第二十話 ダンジョンに巣食うもの(上) その四
斥候型は槍をクロスして受け止めようとするが、火花とともに真っ二つに叩き斬られてあっけなく地面に転がった。金属鎧とはいえ魔力強化されていなければ、キャシーの振るうバルディッシュの前では防御力など皆無に等しい。
しかし、それは一対一の場合である。斥候型は僚機が一撃で斬り伏せられたことに全く動じることなく、我先にと突っ込んでくる。その後ろでは隊列を組んだ巡回型が規則正しい足取りでどんどん近づいてくる。この物量を相手できるわけがない。
「ええい、奥へ逃げるぞ!というかどんな原理で浮いてんだよこいつら⁉しかもめっちゃ速いし!」
その間にもキャシーは斥候型の槍による突きを掻い潜り、追加で二体をぶった切る。
「そうね、そうしましょ!」
エーミルの賛同もあってか三人はダンジョンの奥へと一目散に走りだした。足の遅い巡回型は引き離せるが斥候型はしつこく田中たちを追撃する。どれだけ走ろうが金属音が鳴りやまない。走りながら振り返れば斥候型が放つ無数の赤光が否応なしに視界に飛び込んでくる。
「ちょっと待て数増えてないか⁉」
田中が悲痛な叫びを上げた。
「ど、どうやらダンジョン中から斥候型が集まっているみたいですわ」
「それでも集まりすぎでしょ⁉」
しんがりを努めるキャシーが非難じみた声を上げる。
「リビングメイルは数が多いことが一番の脅威なのですわ!ですがここまで戦力を集中させて攻撃してくるなんて今まで聞いたことがありません。それに普通はパッシブモードでうろついているのになんで今日に限って全部アクティブモードなんですの⁉」
「知らん!ここが未探索だからか?それともそこまでして守る必要がある所なのか?」
どちらにせよこのままでは埒が明かない。走り疲れて動けなくなる前に手を打たなければ。
田中は腰のポーチから小さな樽を取り出した。爆破の術式がびっしりと書き込まれた魔術道具である。
「なんですの、その危なっかしいものは?」
田中が手にする爆破樽を見てエーミルがギョッとする。そんなことなどお構いなしに田中は術式に魔力を送り込む。
「耳を塞いでろ!」
大声で叫ぶと同時に後ろに向かって放り投げた。放物線を描いて飛んで行った樽が斥候型の胸甲を叩いた刹那、大轟音と閃光と遅れて生まれた爆風が三人の背中を押し上げた。閉所が故か通常よりも何割か増しで威力があるように思える。鼠の群れを吹き飛ばすつもりで持ってきたものだが、樽一つで斥候型のほぼ大半が鉄くずと化してばらばらに散らばっている。予想外の戦果である。
残る斥候型は三体、僚機の残骸を乗り越えて一番近くにいるキャシーへと迫る。
一切攻撃を避けようとせず、咆えるキャシーがバルディッシュを真一文字に振り下ろした。文字通り左右に分けられた斥候型、その脇を二体がすり抜けた。キャシーの反応が間に合わない。
「――ご主人!」
バルディッシュの間合を抜けた斥候型は両方とも両腕に幅広の剣が付いている。魔力強化されていない素の刃である。エーミルが応戦しようとメイスを構えるよりも早く、ペストマスクが動いた。
田中は剣を引き抜きながら斥候型の両腕を斬り飛ばした。そして、返す剣で横から斬り込んでくるもう一体の斥候型を斜めに斬り伏せる。さらに切っ先が紅い弧を描き、両腕のない斥候型の胴を薙いだ。流れるような剣捌きであった。
田中が剣を収める頃には動けるリビングメイルは一体もなかった。
「何とかしのいだな……」
大きく息を吐いて田中は緊張感を解いた。リビングメイルと戦ったのはこれが初めてだが、相手の武具が魔力で強化されていないことに心の底からほっとした。でなけれればあんな風に倒せるはずがない。今頃、リビングメイルの残骸がある所にはペストマスクの残骸が落ちていることだろう。
「喜ぶのはまだ早いですわ。あくまで斥候を倒しただけなんですから。主力が後から来る前に出口を見つけないことには全滅は免れませんわ」
