第二十話 ダンジョンに巣食うもの(上) その二
田中は周囲を警戒しつつランタンを横穴へと近づけた。
どうやら自然にできた洞窟ではない。下水道の壁には石材が使われているが、横穴から向こうは壁も地面もくすんだレンガが敷き詰められている。明らかに人工物のそれである。田中は目を凝らすが、手にするランタンの光量では穴の奥までは見えない。
「下水道の向こうに現れた謎の通路……冒険の匂いがしますね」
田中の背中に悪寒が走った。振り向けばキャシーは目をキラキラさせて横穴を覗き込んでいる。
「何を考えてるかわからないけど、お前がここに来た目的を忘れるなよ」
「あはは、もちろん大丈夫ですよ。下水道からつながる謎の地下通路の探索ですよね?」
「ちげーよ」
田中は鉛でも背負ったかのように体が重くなるのを感じた。
だれが何のために作ったのかわからない得体のしれない通路だ。危険を冒してまで探索する必要などどこにもない。ただでさえ田中は近くのスライムを凶暴化させる変わった体質で、それだけで下水道探検において十分潜在的危険と見なされているのに。
「キミは司法局に下水道に柵を設置することを命じられた。横穴の探索は命じられていない。つまりさっさと柵を設置しなければならない。オーケー?」
言い聞かせるように田中は言うが、キャシーはぷいとそっぽを向いて返事をしようとしない。大方、下水道よりも謎の通路のほうが臭くないからだろう。だからといって勝手なことをしていいわけがなく。
「何をしています異教徒。さっさと入りますよ」
すでに片足を横穴に突っ込んでいるエーミルの姿がそこにあった。
えーっと、キミは何をしているのかな?
田中の疑問をよそにエーミルに続いてキャシーも柵を入口に立てかけると横穴へと入っていく。
田中は手に持つ鍬と躊躇いなくどんどん遠くへと歩いていく二人の背中を交互に見比べたのち、小さくため息をついた。
「お前ら……あとで司法局に怒られても知らないからな」
仕方なく田中は小走りで二人の後を追った。
横穴から続くレンガの道はしばらく続いた。横幅は下水道よりも狭く、その分高さは下水道よりもある。パイクやハルバートのようなポールウェポンを振り回すことは無理だが、長剣程度なら十分振れるだろう。地面も水気がないため足を取られる心配もない。緩やかなアーチ状のレンガ組みは要塞城の地下通路を連想させる。
エーミルのランタンを先頭に、しばらく道なりに進んでいくとまた視界が変わった。
レンガの道が終わり、今度は一面灰色の横穴へとつながった。新しい通路側に大小の破片が転がっていることからレンガの通路側から無理やり砕いて道をつなげたのが伺える。
広さは先ほどのレンガの通路よりもさらに横に広く、しかし高さはそれ程変わらない。一見して、意図的に高さがあるものを通れないようにしているような印象を田中は受けた。
ランタンの明かりを壁に這わし、田中は眉をひそめた。そして外壁へ手を伸ばし、撫でる。灰色だから石造りかと初めは思ったが、触ればそれが自然のものではないことがわかる。もっと冷たく固い、
「コンクリート?」
廃墟街と同じ無機質な灰色。ありもしないのに、まさか廃墟街までつながっているのではないかと疑ってしまう。以前リザードに追い立てられて潜った地下鉄が田中の脳裏をよぎる。
エーミルが難しい顔をして何やら唸っている。
「この通路の材料、造り……まさか!」
田中はとっさにエーミルの口をふさいだ。自分の口元には人差し指を当て、静かにしろとジェスチャーで示す。見ればキャシーもバルディッシュの柄に手を伸ばし、通路の奥、闇の向こうをじっと見つめている。
気のせいではない。微かに、確かに聞こえた。あれは金属同士がこすれる音だ。
