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覇王の余生は不労所得スローライフ  作者: 井上幸将


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9/11

第九話 覇王の棚ぼたと、世界の経済ハメ殺し内政編

「若、予定変更でございます。本日の港区本部ビルへの『初通勤』ですが、数週間ほど先延ばしとなりました」


 月曜の朝。金町の別邸の二階。 最高級スーツを着こなした老紳士バルトの言葉に、俺――元覇王のニートことジンは、本日の日替わりおもしろ四文字ロンT『終身休業』の襟元を引っ張りながら、マットレスの上で薄く目を開けた。


「……あ? 先延ばし? なんだよバルト、せっかく重い腰上げて、アルファードのシートで寝ながら移動する心の準備してたのに。めんどくせえなぁ」


 俺はわざとらしく眉をひそめ、不満そうな表情を作ってみせた。

 だが、俺も、隣の部屋でPCデスクに向かうアイリスも、本当は「何が起きたか」のすべてを裏で掴んでいる。口には出さないが、昨夜バルトが仕掛けた『合法的ハメ殺し』の動画を受け取った政府上層部の本物の偉い人が、あまりの恐ろしさにガタガタと震え、迷惑の慰謝料(口封じ)代わりに「港区の一等地にある、地上五階・地下一階の自社ビル」を、丸々こちらへ譲渡プレゼントしてきたのだ。


 こちらは何もしていないのに、ただマットレスの上でゲームをしていただけで、拠点の規模が勝手に数倍に跳ね上がった。これぞ究極の不労所得(棚ぼた)だ。おかげで俺は、大好きな金町のこのマットレスから、あと数週間は動かなくて済む。


「……まぁ、ビルがデカくなるなら、内装の手直しに時間がかかるのは仕方ねえわ。じゃあ俺は寝るから、コーラ置いとけよ」

「ははっ、畏まりました。若が港区へお越しになるその日までに、地上五階の社長室奥には金町とミリ単位で完コピした『聖域』を、そしてプライベートも兼ね備えた最高級の『防音室』を完璧に設置しておきますので、ご期待ください」


 バルトが優雅に微笑んで一礼し、一階へと降りていく。 俺はマットレスの上で再びゲームのコントローラーを握り、タバコに見せかけたココアシガレットをガリッと噛み砕いた。    


 * 


 一階の庭では、今日ものんびりとした下町の空気が流れていた。

「ガルウさん、ちわーす! いつものコロッケ、おまけしといたよ!」「おぅ、近所のオバチャンありがとよ! ボスへの差し入れにするわ!」 


 駅前のお土産屋で買った、龍の刺繍の黒スカジャンを羽織った大男――四天王の人狼頭領ガルウが、笑顔で下町を散歩(隠密警戒)から戻ってきたところだった。近所の子供たちや主婦層にもすっかり馴染んでいる、ただの豪快なパシリに見える男。

 だが、その耳元に仕込まれた通信用インカムからは、常にファミリーの「物理防衛部門」の最重要機密が飛び交っている。ガルウは、実家や別邸周辺の見回りを統括し、ジンの家族のボディガードとして動いているコタロウ、さらには港区で要人警護SP会社を率いるダイゴウの『絶対的な直属の上司』なのだ。


 ガルウが別邸の縁側にドカッと腰を下ろすと、インカムからチチッ、と電子音が鳴った。

『ガルウ総監、港区のダイゴウです。政府から慰謝料代わりに譲渡された「地上五階地下一階のビル」、先ほどローザ弁護士と共に合法的な引き渡し手続きを完了いたしました。ボスの周辺警護配置、および地下一階への防衛用魔法陣の設置、いつでも動かせます』


「おう、ダイゴウ。ご苦労。ボスはまだ金町でダラダラする気満々だからよ、数週間かけていいから、ミリ単位で完璧な城に仕上げとけ。実家周辺の見回りをしてるコタロウにも、そっちの手伝いが必要なら人員を回すように伝えてあるからよ」

『ハッ、かしこまりました、総監!』


 ガルウはこまめに有能な部下たちと連絡を取り合い、金町と港区の連携を完璧に手の中で回している。そんなファミリーの物理トップの姿を、台所で魔法薬の調合(闇治療の準備)をしていたエレナが、白衣の裾を揺らしながら笑顔で見つめていた。


「ガルウ、お疲れ様です。ジンのために、港区のビルには最高級のベッドだけでなく、私とジンのための『防音室』も作らせているのでしょうね?」「あぁ? バルトがなんかそんなこと言ってたな。アイリスやアリスの機密サーバーや配信にも必須らしいから、ダイゴウの部下たちに最高強度の防音壁を張らせてるぜ」

「ふふ、楽しみです……。ジン、待っていてくださいね」


 エレナが顔を赤らめて正妻アピールを爆発させる中、三階のアイリスからは、『マスターの隣の防音室は、私の定位置です。マスターにアイスをあーんしてもらうためのバグ萌え空間ですので、エレナ様には渡しません』 と、スピーカーから淡々とした宣戦布告が響いていた。


 二階のマットレスの上。俺はコーラをぐいっと飲み干し、画面の向こうでアリスが無表情にゲスなネット民をバッサリ切り捨てて大金を稼ぎ出している配信を眺めた。


「いくら準備しても何がバズるかってのは、やってみないとよく分からないよな」


 表社会では、棚ぼたで手に入れた港区の『地上五階地下一階ビル』を舞台に、キャサリンCEOやアルトたちが爆速で上場企業入りへの大規模拡大を全自動で進めている。

 裏社会では、昨夜の権力者のジジイを完璧な奴隷のコマとしてハメ倒し、その部下たちをダイゴウの会社へ強制再就職させて使い潰す準備が整っている。


 何もせず、ベッドから一歩も動いていないのに、拠点が強化され、利権が広がり、不労所得のシステムが世界規模へと勝手に大規模拡大していく。

 等身大のニートを気取る俺の、どこまでもブラックで、圧倒的に怠惰な現代スローライフは、金町の下町ののんびりした空気の中で、さらに強固なホワイトエンパイアへと成育していくのだった。

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