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覇王の余生は不労所得スローライフ  作者: 井上幸将


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8/11

第八話 最高級の納車祝いと、老紳士の『ホワイト・ハメ殺し』

週末の金町別邸。二階の十畳間。

 俺――元覇王のニートことジンは、マットレスの上に寝そべり、日替わりのおもしろ四文字ロンT『休日出勤』の襟元を気怠げに引っ張りながら、家庭用ゲーム機のコントローラーを親指で弾いていた。

 部屋の隅には、二リットルのコーラの空きペットボトルの山、ガリガリと噛み砕いたココアシガレットのゴミ箱、放置された新作ゲームのパッケージ。

 異世界の統一なんていう大それた面倒事を終えて帰ってきた俺にとって、誰の視線も気にする必要がなく、ただ自分の物欲と怠惰のすべてを満たせるこの四角い自室こそが、何物にも代えがたい絶対的な聖域だった。不労所得ライフの極致は、このマットレスの上で重力に逆らわずにダラダラすること以外にない。


「若、お待たせいたしました。例のアルファードが極秘納車されました。一階のガレージへどうぞ」

 ノックと共に、最高級スーツを着こなした老紳士バルトが顔を出した。


「……お、ついに来たか」

 ベッドから動きたくない俺だが、実はそこそこの車好きだ。流石に重い腰を上げて一階へ降りる。 ガレージに鎮座していたのは、ピカピカの最新型『トヨタ・アルファード・エグゼクティブラウンジ』。外見は綺麗なホワイト、だが中身はアイリスの軍用Wi-Fiとダイゴウの防弾・防爆加工が施された完全ブラックな移動式要塞だ。

 さっそく二列目の電動ファーストクラスシートに深く体を沈めてみる。 シートヒーターが腰を温め、オットマンが足を完璧な角度で支える。背中をほぐすマッサージ機能のクオリティもチート級だ。


「……なるほど。座り心地は一〇〇点満点だわ。だけどなぁ、バルト」

「何かご不満でも、若?」

「いや、椅子の質は最高。だけど、どんだけ快適だろうが車は車だわ。外の世界と繋がってる時点で、あの二階のマットレスの『完全な引きこもり感』には勝てねえよ。これはあくまで、俺を港区のビルへ一ミリも疲れずに運ぶための『手段』だな」

「ははっ、流石は若。港区のビルには実家の部屋の完全再現だけでなく、すでにプライベートを兼ね備えた『最高級の防音室』も設置済みでございます。アイリス様やアリス様の配信機材やサーバー防音はもちろん、エレナ様との……その、『特別なサロン』としても最適な空間になっておりますので、ご期待ください」


 バルトが優雅に微笑む。ガレージの横では、エレナが高級お肉を並べ、ガルウやコタロウが下町のお惣菜やキンキンに冷えた缶ビールを準備して、納車記念のBBQパーティーが静かに始まろうとしていた。

 その時、バルトの耳元の通信用インカムが、チチッ、と小さく電子音を鳴らした。 事前に周囲を警戒していたカゲロウや黒服マフィアたちからの、すでに掴みきっている敵の接近報告。

 バルトは優雅な所作のまま耳元に手を当て、冷徹な目でスマホの画面を一瞥した。


「バルト、何かあったか?」 シートに寝そべったまま、俺はコーラを一口飲んで尋ねる。


「若の手を煩わせるほどの事ではございません。あらかじめカゲロウたちが情報を掴んでおりましたので、すでにアイリス様たちが必要なデータをすべて揃えて待ち構えております」

『準備万端です、バルト様。港区のローザたちとも共有済みです』

 車内のスピーカーから、三階にいるアイリスの淡々とした声が響く。


 バルトはおもむろに動き出し、アルファードのドアを開けてガレージの外へと歩み出た。

 直後、別邸の敷地内に、ギギィッ!! と下品なブレーキ音を立てて黒塗りの高級外車数台が強引に乗り込んできた。


 車から降りてきたのは、地域を牛耳る汚職政治家お抱えの、黒い繋がりのある地元の大物権力者。そして銃やナイフを隠し持ったプロのボディガードたち十数人だ。先日の半グレどものバックにいるゴミが、わざわざ因縁を吹っかけにきたらしい。


