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覇王の余生は不労所得スローライフ  作者: 井上幸将


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第四話 最高顧問の有給休暇と、路地裏の鉄パイプ無双

質屋から持ち帰った、生々しい帯付きの現金の束。それを作業机の上にドンと置いたジンは、胸元にデカデカと『他力本願』と書かれた長袖Tシャツのままベッドにひっくり返り、ペットボトルのミルクティーをコクコクと飲んでいた。


「よし、種銭はできた。……そろそろ、本格的にウチの組織システムを作るか」


ジンが寝転がったまま指先を一振りすると、自室の床に巨大な漆黒の魔法陣が展開した。まばゆい光の中から現れたのは、3人の影。


帝国の財政を握っていた銀髪の自動人形アイリス。数々の修羅場を裏から操ってきた元・魔王軍の老隠密バルト。そして、ガルウの右腕である人狼族の若者コタロウである。


「ここはこれまで居た世界と違う世界で地球という星の日本という国だ。そこで俺が自由気ままにスローライフを過ごすためにも、まずはここで違和感のない服を用意してやる」


ジンはすぐさま彼らに、地球の環境に馴染むための完璧な私服を空間魔法で支給した。バルトはフルオーダーの高級スーツ。アイリスはボスの『他力本願』ロンTを借りてぶかぶかに着こなしたオーバーサイズ姿。コタロウは白のカットソーにカーディガン、チノパンという清潔感の塊のような量産型大学生風のスタイルだ。ちなみに、それまでスウェット姿だったガルウも、龍の刺繍が施された黒いスカジャンを羽織った、ちょっとヤンチャなストリート風お兄ちゃんへと出世していた。


「素晴らしいお心がけです、ボス。これで誰にも邪魔されないスローライフの基盤が整いますな」

バルトはそう言って、キンキンに冷えたビールをジンに差し出した。

「ジン様、今日もご機嫌ですな。……ですが、これからご家族の皆様にご挨拶に伺います。最低限の髪の寝癖くらいはご自身で直してください」

「バルト、今日は1ミリも動かないって決めてるから、言い訳は全部任せたぞ」

「御意に。全て私どもにお任せください」


全員を引き連れ、ジンは実階のリビングへと降りていった。当然、リビングにいた両親、あるいは姉のアオイと妹のリンは、20歳そこそこのニートであるジンが、高級スーツの老紳士や絶世の美少女、イケメン2人を連れてきたことに大パニックになった。しかし、参謀バルトの圧倒的な『社会信用ステータス』による完璧なプレゼンが、リビングに響き渡る。バルトは持参した高級な菓子折りをテーブルに置き、優雅に一礼した。

「お初にお目に掛かります、ジンのご家族の皆様。私、海外の投資コンサルタント会社で役員を務めております、バルトと申します。……実は、そちらのジン様には、学生時代から我が社の『ネット投資の最高顧問』として、裏から多大なるお力添えをいただいておりましてな」

「え……!? あの仁が、最高顧問……!?」

葵が目を丸くして絶句する。バルトは深く頷いた。

「はい。仁様のおかげで我が社は数十億の利益を上げました。今回、日本に正式な支社を設立するにあたり、仁様を日本法人の最高顧問としてお迎えいたしました。自室の机の上にあるまとまった現金は、その正当な『契約金』でございます」

「じゃ、じゃあその、後ろにいる人たちは……?」

妹の凛が恐る恐る尋ねると、バルトは完璧なビジネススマイルを浮かべた。

「仁様の直属の部下でございます。こちらのアイリスは情報分析、ガルウとコタロウは仁様の身辺警備を。……彼らの住処ですが、私がすでに駅前の一等地にある高級マンスリーマンションを会社名義で一棟丸ごと契約しておりますので、ご安心ください。本日は仁様へのご挨拶のために、こちらへお邪魔した次第です」


