第六話 覇王の書類集めと、ベッド代わりの最高級ミニバン
「若、起きてください。本日は重要な『内政』の日でございます」
耳元で響いた、嫌に仕立ての良い英国製高級スーツが擦れる音。
俺――異世界を統一して戻ってきた元覇王、現・等身大の二十代前半ニート、仁は、金町の別邸のベッドで『他力本願』とプリントされた日替わりのおもしろ四文字ロンTを引っ張りながら、深く枕に顔を埋めた。
「……バルト。俺はベッドから一ミリも動きたくない。不労所得ライフの基本は、重力に逆らわないことだ。あとその『若』って呼び方、実家で親に聞かれたらどうすんだよ」
「ご安心を。ご家族には『海外の特殊な投資信託のマネージャー』としてご挨拶を済ませてあります。それより若、本日は移動用の車両を購入いたします。ついては登録用の書類一式と、皆様の身分証明書を発行しに参りましょう」
優雅に微笑む白髪の老紳士、バルト。俺の不労所得生活を全肯定してくれる有能な参謀だが、たまに容赦がない。 俺は二リットルのペットボトルから水をコップに注いで喉を潤し、タバコに見せかけたココアシガレットを一本咥えて、気怠げに呟いた。
「港区のビル(アジト)に行くなら、大抵はタクシーで十分だろ。動くのめんどくせえ」
「お言葉ですが、若。これからエレナ様の闇治療院へお越しになる政財界の大物の裏送迎、アイリス様の極秘精密機材の輸送、さらには――警察が介入できない巨悪をガサ入れし、我が『異世界の鉱山』へツルハシ強制労働へと拉致する機会が増えます。一般のタクシーのドライブレコーダーに、若が『転移魔法』を使う瞬間を映すわけには参りません」
「……あー、拉致用か。じゃあ足がつかない、見た目がフツーの中古のヴォクシーあたりでいいよ」
そう言って、俺はヨレヨレのジーパンとビーチサンダルを履き、普段使いのタフなG―SHOCKをはめて、重い腰を上げた。
*
「おいガルウ。お前その格好で役所行くのかよ」
実家の軽自動車の助手席でコカ・コーラを飲みながら、俺は運転席を睨んだ。 ハンドルを握るのは、四天王の人狼頭領ことガルウ。大柄な体躯に、ギラギラした龍の刺繍が入った黒いスカジャン姿だ。現代日本への社会見学中とはいえ、金町の閑静な住宅街で浮きまくっている。
「ボス! この上着、駅前のガラクタ屋で買ったんすよ! 日本に馴染めてるでしょ!」
「馴染むか。職質されても俺は知らんぞ」
「大丈夫ですよ、ボス。何かあれば僕が突っ込みますから」
後部座席で苦笑いしているのは、ガルウの右腕のコタロウだ。カーディガンを着こなしたキレイめカジュアルの爽やかイケメン。第4話の事件後、俺がお下がりにあげた傷だらけのG―SHOCKを大事そうに着けている。金町の女性人気ナンバーワンの男だ。
「というかバルト。そもそもお前ら異世界人だろ。日本の書類なんか持ってんの? うちのファミリー、表向きは100%ホワイト(合法)って設定じゃなかったか?」
助手席から振り返ると、バルトの隣に座る金髪の絶世の美女――白衣を羽織った元・聖女のエレナが、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「ジンの書類を私が受け取るため、国際弁護士のローザに手続きをさせました。私やガルウたちは、戸籍上『海外の提携企業のVIP』として、完璧な正規ルートで帰化・在留手続きを完了させてあります。もちろん、ジンの住民票も印鑑登録も、すべてこの国の法律に則ってホワイトです。これでいつでもジンの『正妻』として籍を入れられますね」
「後半の不穏な動機は却下な。あとアイリスは?」
「アイリス様は3階のPCデスクから出たくないと仰るため、アルトがデータを管理しております」
バルトが静かに補足する。 葛飾区の金町区民事務所に到着すると、異様な一団が窓口に並んだ。 ヨレヨレの『他力本願』ロンTを着たニート(俺)の後ろに、最高級スーツの老紳士、スカジャン大男、爽やかイケメン(コタロウ)、白衣の金髪美女。
窓口の職員が、提出された「完璧すぎる合法書類一式」と、後ろの面々の圧倒的なオーラにガタガタと震えながら、一瞬で住民票と印鑑証明を発行してくる。
「ほらよ、バルト。俺の分の印鑑証明。……あー、座って申請書書いてるだけで疲れた。ガルウ、車戻るぞ。コーラ買ってこい」
「うっす、ボス!」
無事に書類が集まり、俺はロードサイドに見えた『格安!現状渡し!中古車センター』の看板を指さした。
「よし、あそこに入れ。車検が半年残ってる十五万の軽自動車か、すぐ出せる型落ちのヴォクシーでいい。今すぐ乗って帰るぞ」
「若、お待ちください」
バルトが静かに、だが絶対の拒絶を込めて言った。
「ガルウ、そのまま直進しなさい。目指すは大手メガディーラーです」
「おいバルト、俺の不労所得ライフを全肯定するって言ったじゃねえか。なんで車のランクで揉めるんだよ」
「全肯定するのは若の『怠惰』であり、覇王としての『格』を落とす行為は看過できません。異世界を統一したファミリーのボスが十五万の軽自動車など、組織の威信に関わります」
*
結局、ガルウが運転する車は中古車屋をスルーし、ガラス張りのバカでかい高級ディーラーへと滑り込んだ。
「いらっしゃいませ……ッ!?」
