端に。


 髪の毛ほど細い、一筋の亀裂が刻まれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。