第十一話 覇王の軌道修正と、行政鬼詰め内政
上場という現代日本の合法的な『格』を手に入れるには、どれだけローザやキャサリンが急いでも、最低で三年から五年というそれなりの歳月が必要になるらしい。
だが、その期間は俺にとって、貯金や予算を一切気にせず、専門の優秀な社員が全自動で回す莫大な資金を、ただ最高級の自室(ゲーム要塞)で食い散らかす最高のダラダラ期間になるはずだった。
地上五階・地下一階の港区本部ビル。五階の俺の部屋。
本日の日替わりおもしろロンT『廃人覚醒』を着た俺は、最新の全方位歩行型VR機器のハーネスに身体を固定し、超高級ゴーグルを被って、三階の防音室にいるアイリスと最新のネットゲームでオンライン協力プレイに興じていた。
足元のデスクには、2リットルの緑茶の巨大ペットボトルと、お徳用の箱に入った裂きイカ。サブモニターには、マルチプラットフォーム戦略によって既存の動画サイト等で大バズりしているアリスのツンデレ塩対応配信や、足立・葛飾エリアの地価安マンションを一棟丸ごと買い取ったアルトの『家賃全額会社負担・住み込み福利厚生』の実務データが流れている。
すべてが完璧に自動化(勝ち確)で進んでいた、そんなある日。
「若、お寛ぎのところ恐縮です。公安、並びに警視庁の上層部から『間に現職の有力国会議員と、大手メガテック企業の会長』を挟んで、若への直接会談の申し入れがございました」
インカムから響いたバルトの声。俺はVRゴーグルを外し、緑茶をぐいっと飲んで呟いた。
「……は? めんどくせえ。俺が知らない他人と話すの嫌いだって知ってんだろ」
「申し訳ありません。ですが相手はこの国の既得権益の頂点に立つ大物フィクサー。我がファミリーの影響力が国レベルで無視できなくなったため、直々に『格付け』をしに来た模様です。一階の元・純喫茶風ラウンジへお通ししてあります」
チッ、と舌打ちし、俺はヨレヨレのジーパンにビーチサンダル、『廃人覚醒』ロンTのまま一階へ降りた。
防音万全の高級ラウンジのソファーには、高級スーツを着込んでふんぞり返る、いかにも偉そうな初老の政治家と大物会長の二人が座っていた。 俺が気怠げにソファーへ腰を下ろすと、政治家の男は俺のヨレヨレの格好を一瞥し、物腰こそ丁寧だが、その目の奥に傲慢な光を湛えて静かに語りかけてきた。
「突然の訪問で驚かせてしまったね、仁くん。君たちのプラットフォーム『ネスト・ライブ』の急成長ぶりは、国としても非常に頼もしく思っている。……ただね、あまりに急激に大きくなりすぎた。現在の日本の法律やセキュリティーのガイドラインでは、君たちの技術は少し、既存のインフラに対して『刺激が強すぎる』んだよ。このままでは、金融庁や税務署、あるいは公安が、君たちの内情を少し真面目に調べなくてはならなくなる」
政治家は笑顔のまま、ゆっくりと湯呑みのお茶を口に含んだ。その静かな口調 of 裏には、「従わなければ国家権力でいつでも潰せる」という、逃げ場のない冷徹な脅しが透けて見えていた。
「そこでだ。君たちの事業を保護し、数年後の上場(IPO)を確実に成功させるための『受け皿』として、我々の関連団体を間に挟むことを提案したい。プラットフォームの管理権限の一部、および今後の利益の一部を、国への『ライセンス料』として預けてくれれば、審査の書類など私が一言で青信号に変えてみせるが……どうかね?」
政治家は「君のためを思って言っているんだよ」とでも言いたげな、完璧に舐め腐った態度で上から目線の理不尽を突きつけてきた。
俺はボトルから大粒のラムネを何粒か口に放り込んでカリカリと噛み砕いて、ペットボトルの緑茶を一口飲んだ。口の中のパサつきを無くし、完全に喋るための仕切り直しを終えてから、気怠げなトーンのまま男の目を真っ直ぐに見据えた。
「……出資するなら、相応の配当を出すが」
「ん? 何かね?」
「お前らがうちの会社に金を出すわけでもねえ、リスクを背負うわけでもねえ。どこの誰ともわからないコネを使うだけで、一体どれだけ持っていくつもりだ? あたまバグってんじゃねえの?」
「なっ……! 君、自分が誰に向かって口を利いているか――!」
