第二十話 ダンジョンに巣食うもの(上) その三
田中は冒険者ではないのでダンジョンにアタックを掛けたことなどない。それでもリビングメイルという言葉に聞き覚えは、ある。しかし、まさか本当に鎧が動いているとは思わなかった。まるでオートマトンのようだ。
「あのなあ、俺の仕事場は廃墟街なんでね。ダンジョンのことはよくわからん。しかも冒険者みたいにダンジョンにアタックなんかかけないから実物を見るのは初めてだ」
実際グールも聞いたことはあっても見たことはない。ゾンビの親戚くらいの外見だと思っているが合っているのだろうか。
「まあリビングメイルはさておき、なんでそのダンジョンを守るモンスターがこんな下水道の横穴にいるんだ?」
エーミルは静かにかぶりを振って告げる。
「ここはもう下水道ではありませんわ。立派な――地下ダンジョンですわ」
あらためて田中は軽いめまいを感じずにはいられなかった。社会奉仕で下水道に潜ったらいつの間にかダンジョンに出てきてしまったとか、一体何をどう間違えればそんなことになるというのだ。演劇でもそんなバカみたいなストーリーはないぞ。
「嘘だろ……おい。俺が何をしたって言うんだよ」
言われてみればコンクリートなんて代物が類似品はあったとしてもこの時代の人間に普通に作れるわけがない。さっきまでのレンガ造りの通路はこのダンジョンへ乗り込むためのものだったのだろう。
だからよせばいいのに!
「新ダンジョン発見の功績として名前がつくかもしれませんね。異教徒が見つけたのですから……パ」
「それはやめろ」
田中は大きくため息をついた。いつまでもこの場で悲観にくれるわけにはいかない。物事はなるべく前向きにとらえるのが解決への近道である。この状況をどう解決しろというのかは不明ではあるが。
「しかしまあ、まさかエンディミオンの地下にダンジョンがあったなんてたまげたなあ。ん?待てよ……つまり未発見のダンジョンということは誰にも荒らされてなくて、お宝がまだそこらにあるってことじゃ――」
自分でそこまで言ってから気が付いた。
絶望感が一転し、途端にめちゃくちゃ金の匂いがしてきた。
「いえ、やめておくべきですわ。元来た道を戻って逃げましょう」と、エーミルが静かに言った。
予想外の言葉に田中は面食らう。もっとのりのりでダンジョンを荒らしまわるのかと思ったのだが、まさか撤退を進言するとは。田中の視線に気が付いたエーミルは不機嫌そうに鼻を鳴らして、
「失礼ですわ。私だって引き際くらいわかりますわ。だいたい未探索ダンジョンにアタックを掛けるにはあまりにも装備が貧弱すぎます。これでは自殺しに行くようなものですわ」
エーミルの言うことは一理ある。いや、一理どころでは効かないだろう。田中はカーボン装甲の胴当てのみを身に付けてはいるが小銃や魔術付与弾の類は持ってきていない。あくまで下水道に柵を設置するだけと聞かされていたからだ。
エーミルも兜は被っていないし、サーコートも着ていないし、チェインメイルは着ているが普段のものではなく薄手のものだ。キャシーに至っては鎧も着ていないし、ほぼ普段着のままである。三人とも明らかに防御力が低い。吹き飛ばされてコンクリの壁に叩きつけられただけで致命傷になってしまうやもしれない。
そんな装備でダンジョンにアタックを掛けようとするのは正気の沙汰ではない。言われるまで気が付かなかったとは、よほど金に目がくらんでしまったか、状況を呑み込めていなかったのか。反省しなければ。
とにかくエーミルの言う通りここは逃げるに越したことはない。
「元来た道……ですか。それはやめたほうがいいと思いますよ」
キャシーがぽつりと静かに言った。意味が分からない、とエーミルは眉間にしわを寄せる。
「なぜ?たしかに金は大事ですけど、命には代えられないですわ」
「いえ、そういう意味ではなくてですね」
「じゃあどうしてですの?」
エーミルはキャシーが見ているほうへと視線を動かし――露骨に顔が引きつった。
キャシーは肩をすくめた。すべてを諦めたような、そんな風な口調であった。
「どうしてですって?だってどれが元来た道なのかもうわかりませんから――」
キャシーはエーミルや田中の方を見てはいなかった。彼女はずっと一か所を、自分たちが通ってきたレンガの通路を見ていた。そして気が付いたのだ。通路が増えていることに。
通っていた時は一本道だとずっと思っていたが、おそらく薄暗さも相まって分岐や脇道に気が付かなかったのだ。分かれ道の数はぱっと見ただけで十くらいはあり、どれが出口に繋がっているのか判別がつきそうにない。
「どうします?」
エーミルは気高にふるまってはいるが隠し切れない不安の色が見え隠れしている。
どちらかというと貴女のほうがこういう事態に慣れてるんじゃないんですか?と田中は喉まで上がってきた言葉を強引に飲み込み、黙って肩をすくめた。
おそらく地下要塞みたいな構造は文字通り外敵からの侵入対策で、ここでいう外敵というのはこのダンジョンから出てくるリビングメイルのことに違いない。こんなものを張り巡らせるならその上に都市なんて作らないでもらいたい。いったいどういう思惑があってわざわざ都市を建設したのやら。田中は旧帝国の面々を呪わずにはいられない。
「足跡をたどるか?長年誰も立ち入っていないなら俺たちの足跡が一番くっきりと残っていると思うんだが……」
自分で提案しておきながら足跡の判別に自信はない。狩人とかレンジャーじゃあるまいし、そもそも田中にはこの手の追跡なんて全く経験がなかった。大方途中で行き詰ってしまうのが目に見えている。
それを悟ってか、エーミルは渋い顔をただ横に振るだけであった。
気まずい沈黙が地下通路を支配した。
「そういえば、さっき巡回型って言いましたよね?もしかしてリビングメイルの種類って他にもあるんですか?」
気分を紛らわそうとしてかキャシーが話題を振ってきた。場所が場所なだけに、内容がリビングメイルについてなのは若干やめてほしい。
「ええ、装備が違うだけの機体もありますが、おおまかに分けてあと二種類ほどいますわ」
そのうち一種類はダンジョンの最深部まで行かないとお目にかかれませんわ、とあまりうれしくない情報を付け足すエーミル。つまり一番強いリビングメイルというわけかと田中は納得した。できることならそんなものに出会う前に脱出したいものである。
「じゃあ、あれは何型ですか?」
キャシーが指さす先には朧げに浮かぶ赤光。それが通路の闇を埋め尽くさんばかりに浮かび、田中たちを見据えていた
「マジかよ……笑えねえな……」
乾いた笑いすら出なかった。
魔術の明かりが照らせる範囲内に、先頭のリビングメイルが近づいてきた。さきほどの巡回型とは違って腰から下がなく、ケーブルが脊髄のように生々しく垂れ下がる。そしてどういう理屈かはわからないがふわふわと宙に浮いている。その両腕には針のような形状をした鋭利な槍が二本備わっている。それだけではない。後ろから続くモノたちは槍や剣や斧など、様々な武器で武装している。
「斥候型です……あれは他の機体を呼び寄せます……」
エーミルが堅い表情で知りたくないことを言った。視界に入っているだけで十体以上いるのだが、それをすべて倒さなくてはならないのか?
当然のことだがいちいち戦ってなんかいられない。
「逃げるぞ!どの道でもいいから早く――」
斥候型が予想外のスピードで地面を滑るように突っ込んできた。横穴まで戻る暇がない。キャシーが斥候型の前に立ちふさがり、バルディッシュを振り下ろした。
つづく




