第102話 対話
ガキィィィンッ!!
鋼と鋼が激しくぶつかり合う轟音が、闘技場全体を震わせた。
開始の合図と同時。
リズベルは一切の躊躇なく地を蹴る。
黒き一閃。
身体が風のように滑り、ドラゴンキラーが鋭く振り抜かれた。
その軌跡は、空気さえ裂くほど鋭い。
だが――
ジークレッドは微動だにしなかった。
巨大な大剣を静かに構え、その一撃を真正面から受け止める。
火花が散る。
衝撃で砂が舞い上がる。
それでも。
ジークレッドの足は、一歩たりとも動かなかった。
「……ほう」
低く漏れた声。
その口元に、僅かな笑みが浮かぶ。
「良い太刀だ」
「鋭い」
一拍置き、
「油断は禁物だな」
リズベルは答えない。
その瞳は、ただ目の前の男だけを見据えていた。
再び踏み込む。
一太刀。
二太刀。
三太刀。
流水のように途切れることのない連撃。
ガキンッ!
ギィン!
ギャリンッ!!
金属音だけが、静まり返った闘技場へ幾度も響き渡る。
しかし。
ジークレッドは最小限の動きだけで、そのすべてを受け流していく。
攻める者。
受ける者。
互いに一歩も譲らない。
やがて。
リズベルは軽やかに後方へ跳び、静かに間合いを取った。
「チッ……」
小さな舌打ち。
風だけが、二人の間を吹き抜けていく。
静寂。
ジークレッドはゆっくりと大剣を肩へ担いだ。
「……どうした」
「力が届かぬぞ」
返事はない。
「何を迷う」
それでも、返事は返らない。
ジークレッドは静かにリズベルを見据えた。
「何をしに、ここへ来た」
その一言だけだった。
だが、その言葉は真っ直ぐリズベルの胸へ突き刺さる。
リズベルはゆっくりとドラゴンキラーへ視線を落とした。
(……違う)
柄を握る右手へ、僅かに力を込める。
(まだ眠っている)
刀身は静かだった。
鼓動は感じる。
だが、それだけ。
先ほどロゼリアが触れた時のような反応は、まだ見せない。
(起きて)
心の中で静かに語り掛ける。
(私はここまで来た)
(あなたも、それを望んだのでしょう)
返事はない。
ただ、静寂だけが流れていた。
◇ ◇ ◇
闘技場の脇。
腕を組んだエクレールが、小さく笑う。
「……面白い子ね」
誰へ向けるでもない独り言。
その視線は、リズベルから離れない。
「キラーと対話しているのかしら」
一瞬だけ、黒い仮面へ目を向ける。
「……いいえ」
小さく首を振った。
「あの仮面」
「顔を隠すためだけのものじゃないわね」
◇ ◇ ◇
その頃、観客席では。
ロゼリアもまた、静かに試合を見つめていた。
「すごいわね、あの子」
思わず身を乗り出す。
「あんなに自然にキラーを扱える人がいるなんて……」
その呟きに、ストーリアが静かに視線を向けた。
「でも」
「あの人……何か変」
「変?」
ロゼリアが振り向く。
「動きじゃない」
ストーリアは僅かに目を細めた。
「何かと戦ってる」
ルシアが首を傾げる。
「俺は、ジークさんが強すぎるからそう見えるのかと思った」
視線は闘技場から離れない。
リールーも静かに頷く。
「そのようにも見えますね」
「ですが、おそらくあの黒い仮面には何か意味があるのでしょう」
エルドも腕を組み、小さく息を吐く。
「そうでしょうな」
「ここからでは細部までは見えませぬ」
「ですが、ただ顔を隠すためだけの物とは思えませぬ」
ロゼリアは黒い仮面を見つめたまま、小さく呟いた。
「黒……」
「あまり見ない色よね」
リフルも静かに頷く。
「ええ」
「黒は本来、感情を覆い隠す色」
「彼女は何かを、その胸の内へ封じているのかもしれません」
「……なんか」
ルシアは苦笑する。
「俺だけ鈍感みたいだな」
そう言いながら、誰にも気付かれぬよう腰へ手を添えた。
ドラゴンスレイヤーは。
今もなお、小さく震え続けていた。
まるで。
この戦いを、静かに見守るように。