出口なんてあるのだろうか、と田中は思う。ここはエンディミオンの下に埋まっているようなダンジョンであり、旧帝国がいくつも出入口を作っていたとは思えない。
が、
「そうだな。道なりに進んでいけば本来の出口につながるかもしれないな」
田中はそう言うに留めておいた。変に期待を持たせるのはよくないし、しかし奪うのもよくない。つまるところ、田中たちは前進する以外の選択肢を持ち合わせてはいないのだ。
たとえさらに深淵部へと続く道だとしても。
ダンジョンが揺れた。地震などではない、何か大きなものが壁に激突したかのようなそんな局所的な揺れだ。しかも――近い。
「な、なんですの?」
「わからん!」
田中は魔術で生み出した光の玉を先行させ、自分はペストマスクのレンズ部分にあるダイヤルを回した。回すごとに視界が拡大されていく。すると微かにだが何か動いている影が見える。その影はどんどん大きくなっていき、
「そ、そこの見ず知らずの御方っ!なにとぞ助けてくだされー!」
必死の形相で全力疾走するおっさんが助けを求めてきた。年の頃は三十代半ばから後半の冴えない顔をした中肉中背のおっさんである。
迷い込んだにせよアタックをかけたにせよ、もちろん一般市民なわけがない。一見して鎧兜を付けておらず旅人風の装いなことから魔術師の類なのではないかと田中は思った。しかし、さっき戦ったからこそわかるが、魔術師なら普通リビングメイルの一体や二体など物の数にも入らないはずだ。もしや魔力切れだろうか?それなら逃げに徹するのも無理はない。
自分たちも追われてはいるので、このままでは挟み撃ちになってしまう。まずはおっさんを追いかけるリビングメイルを蹴散らして退路を確保するべきだと田中は結論付けた。
「待ってろ、今すぐ助けてやる!」
田中は剣の柄に手を当て――不意におっさんの背後が揺らめいた。
ん?と田中は目を凝らした。ぞわりと背筋に悪寒が走る。
赤い双眸が暗闇の中に浮かび上がった。田中はずっと何もない暗闇だと思っていた――が、違う。あまりにも大きすぎて通路の大半を塞ぐほど。それほどの全高がある巨大なリビングメイルが暗がりから飛び出てきたのだ。
そのリビングメイルは巡回型や斥候型とは姿形が全く異なっており、異質の一言である。球体型の胴体部分、その上部には四つの赤光を放つ半球状の頭部が付いている。胴体部分の下部から生える二対四脚の姿はまるで節足動物を彷彿とさせる。また二対の腕が生えているのだが、ひじから先が刃渡り1.5メートルほどの幅色で分厚い両刃になっている。侵入者を捕えるのではなく間違いなく殺しにかかっている外見だ。
「いや、もうこれメイル要素全くないんだけど!」
田中は常識外の敵の姿に素っ頓狂な声をあげる。ここは剣と魔術の世界だとういうのに!
いつの間にかおっさんは唖然とする田中の脇を駆け抜け、キャシーよりも後ろまで逃げている。戦おうとする気は1ミリもないようだ。
赤光が田中から順番に向けられていく。明らかに攻撃対象として認識している様子だ。
エーミルがじりりと後退りした。
「なんで最深部じゃないのに防衛型が出るんですの!このダンジョンはどうなっているんですの⁉」
さすがの神殿騎士といえどもこの大きさに圧倒されているらしく、彼女の腰は引けている。
田中も場所と状況が今みたいでなければ逃げることを選択していただろう。廃墟街でリザードと相まみえた時とまるっきり同じ気分である。
「落ち着け!とりあえずこいつはどういうやつなんだ?」
「拠点防衛型!ダンジョンのラスボス!ダンジョンによっていろんな特殊兵装がありますわ!」
「単純明快な説明ありがとう」
田中は剣を抜いて防衛型と対峙する。いつの間にかエーミルもおっさんがいるところまで下がり、代わりにキャシーが田中の隣に並んでいる。
つづく