物静かだった政治家の顔が、図星を突かれて一瞬で引きつる。男は激昂し、思わず俺の胸ぐらを掴まんと身を乗り出してきた。
後ろに控えるガルウ総監が殺気を放つが、バルトは動かない。その様子は、ラウンジの4K隠しカメラによって音声付きで完璧に記録されていた。
「この国の偉い人ってのに多少興味はあったんだが、期待外れだな」「何だと、若造――!」
「ここまで丁寧に時間をかけてきた結果がこれならば、色々と今後の軌道を修正する必要があるな」
俺は左手の『黒い指輪』に触れもしなかった。そんなゴミに物理的な力を使う価値すらない。
「バルト。アイリスに繋げ」
「ハッ、すでに通話状態にございます、若」
「アイリス、聞こえるか。今ここで威張ってる二人の全資産、過去の汚職データ、隠し口座、親族の会社にいたるまで、一瞬で社会的に更地にしろ。今回の暴行恐喝未遂の動画セットで、警視庁の直通窓口に匿名で流して合法的にハメ殺せ」
『了解しました、マスター。数秒で告発完了です。今お二人のスマホに、破滅の通知が届きます』
直後、男たちのポケットの中で、スマホが悲鳴のような音を立てて鳴り響いた。画面を見た大物会長の顔がみるみるうちに土気色に変わり、政治家は「私の全個人資産が凍結されて、検察の特捜部から緊急の呼び出しが……っ!?」とガタガタ震え出し、その場に腰を抜かした。
俺はソファーから立ち上がると、のっそりと床にへたり込んだ政治家の男へ歩み寄り、その最高級スーツの襟首をがっしりと、逃がさない強さで掴み上げた。
「ひっ、あ、貴様、な、何者――」
「どこまで耐えられるかな」
俺は殴りもしなかった。ただ、一瞬だけ『覇王』としての絶対的な冷徹な視線を至近距離で叩き込んだ。それだけで、男は恐怖のあまり白目を剥き、そのまま気絶して床へと崩れ落ちた。
「バルト、こいつらは警察が来る前にダイゴウの会社へ運んで、白Tシャツに黒ズボンの『白服』に落とせ。ローザに完璧なホワイト書類の誓約書を作らせて、自発的な奴隷としてこき使う。で――バルト、案内しろ。事前に連絡は入れさせてある。東京の警察組織のトップ――一般人が会える一番偉い人に、直接会いに行くぞ」
「御意にございます、若。車を回してあります」
バルトが深く一礼する。俺たちはそのまま移動式要塞に乗り込み、霞が関の警視庁本部へと向かった。
*
防音の施された重厚な個室。 対面に座るのは、東京のすべての警察力を手の中に握る、一般人が会える最高峰の権力者――警視総監だ。彼はバルトから事前に持ち込まれたデータと、今しがた起きた有力議員の自滅動画を前に、冷や汗を流しながら俺を睨みつけていた。
「君が……ボスか。現職の議員を一瞬で社会的に抹殺し、我が組織の直通窓口にその証拠を送りつけるとは、一体何のつもりかね? 国家に対する挑戦か? 君たちの資金の動きだって、調べればいくらでも怪しい点が出てくるはずだ」
威圧的なトップの言葉に、俺は『廃人覚醒』のロンTのまま、ペットボトルの緑茶をぐいっと飲み干してから、淡々と告げた。
「で? 調べたきゃ調べれば? うちの最高経営責任者や弁護士が、お前らの作った複雑怪奇な税法や法律を完璧に理解して、最大効率の利益を出してるだけだ。裏金も脱税も一円もねえよ。俺たちは法律を一ミリも破らずに、毎年お前らの国にアホみたいな額の税金をきっちり納めてやってる『超優良な大口納税者』だぞ。本来なら感謝状の一枚でも持って、金町の実家に送ってくるのが筋じゃねえの?」
「な、何だと……っ!」
「そんな日本一のクリーンな大口納税者に対して、お前らの身内の汚職議員は、実体のない『コネ』や『規制』をチラつかせて利権を横取りしようとした。なんのリスクも背負わず、ただ『規制するぞ』って脅して甘い汁を吸おうとする、そんなヤクザみたいなみかじめビジネスを、国家の看板背負ってやってる方がよっぽどブラック(泥棒)だろ。恥ずかしくねえのかよ」
ジンの寸分の隙もない合法的な正論に、警視総監は言葉を失いかけた。だが、そこは百戦錬磨の権力者。必死に顔の筋肉を引きつらせ、冷酷な声で反撃を試みようとする。