出迎えた営業マンが、俺たちの姿を見て引きつった笑みを浮かべる。
「若、まずはレクサスの最高級ミニバン『LM』をご提案いたします。こちらであれば覇王の移動にふさわしい、二千数百万円の格式がございます」「却下。高すぎるし目立ちすぎるだろ。あんな成金顔の車で金町走ったら一発でパトカーに止められるわ。あとあれ、四人乗り仕様がメインだろ? 俺ら今日だけで何人いると思ってんだよ。乗れねえだろ」
「六人乗り仕様もございますが」
「どっちにしろヤダ。大体、二千万も出すなら、その分を俺の家庭用ゲームの課金と、二リットルのコーラ一生分に回させろ」
俺が本気で嫌がると、バルトはフッと髭を撫で、展示されている『トヨタ・アルファード』の最高グレード、エグゼクティブラウンジを指さした。
「では、こちらはいかがです? レクサスLMよりは外見の嫌らしさが薄れ、それでいて中身の快適性は同等。定員も七人乗り、我がファミリーの主力メンバーが全員収まります。価格も一千万円前後と、若の仰る『安さ』も兼ね備えておりますが」
「一千万が安いは感覚バグってんだよ、この成金じじい……。俺はあっちのフツーのヴォクシーが良いって言ってるだろ、すぐ乗れそうだし」
「ヴォクシーではエレナ様の闇治療で運ぶ最高級の医療物資、およびアイリス様の軍用ハッキング機材の重量に耐えかねます。若、一度だけで結構です。こちらの二列目シートにお座りください」
バルトに促され、俺は渋々アルファードの二列目――まるで飛行機のファーストクラスのような、分厚い電動キャプテンシートに腰を下ろした。
「……っ」
次の瞬間、全身が極上の本革シートに深く沈み込んだ。 シートヒーターが絶妙な温度で腰を温め、オットマンが足を完璧な角度で支える。さらに、アームレストのリモコンを押すと、内蔵されたマッサージ機能が背中を極楽へと誘い始めた。車内にはアイリスが裏から仕込んだ軍用レベルの超高速Wi-Fiの電波が満ちており、手元には二リットルのペットボトルがすっぽり収まるドリンクホルダーが完備されている。
「……あ、これ、動けねえわ。実家のベッドより寝心地いいじゃん。これでいいや」
「気に入っていただけて何よりです、若」
バルトが勝利の笑みを浮かべた。俺の『最強の怠惰』は、この極上の快適性の前にあっけなく買収された。
営業マンが揉み手で電卓を叩きながら、申し訳なさそうに頭を下げた。
「あの……大変申し訳ございません。アルファードのエグゼクティブラウンジとなりますと、現在世界中で大変な人気でして……。本日の決済と、先ほどいただいた印鑑証明や住民票の手続きを最速で進めましても、ご納車までに早くても半年、長ければ1年近くお時間をいただくことになってしまいまして……」
「は? 一年? おいバルト、やっぱり無しだ。そんなに待てるか。今すぐ乗れる十五万の軽にしろ」
俺の言葉に、バルトは眉一つ動かさず、優雅に微笑んだ。
「左様ですか。では、営業の方。こちらのディーラーの『枠』ではなく、我がファミリーの最高経営責任者(CEO)であるキャサリン、および国際弁護士のローザから、そちらの自動車メーカーの『本社役員』へ直接お電話を通させていただきます。そちらの本社が保有している『VIP用の即納枠』、あるいは『展示車両の現物買い取り』として、今週中に書類をすべて通し、金町の我が別邸へ納車させるということで、いかがでしょうか?」「へっ!? ほ、本社役員……!?」
営業マンの顔が今度は恐怖で真っ青になる。 バルトがスッとスマホを取り出し、狐族のキャサリンに連絡を入れる。表社会のトップを張る奴らだ。日本の大手メーカーの上層部に太いパイプ(弱みとも言う)を作るなど、彼女たちにとって朝飯前だった。
「……若、手続きはすべて完了いたしました。メーカー本社の配慮により、メーカーの役員が直々に頭を下げて、『今週末』に金町の別邸へ積載車で極秘納車させる手はずとなりました。もちろん、それまでの数日間は、ディーラー側から最上級の代車を無償で提供させます」
「お、お勧めされた代車を今すぐご用意いたします……! 本社から緊急の特例許可が下りました……!」
ガタガタと震えながら奥へ走っていく営業マンを見送りながら、俺はココアシガレットをガリッと噛み砕いた。
「バルト、お前ら本当に容赦ねえな……」
「すべては若の快適なスローライフのためでございます。さぁコタロウ、ガルウ。用意された代車で、一度金町の別邸へ戻りましょう。納車までの数日間、アイリス様が車載ハッキングシステムの準備を、ダイゴウの部下たちが防弾ガラスの裏加工を進めますので」
「酷いですジン! 私、3列目のシートの座り心地を試す前に話が終わってしまいました!」
エレナがぷくーっと頬を膨らませるのを無視して、俺たちは金町の役所で取ったばかりの書類一式をディーラーに預け、ひとまず用意された高級代車に乗り込んだ。 安さ重視の俺と、最高級を押し付けるバルト。 そんなすれ違いの末に、法律と経済、そして裏の権力を完璧にハメて、最高級の「移動式引きこもり部屋」を今週末に手に入れる。 等身大のニートを気取る俺の、どこかブラックで、どこまでも怠惰な不労所得スローライフは、こうしてまた一歩、完成へと近づくのだった。




