②
俗に言う、天の河。学はその河の流れを追いかけて行った。光の足跡はどこまでも続いていて、色んな方向に向けられている。上に行ったり下に行ったり。右に行ったり左に行ったり。星は、どこまでも自由だった。内側にある存在を示すエネルギーを放出しながら、星は自分たちの世界で楽しみ歌っている。自分たちが星であることを、心の底から誇っているようだ。
学は思わず左胸の辺り強く抑えた。痛くはない。ただなんとなく、苦しい。星の輝きは心地よさを与えてくれるが、それの代償としてなのか、時折学の頬には涙が伝い、胸が押し潰されるように圧迫されることがある。星が発するエネルギーが人体に影響を与えているのかもしれないと思ったこともあるが、だとすれば、星に見下ろされエネルギーをぶつけ続けられている全世界の人間が同様に苦しんでいることになる。十五年生きてきてそんな話、一度も聞いたことがない。
だからこれは、自分だけに起こる現象なのだと思う。星に魅了され、星に縋る自分の体内にだけ起こる、奇妙な現象なのだ。
次第に胸の辺りから苦しみが消えていった。学は深呼吸をして、また星を眺めることに集中する。天の河を辿っていく内に、自分も星の一部になっているような錯覚に陥る。周囲の星が各々輝いて、自分を光の住人であるかのようにしてくれる。
苦しくない。気分がいい。身体などなくなって、魂と呼ばれるモノが夜空の中に吸い込まれていったみたいだ。
天体望遠鏡に添えていた手が離れる。足から力が抜けていく。学の身体から力という力が根こそぎ奪われたみたいに、がくっと、身体が落ちた。
青一面のカーペットの中に倒れ込む。その寸前、学は踏みとどまった。自身の魂を自身の身体の中に取り戻し、借家の二階にある小さな部屋の中で息づいていることを自覚した。望遠鏡が捉え映し出したものが、学の十五年間の人生において、あまりにも魅力的であったがゆえに、学は学である必要があった。
それは、桃色の流れ星だった。
天の河の光を引き裂くようにして流れ落ちた、桃色の星。本当に星なのか、と疑念を抱くことが当然なほどに、眩しく美しく、魅惑的で、どこか蠱惑的でもあった。これまで見てきた星とは、明らかに違う。目が眩むほどの強い光と、脳がぐらつくほどの引力を感じた。
引き裂かれた天の河は、変化することなくそこに存在している。落ちて行った桃色の流れ星に、誰も気が付いていないみたいに、キラキラと佇んでいる。
学は、自然と思った。あの星は、自分にしか見えなかったのだ。
空は広大であり、誰の上にも存在している。家族であれ恋人であれ、友人であれ知らない誰かであれ、見上げればそこには、平等な空が広がっている。星は全ての命の上で輝き続けていて、それは誰の世界においても変わりはない。だから、流れ落ちた桃色の流れ星は、地上にある命全てが見て感じ取ることが出来るモノであったはずだ。
それでもなお、学は信じていた。幼少期に向けられていた両親の笑顔が、自分に対する愛情表現だったのだと信じているのと同じくらいに、信じていた。
あの星は、僕にしか見えない。あの星は、僕を呼んでいる。