田中はランタンを遮光するとベルトのフックに引っかけた。エーミルもそれにならい明かりを消す。真っ暗な通路の中、田中は魔術を小さく口ずさむ。田中の斜め上あたりに小さな光の玉が滲み出るようにして生まれた。その光の玉はふよふよと通路の奥へと漂っていき――
闇の中から所々に錆が浮いた全身金属鎧が、ぼうっと浮かび上がった。プレートメイルではなく、小さい金属片をつなげたラメラアーマのような金属鎧だ。そしてグレートヘルムにも似た顔全体をすっぽりと覆う兜の隙間から、二つの赤光が漏れている。
金属鎧は右手で長剣を引きずりながら、幽鬼のような足取りで田中たちの方へと向かってくる。
「なによこいつ……?」
バルディッシュを構えながらキャシーは眉間にしわを寄せる。中に何かが入っているというよりは金属鎧がひとりでに動いている、そう形容するに他ならない。さすがのキャシーも今まで見たことがないモノに戸惑いを隠せないでいる。
双の赤光がこちらを見据えたような気がした。
「ちっ、なんでいきなりアクティブモードなのよ!」
田中の手を払いのけ鍬をその場に捨てる、とエーミルは悪態をつきながらメイスを抜いた。そして先手必勝とばかりに金属鎧めがけて殴りかかる。
金属鎧は足取りとは裏腹にエーミルを近づけんと機敏な動きで長剣を横に振るう。横なぎの一閃をエーミルは身をかがめて避け、金属鎧に肉薄する。その流れるような動きは、彼女が元はつけども教会お抱えの戦闘集団である神殿騎士だということを否応なしに思い出させる。
エーミルは金属鎧の左太腿目掛けてメイスを叩きつけた。金属鎧にメイスのような鈍器ほど有効な武器はない。体重を乗せた重い一撃にあっさりと鎧が粉砕され、金属鎧が片膝をついた。それでもなお金属鎧は長剣を振るう。エーミルはメイスでそれを弾き、金属鎧の頭部にフルスイングした。
金属が砕ける音とともに、各部をひしゃげさせながら兜は通路の奥の闇の中へと消えていった。そして金属鎧の手から長剣が落ち、うつぶせに倒れたっきりピクリとも動かなくなった。
「死んだ……のか?」
恐る恐ると田中が訊く。エーミルはメイスを腰に戻して、
「まさか――生き物じゃあるまいし、死にはしませんわ。ぶっ壊しただけですわ」
ぶっ壊す……だと?
「じゃあ、結局こいつはなんだ?」
「あら、ご存じありませんか?」
首をかしげる田中に向かって意外そうにエーミルは訊き返した。あいにく、さすがの廃墟街でも金属鎧が一人でに動き出したりはしない。そこまで天外魔境ではない。軟体状のナニかが入り込んで動かすことはあっても。
「これはリビングメイルですわ。魔力供給式自動鎧人形の巡回型。全身鎧ですけど魔力強化はされていないので、武器が魔力強化されていれば簡単にダメージを与えられますわ。このタイプは一体一体はぶっちゃけそんなに強くはないですし。まあ数は多いですけど」
エーミルはそこでいったん区切るとちょっと困ったように首を傾げ、
「ダンジョンを護衛するモノとしては死に戻りのグールほどではないですけど、ポピュラーなものだと思っていましたわ」
“ダンジョン”という言葉を聞いて、その常識外れさに田中は頭がくらくらしてきた。
屑拾いが一獲千金を求めて廃墟街へ行くように、冒険者はダンジョンへと向かう。
このダンジョンというのはいわば俗称であり、もともとは旧帝国以前の文明退化を引き起こした魔法戦争時代の軍事拠点のことである。エンディミオン周辺にも比較的大きなものがあると聞いたことはある。
廃墟街のようにミュータントはいないが、そこを護衛するものは戦争時に運用されたモンスターである。何人もの冒険者たちがなんどもアタックをかけて長い時間をかけて夥しい血と時を満たすことでようやくクリアするもの――と、遠い昔にそんな話を田中はとある冒険者から聞いた覚えがある。その時、存外屑拾いも冒険者もフィールドが違うだけでやってることは同じなのだなあと思ったのは記憶に残っている。
つづく