「……だがね、ジンくん。ネットをどれだけ探ろうが、我が組織のデータベースの奥深くを洗おうが、出てこない『記録』というものがこの国には存在する。表の法律だけで私たちが動いていると思わないことだ。我々が本気になれば――」
「あぁ、あれのこと?」
俺はスマホを取り出し、アイリスから送られてきた画面を総監の目の前にスッと滑らせた。
そこにあったのは、ネットをどれだけ調べても絶対に検索に引っかからない、警視庁の最高機密レベルの『裏情報』――かつて彼が独断で隠蔽した、ある重大な国家規模の不祥事の生々しい内部告発データと、決済ログの数々だった。
「な、なぜそれを……ッ!? 表のネットワークには、絶対に繋がっていないはずだ……!」
警視総監は、今度こそ完全に血の気が引き、ガタガタと震え出した。ネットにない情報すら、アイリスの魔導ハッキングとカゲロウの影の偵察の前に、隠し通せるわけがなかった。
「俺はただ、自分の部屋で静かにゲームをして、美味い物でも食いながらダラダラ暮らしたいだけだ。お前らがちゃんと自分の仕事をして、俺の引きこもり生活に無能なゴミ(ノイズ)を運んでこないって約束するなら、うちの会社はこれからも日本に莫大な税金を合法的に納め続けてやる。邪魔をせずに黙って認めるか、追いかけて逃げられて失うか、どっちが国益になるか、損失の埋め合わせとして何をされるか、その賢い頭で計算してみろ。自分たちが使っている法律をきちんと守って、俺たちの邪魔さえしなければ何もしないし何も起きないさ。」
「……っ」
警視総監は深く椅子に背を預け、観念したようにガタガタと震える手で眼鏡を外した。
「……完全にこちらの負けだ。君たちの事業には、二度と公権力を介入させないと約束しよう。君たちの『聖域』は、国家が保証する」
「話が早くて助かるわ。じゃ、ゲームの続きあるから帰るわ。バルト、お疲れ」
「流石は若。痛快なる『説得』、見事でございました」
バルトを通じてアイリスに事情を話し、これまでは関わる気もまったくなかった行政の分野にも参入する方針を固めた。
この国の上層部がその程度なら、裏から法律と経済で追い詰めて、行政の利権ごとファミリーで丸ごと掌握(占拠)してやる。その方が俺の数年後の不労所得がさらに増えて、誰も俺プライベートな時間を邪魔できなくなるだろ。
ちなみに、さっきラウンジで腰を抜かした政治家と大物会長は、バルトたちの手によってすでに『辞職・失脚』へと追い込まれていた。
俺は、いつものようにバルトたちがそいつらの資産をすべて毟り取り、真っ白なシャツに黒ズボンの『白服』としてどこかで強制労働でもさせているのだろうと勝手に思っていたが――実は、ファミリーは誰も殺していないし、資産も一円も奪い取っていない。
いくら裏マフィアとはいえ、これほどの権力者相手に勝手に口座から金を抜けば現代日本の法律で一発で捕まってしまう。だからこそ、国際弁護士のローザやアイリスが裏で完璧に手を回し、合法的な社会的制裁で完全に無力化しただけなのだ。俺を安心させるために、部下たちがその内情をあえて俺に報告していないだけなのだが、そんな過保護な一面もあるという裏事情を俺はまだ知らない。
「……っていうか、のんびり引きこもりスローライフを目指してたはずが、いつの間にかこれだけの事をやって、当たり前みたいに最高級ホテルに泊まるような、バカげた『ハイライフ』になっていたでござる。お前らの有能さのせいで、完全に作品のジャンルが迷子なんだよなぁ……」
俺がマットレスの上でそうボヤくと、バルトは「すべては若の快適な生活のためでございます」と最高級の笑顔を浮かべるのだった。
だが、どんなに周囲が勝手に祭り上げてハイライフにしようが、俺がやりたいことは部屋から一歩も出ないゲームとアニメとネットに塗れた引きこもりスローライフだ。これこそが、誰にも邪魔させない俺の絶対的な『スローライフ』である。
等身大のニートを気取る俺の、どこまでもブラックで、圧倒的に快適な不労所得現代スローライフは、数年後の勝ち確の未来に向けて、敵対すれば国家が相手でも裏から詰めていく絶対的なエンパイアへと、その牙を静かに剥き始めるのだった。