「「「に、仁が……いつの間にか、大企業の偉い人になってる……!!」」」


家族全員が、ベッドの上でゴロゴロしながら世界を動かしている謎の天才投資家だと、ジンを完全にリスペクト(勘違い)し始めた瞬間だった。


「あの、コタロウくん……だっけ? 悪いんだけど、この重い荷物、玄関まで運ぶの手伝ってくれる?」


凛が少し顔を赤くしながら尋ねると、コタロウは爽やかに微笑んで頭を下げた。


「はい、喜んで。凛お嬢様、何でもお申し付けください」

「お、お嬢様って……。フン、クソ兄貴の部下のくせに、変に礼儀正しいんだから」


ツンとそっぽを向く凛だったが、その目は明らかに好意的だった。誠実なコタロウは、早くも家族に馴染み、女性人気ナンバーワンの頭角を現していた。自室に戻った後、アイリスがノートPCをパチパチと叩き、世界中の情報を精査してジンに助言を与えた。


「……ボス。この世界のネットワークから情報を掌握。ボスのスローライフに最適な『訳ありの3階建てアパート』を近所に1件抽出しました」

「よし、じゃあコタロウ。まずはアパートの下見に行ってきてくれ。バルト、購入の手続きを頼む」

「畏まりました。では、行ってまいります、ボス」


コタロウは素直に頷起、まずはアパートの下見へと向かった。無事に下見を終えて物件の安全を確認したコタロウは、そのまま「せっかく外に出たのだから、ボスの住むこの街のために何か役に立ちたい」と考え、アパートの周辺でトングとゴミ袋を持ち、真面目にボランティアのゴミ拾いを始めた。しかし、地球の法律に合わせて暴力を完全に禁止され、実力を普通の人間レベルに抑える『黒いアンクレット』をはめていたコタロウは、その途中で最悪のトラブルに巻き込まれることになる。


「ボス……すんません、不覚を取りました……」


数時間後、ボロボロになって帰還したコタロウの姿に、ジンの目が静かに据わった。白のカットソーは引き裂かれ、顔は酷く腫れ上がっている。アパートの周辺で健実にボランティアのゴミ拾いをしていたコタロウは、その土地を狙う地上げ屋の半グレ集団15人に囲まれ、封印のせいで多勢に無勢、一方的にボコボコにされてしまったのだ。それでも、コタロウは泥だらけになりながらも、ジンから貰った大切な時計やアクセサリーだけはしっかりと死守していた。ジンの目が、静かに据わった。


「……アイリス。奴らの場所をナビしろ」

「了解。……ボス、マップに位置を同期しました。現在も近くの路地裏にたまっています」

「ガルウ、車を出せ」「ハッ!!」


運転席にスカジャン姿のガルウ、助手席にジンを乗せた実家の軽自動車が、夜の路地裏へと激しいスキール音を鳴らして急停車した。ドアが開き、ジンがビーチサンダルをペタペタと鳴らして降りてくる。口にはタバコに見せかけたココアシガレット。そこには、金属バットを手にした15人の半グレ集団が、ヘラヘラと笑いながらたむろしていた。


「あ? なんだお前。そのマ抜けなTシャツはよ。さっきのゴミ屑の仲間か?」


リーダー格の男が、ジンの顔前にタバコ(本物)の煙を吹きかけてくる。ジンは無言で口のココアシガレットをパキリと噛み砕き、左手の『黒い指輪』に触れた。胸の奥から、冷笑ではない、本物の怒りが激しく燃え上がる。


「……リミット解除。第1段階。ガルウは手を出すなよ」

「ハッ!!」


指輪がチカッと微光を放ち、ジンの身体能力が人類最強クラスへと引き上げられる。


「この人数相手に死にてぇのか?だったらテメェからブチのめしてやるよ!」


一人の男が、金属バットをジンの脳めがけてフルスイングした。


「――俺の部下が世話になったらしいな。随分と手荒く可愛がってくれたようじゃだな。……全員、生きて帰れると思うなよ!」


ジンの格闘に、華麗な技術などない。空手や柔道、剣道などの動きを適当に模倣しているだけで、実際は型すらなっていない。ただ――圧倒的に、異常に、『速い』。ジンは相手のバットの振りを肉眼で捉えられないほどの超速度でかわすと、次第に相手は疲れて動きが遅くなってくる。都合よく地面に落ちていた重さや大きさが手頃な『鉄パイプ』があったのでそれを流れるような動作で拾い上げた。半分は相手を怯えさせるためのハッタリだ。だが、その効果は絶大だったらしい。相手の胸倉をガシっと掴み、鉄パイプを握った右手で脇腹を殴る。最初の相手は崩れ落ちたので離してやる。そして次の相手にはテコンドーのような大振りの回し蹴り。型はデタラメ。だが、速すぎて誰もかわせない。

