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覇王の余生は不労所得スローライフ  作者: 井上幸将


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第十話 覇王のワガママと、全自動のホワイトエンパイア

 港区のビルが棚ぼたで地上五階・地下一階の規模に跳ね上がり、金町での滞在期間が数週間延長されてから、さらに数日が経った。


 金町の別邸の二階。

 俺――元覇王のニートことジンは、本日の日替わりおもしろロンT『万年床愛』を着て、愛用のマットレスの上で二リットルのウーロン茶のバカデカいペットボトルを枕元に置きながら、ふと思いついたように呟いた。


「なぁ、バルト。港区の新しいビル、今内装やってんだろ。どうせなら俺の部屋に、最新のネットゲーム環境を作っといてくんね?」

「おや、ネットゲーム環境でございますか、若」

 ノックと共に部屋に入ってきた最高級スーツの老紳士バルトが、優雅に髭を撫べる。

「えーと、最高スペックのPCにマルチディスプレイ四画面、今一番売れてる有名な最新据え置き型ゲーム機三種類すべて。あと、VR用のそれなりに高級なゴーグルと、室内でVRが安全にプレイできるようにトラッカーとハーネスが付いたVR専用機器もよろしく。配信用ライトやカメラ、オーディオミキサーとかも一式頼むわ。サブモニターで実家の動きとか、アリスの配信をチェックできるようにして、メインモニターでは、VRの最新アバターを使ってアイリスとネットゲームをしたり、ストリーマーっぽい配信をして遊ぼうと思ってさ。行動の幅を広げたくてさ」

「御意にございます、若。最新ゲーム機の確保から全方位歩行型VR機器の設置、各種配信機材にいたるまで、今すぐ手配させましょう。もちろん、業務上必要な『三次元空間シミュレーションおよびセキュリティー監視用の機材』として一括処理いたしますので、費用はすべて会社負担。若の個人口座からは一円も引き落とされません」


 バルトは眉一つ動かさず、むしろ嬉しそうに深く一礼する。だが、俺はふとニートとしての現実的な疑問を口にした。


「……いや、そんなに色々買って、経費の計算とか税金の手続きとかめんどくさくならねえの? 領収書とか俺いっさい管理してねえぞ」

「ははっ、ご安心を」バルトは優雅に微笑む。

「若の収益配分はキャサリンの手によって以前よりさらに良くなっておりますが、細かいお金の出し入れや税務管理は、我々が採用した専門の優秀な経理社員が全自動で行います。税理士や警察の通報関係の太いコネもローザが完璧にハメておりますので、若が貯金や予算を気にされる必要は永遠にございません。若がマットレスの上で『欲しい』と仰る。我々にとって、必要な手続きはそれだけでございます」

「お前ら、俺をどれだけダメ人間にすれば気が済むんだよ……。まぁ、めんどくさいこと全部やってくれんならいいわ。よろしく」


 俺がそう言ってボトルの大粒ラムネを何粒か口に放り込むと、バルトの耳元のインカムから、ガルウ総監の声が小さく漏れ聞こえた。

『バルト、ボスからオーダー入ったな。よし、ダイゴウ、ボスのご命令だ。例の都内某所の地価安マンション一棟買いの手続きを爆速で進めつつ、専門の内装業者を港区ビルへ呼べ。ボスの最強ゲーム環境のための光回線の引き込みと機材の搬入、デスクの組み立てが始まるぞ。あの真っ白なシャツを着せた『白服シロフク』どもをビルの地下へ集めて、プロの業者の機材運びを手伝わせろ。専門的な仕様はアイリス様と話し合って進めさせる』


 実際は、アルトやキャサリンが採用した優秀な人間が実務を回し、裏ではガルウ総監の指揮のもと、黒服や最下層の白服たちが雑務の肉体労働を死ぬ気で頑張っているからこそ、このあり得ない手厚いサポートが成立しているのだ。

 お中元やお歳暮の定期爆撃により金町の実家も完全に掌握され、姉の葵も妹のリンも、コタロウやアルトたちと毎日楽しそうに何不自由なく過ごしている。外堀の防衛は完璧だった。    


