第七話 下町のネットアイドルと、実家を掌握する眼鏡イケメン
自動車ディーラーで最高級ミニバンを力技で今週末に納車させる約束を取り付けてから、数日が経った。
俺――元覇王のニートこと仁は、実家近くにある金町の別邸の二階、十畳の和室に敷いたマットレスの上で、家庭用ゲーム機のコントローラーを握り締めていた。 日替わりのおもしろ四文字ロンTは、本日は『完全無職』。ビーチサンダルは部屋の隅に脱ぎ捨ててある。
「……あー、クソ。このボス強すぎだろ。誰だよこれ調整した奴」
「マスター、そのボスの行動パターンは三通りしかありません。私の右手の演算装置(PC)なら、あと〇・二秒早く左ステップを踏めばノーダメージでクリア可能です」
部屋の隣、八畳間に設置された無骨なサーバーラックと最新のPCデスクから、銀髪の美少女――四天王の自動人形アイリスが、無表情に冷たい声を響かせる。彼女は三階建ての港区ビルではなく、まだこの金町の別邸を裏の情報中枢として占拠していた。 ジンのすぐ近くには、もう一人、フリフリの可愛らしいフリルがこれでもかと付いた、王道アイドル衣装を着た黒髪ボブカットの超絶美少女が静かに座っている。
アイリスの下位個体であり、新プラットフォーム『ネスト・ライブ(Nest Live)』の公式看板ネットアイドル、アリスだ。
「アリス、お前今日から配信デビューだろ? なんで俺の部屋の座布団に座ってテトリスやってんだよ。港区の自社ビルにスタジオあるんだろ」
「はい、ボス。港区のスタジオは背景の合成と機材のダミー用です。私の本体はアイリス様のサブサーバーですので、ボスの部屋の座布団の上が最も通信のラグが少なく、全肯定の効率が上がります」
アリスは感情をインストール中の高性能ポンコツAIだ。だから基本は無表情で、声のトーンも人工知能特有の平坦さがある。だが、俺がゲームで死ぬたびに、すかさずコップにコーラを注いでくれる程度には俺に懐いている。
「アリス、そろそろ時間だぞ。接続を回せ」
「了解しました、アイリス様。世界中のドMなリスナーたちを、無表情でバッサリ拒絶する『塩対応』のオペレーションを開始します」
アリスがノートPCの前に座り、配信のスイッチを入れる。 初日の配信内容は『テトリス九十九人対戦で、同時接続一万人を弾き出すまで耐久』という狂った企画だ。
配信が始まった瞬間、画面のコメント欄が超高速で流れ始めた。異世界の魔導技術と現代のテクノロジーが融合したアリスの容姿は、画面越しでも「人類の奇跡」レベルの美少女に見えるらしい。
『うおおお!新人めちゃくちゃ可愛い!』
『声冷たくて最高!名前呼んで!』
『プロフィールの趣味が「全肯定」ってマ?僕のことも全肯定して!』
アリスは画面を見つめ、キーボードをプロのEスポーツ選手すら失神する速度で叩きながら、一切表情を変えずにマイクに向かって言い放った。
「コメント、うるさいです。文字が流れる速度が私の処理能力の無駄遣いになっています。全肯定するのはボス(ジン)だけであり、ゲスい有象無象のリスナーの皆様は、今すぐ画面を閉じて睡眠を貪ることを推奨します。不快ですので、消えてください」
『うおおおお!! ご褒美きたあああ!!』
『バッサリ拒絶されたwww最高すぎるwww』
『もっと罵ってくれえええ!!』
「……現代日本のネット民、ドMが多すぎるだろ。なんなんだよコイツら」 俺がココアシガレットをガリッと噛み砕くと、アリスは一瞬だけ俺の方を振り返り、「テトリス、一瞬で完全コピーしてカンストしました。大会には出ません。面倒なので」
と、俺の怠惰なトーンを100%コピーした全肯定の笑みを(無表情のまま)浮かべた。初日から同接一万人は余裕で突破しそうだった。
*
「失礼します、ボス。実家への定期防衛ルートの巡回、および日常雑務の『掌握』が完了いたしました」
一階のリビングから、カチャリと知的な黒縁眼鏡を指先で押し上げながら、黒髪のイケメンが上がってきた。アリスの兄貴分であり、港区の公式芸能事務所の若き敏腕エリート社長――アルトだ。
中性的な整った顔立ちに、仕立ての良いビジネスカジュアルのカーディガンを羽織っている。
「おう、アルト。表の企業案件とか引き抜きの交渉はどうなってんだ?」
「すべて完璧です、ボス。狐族のキャサリンCEOと連携し、他事務所のトップ配信者を三名、こちらの『ネスト・ライブ』へ引き抜く契約を合法的に締結させました。表向きは若き敏腕社長として、完璧な笑顔で交渉をこなしております。ですが――」
アルトの眼鏡の奥の目が、スッと裏のマフィアらしい冷徹な光を帯びた。
「それ以上に重要なのは、ボスの『実家』の安全基地化です。本日もコタロウとペアを組み、ボスの実家のお姉様(働く美人OLの葵様)の退勤時の送迎、および妹のリン様の宿題のサポートを完璧にこなして参りました。現在、実家姉妹のお二人は、僕たちに完全に胃袋と日常の利便性を掌握されております」
「お前ら、俺の家族に何してんだよ……」
俺が呆れて呟くと、アルトは胸に手を当てて、大真面目な顔で全肯定のトーンを崩さない。
「ボスの不労所得スローライフを守るためには、実家のご家族が『ジンはただの怠惰なニートだ』と信じ切っている状態を維持せねばなりません。お姉様には『アルト君、今日も会社の愚痴聞いてくれてありがとう。お給料入ったらご飯奢るね』と言われ、妹様には『コタロウ君マジイケメン、うちの兄貴と交換してほしい』と言われております。二対二の関係性は完全にこちらがコントロールしています。怪しい裏マフィアの動きが実家に露見する確率は、現在〇・〇〇一パーセント以下です」
「優秀すぎて怖いんだよ、お前ら」
実家組の憩いの場、兼、裏の作戦会議室であるこの金町の別邸。 二階では、高性能ポンコツAIのアリスが無表情にネット民をバッサリ切り捨てて大金を稼ぎ出し、一階では、エリート社長のアルトが笑顔で日本の芸能界をハメつつ、俺の実家の姉妹を完璧にサポー(ストーキング)している。
すべては、俺がこのマットレスの上から一ミリも動かずに、死ぬまで不労所得を貪るため。
「若、お待たせいたしました」
階段を上がってきたバルトが、最高級スーツのポケットからスマホを取り出した。
「例のアルファード、メーカー本社の役員が直々に積載車に同乗し、間もなくこの金町の別邸のガレージへ極秘納車されます。アイリス様、およびレオの魔改造チーム、準備はよろしいですか?」
「了解しました、バルト様。車載ハッキングシステム、いつでも直結可能です」
アイリスが淡々と答える。
「よし」
俺はコントローラーを置き、ココアシガレットをもう一本咥えた。
「安物でいいって言ったのに、一千万の最新型になっちまったからな。どれくらい俺の引きこもり部屋として使えるか、じっくり拝ませてもらうか」
アリスの配信の歓声(と罵倒を喜ぶドMなコメント)が響く別邸で、俺たちの「最強の移動要塞」が、ついに下町のガレージへと姿を現そうとしていた。