――ドスッ! バキッ! ゴッ!!!ジンは、相手を殺さないように出力を調整しながら、あえて『リバー(肝臓)』や『スネ』といった、最悪でも骨折程度で済むが、悶絶するほど痛い場所だけをピンポイントで鉄パイプと拳で抉り、殴り抜けていく。


「あがっ……!?」「ひうっ……!」


路地裏に響くのは、鈍い打撃音と、悪党たちの悲鳴だけだ。わずか数分。15人の半グレたちは、ジンに指一本触れられないまま、全員が激痛で泡を吹き、地面に転がっていた。最後に残ったのは、ガラガラと震えながらナイフを構えるリーダーの男だけだ。ジンは超高速で男の懐へ踏み込み、その襟首をガシッと力強く掴み上げた。至近距離で、覇王の本物の怒りが宿った瞳で睨みつける。


「地球のルールじゃ警察に任せることになってる。だけどな、俺の身内に手を出した奴を、俺がただで帰すわけねえだろ」


ジンは掴んだ襟首を引き寄せ、説得(物理)とばかりに、男の顔面へ容赦のない重い拳をストレートで叩き込んだ。――ドガァァァン!!!男は完全に意識を飛ばし、白目を剥いてポリバケツの山へと派手に吹っ飛んで気絶した。丁度いい塩梅の気絶だった。息を整え、ジンの足元の影がぐにゃりと歪む。ジンは影の底に向けて静かに声をかけた。


「……カゲロウ。お前の配下のモブ(隠密部隊)を呼べ。こいつらの財布から『治療費』と『慰謝料』、1円残らず毟り取らせろ。足りない分は、バックの組織ごと追い詰めろ。殺し以外はすべて許可する。」


影からカゲロウの部下たちが音もなく数人現れ、テキパキと気絶した半グレたちの後処理を始めた。これならバルトの手を汚すこともない。何事もなかったかのように帰宅する。バルトが冷やしておいてくれた新しいミルクティーを手にしたジンの顔に、ようやくいつもの緩い日常の表情が戻ってきた。ジンは、自分の腕から長年愛用していた頑丈なG-SHOCKを外すと、コタロウの膝の上にぽんと置いた。


「これ、やるよ。敵討ち、ちゃんと終わった記念だ。よくルールを守りきったな。偉かったぞコタロウ。」

「ボ、ボス……! ありがとうございます……! 大切にします!」

コタロウは腫れ上がった顔で、涙を流しながら傷だらけの時計を胸に抱きしめた。

「よし、頑張ったご褒美だ。今からお前の大好きな、本物の『焼肉定食』、肉マシマシで奢ってやるよ。ガルウ、車出せ」「了解ですボス!」

「バルトは酒でも飲むか?」

「ジン様がオススメするお店のお酒には興味がありますね。」

「アイリスは留守番頼むな」

「了解。ボス。」


こうして男四人で美味い肉も酒もある噂のサイゼリヤへと向かった。

コタロウがゴミ拾い中に半グレ15人に囲まれた際、インカムや念話でカゲロウたちにSOSを出せば一瞬で解決できました。しかしコタロウは、「せっかくジンさんが地球で静かにスローライフを楽しんでいるのに、こんな街の不良(一般人)との小競り合いなんかで、俺のせいで手を煩わせるわけにはいかない」と、勝手に自分で抱え込んでインカムの通信を切って(あるいは無視して)耐えてしまった、という締まらない理由でした。イラッっとした人は、ごめんなさい。

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