 * 


 ――それから数週間後。

 すべてが全自動で軌道に乗り、地上五階・地下一階の港区巨大ビルへの移行が完璧に完了した記念の夜。


 俺はバルトから移行祝いとして渡された、港区の超高級ホテルの最上階スイートルームの鍵を使い、部屋のドアを開けた。本日のロンTは『生涯無職』。

 新居のビルには、ミリ単位で完コピされた自室と、あの最強の四画面マルチディスプレイ環境、全方位歩行型VR機器が完成していた。サブモニターで実家の家族の動きを監視してコタロウに指示を出し、別のモニターでアリスの塩対応配信を流し見し、ミキサーやカメラを駆使して、俺自身もVRアバターを使った極秘の裏アカ配信活動(アイリスとのネトゲ実況)を始めるという、超ハイテク覇王ニート生活が完全に確立されたのだ。


「マスター、お待ちしておりました」


 ホテルの贅沢なベッドの上で待っていたのは、アイリスとアリスの二人だった。

 彼女たちはジェラートピケのようなモコモコの可愛いルームウェアに身を包み、その上から俺のぶかぶかのおもしろロンT『無職透明』を羽織るという、破壊力抜群の格好をしていた。自動人形の姉妹である二人は、お互いに抱き合ったり髪を撫で合ったりと、普段からラブラブで恐ろしいほど仲が良い。おかげで、エレナの正妻マウントに巻き込まれて部屋で血が流れる心配はなさそうだった。


「アリス、配信お疲れ。……ってか、お前最近また視聴者増えただろ」

「はい、ボス。感情のインストールが進み、ゲスなリスナーを罵倒する最中に一瞬だけ『照れ』のデバフが発生するようになったところ、日本のドMなネット民の誘引効率が跳ね上がりました。全肯定するのはボスとアイリス様(お姉様)だけです」

 アリスが人工知能特有の平坦なトーンのまま、モコモコの袖からほんの少しだけ顔を赤らめてツンデレな塩対応をみせる。


「アイリス様のおかげで、コメントの流れる速度がどれだけ上がろうとも、リアルタイムで一文字も見逃さずに全監視しています。むやみにBANはしません。ですが――」

 アリスの瞳に、裏のマフィアらしい冷徹な光が宿る。

「ボスの悪口を書いた不快なクソアンチは、一瞬で使っているSNSアカウントから裏の個人情報と自宅の住所まで特定を完了しています。今回は、アイリス様のホワイトハッカーとしての警察庁の上層部へのコネを利用し、こちらの身元を完全に隠蔽したまま、決定的な裏データを直通窓口に流して合法的に一発で処分(お縄)してもらいました。いざとなれば、ガルウ総監に依頼して黒服(モブ人狼)たちをリアル物理凸に向かわせるオペレーションもいつでも可能です」

「お前ら、ホワイトな配信の裏でガチのブラックマフィア仕掛けるのやめろよ……」


 俺が呆れてお徳用ボトルから裂きイカを一カじりし、コーラをぐいっと飲み干すると、アイリスが『無職透明』のロンTの裾を引っぱり、バグるほどドロドロに甘い全肯定の瞳で俺を見つめてきた。

「マスター。強化された三階の防音室も素晴らしいですが、このスイートルームは完全なプライベート空間です。ここからの時間は、マスターの怠惰と……その、可愛いご褒美をすべて受け止めるためにプログラムされています」


 そう言って、アイリスとアリスが、俺の両側の頬にちゅっと可愛らしくお祝いのキスをしてくる。顔を真っ赤にして照れる自動人形の姉妹に挟まれながら、俺は極上のベッドへとゆっくり身体を沈めた。


表はこれから地道に大きくしていく最先端の芸能・防衛企業。裏は警察の窓口すら完全にハメる完全ブラックなマフィア(ファミリー)。何もかもが全自動で稼ぎ、面倒な雑務は専門の社員や白服たちがすべて片付け、俺はただワガママを言うだけで最高に可愛いご褒美が手に入る。等身大のニートを気取る俺の、どこまでもブラックで、圧倒的に快適な不労所得現代スローライフは、港区の洗練された夜景の奥で、確固たるホワイトエンパイアへの第一歩を、美しく踏み出すのだった。

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