「おい、バルトとかいうジジイ。俺の若い衆をどこへやった。この下町の古びた一軒家ごと叩き潰して――」

「お静かに。若が車内でお寛ぎです」


 バルトは男の怒号を冷たく遮ると、あらかじめアイリスが完全に掴んでいた男の全汚職記録、裏金、そして隠し口座のデータを、スマホの画面でスッと突きつけた。


「な、何だこれは……っ!?」

「お前の金融資産、およびバックの組織は我がファミリーが合法的にすべて押さえました。お前のコネとやらも、ローザの手によって明日には更怠されます。お前はもう、ただの無職のゴミです」

「ハッタリ言ってんじゃねえぞジジイ!!」


 激昂した男が、バルトの顔面を思い切り殴りつけた。

 バルトは事前にすべてを把握した上で、あえてその拳を一方的に受け止める。鈍い音が響き、老紳士の口元から一筋の血が流れた。

 だが、バルトは落ちた老眼鏡を静かに拾い上げながら、フッと不敵に微笑んだ。


「……よし。傷害罪、並びに組織的脅迫罪の決定的な証拠。アイリス様?」『アルファードの超高性能カメラ、および周囲の隠しカメラより、音声付き4K画質での記録完了。言い逃れは100%不可能です』


 バルトはポケットからもう一台のスマホを取り出し、画面を一度だけタップした。

「今、お前が必死に媚を売ってきた政府上層部の『偉い人』へ、この動画とデータを送信いたしました。破滅したくなければ我々の猟犬になれ、という我がファミリーからの命令でございます」


直後、男のポケットの中で、スマホが悲鳴のような音を立てて鳴り響いた。ガタガタと震える手で男が電話に出る。スピーカーから漏れ聞こえてきたのは、男のボスである本物の権力者からの、絶望的な冷たい声だった。

『――おい、お前、一体誰に手を出しやがった。そのお方に逆らうな。今すぐ大人しく指示に従え。さもなければ……消す』


「あ、あ、頭取……!? 大臣……!? バカな、そんな一瞬で……ッ!?」男はスマホを落とし、その場に崩れ落ちた。十数人のボディガードたちも、自分たちが国レベルの権力に合法的に包囲され、完全に「詰んだ」ことを察し、武器を捨ててガタガタと震え始める。

俺はアルファードの窓からココアシガレットをガリッと噛み砕きながら、静かに告げた。

「バルト、お疲れ。わざわざ殴らせて証拠取るとか、相変わらず陰湿だな。……まぁいいわ。鉱山に送るのも人手が勿体ねえな。その権力者のジジイは生かしておけ。今後、俺らの会社をデカくするための『奴隷のコマ』として表でこき使え。バルトの最高級スーツのクリーニング代は、そいつの資産からきっちり毟り取っとけよ」


「ははっ。かしこまりました。では、そこの鉄砲玉どもは?」

「ダイゴウのSP会社へ強制再就職だ。再教育して、海外の黒服たちの現地パシリにでも使え。外車はまだ使えそうだから好きにしろ」


「御意。すべて若のご命令通りに」

バルトが口元の血を高級ハンカチで拭い、最高級の笑みを浮かべて深く一礼する。影からスッと現れたカゲロウと周囲の黒服マフィアたちが、腰を抜かした男たちを「ファミリーの新たな歯車パシリ」として、一瞬で別邸の地下へと引きずっていった。


邪魔なゴミと外車が消え去り、別邸の庭には再び穏やかな空気が戻ってくる。

「ジン! お肉、今度こそ最高の焼き加減ですよ!」

エレナが満面の笑みで差し出してくる。


「おう。ガルウ、コタロウ。缶ビール開けろ。パーティー再開だ」

俺はアルファードのシートから降り、みんなが待つ庭のキャンプテーブルの椅子へと腰を下ろした。網の上でジューシーに焼けるお肉を突き、キンキンに冷えたビールを片手に、ファミリー全員での賑やかなBBQが始まった。


「美味しいですね、ジン!」

「ボス、このカルビ最高っすわ!」

みんなの楽しそうな笑い声を聞きながら、俺はコーラをぐいっと飲み干した。

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