第二話 最強のパシリ、初めてのおつかいでゴミを掃除する
夜の静寂に包まれた住宅街を、一人の茶髪の青年が歩いていた。
整ったイケメンだが、その服装は胸元に大きく『KUMA』と書かれた、グレーの特大スウェット上下。足元はなぜか真新しい健康サンダルである。
彼の名はガルウ。異世界では数万の獣人を率いた人狼族の若き頭領であり、現在は最強の引きこもりニート・仁のパシリ第1号であった。
「……地球の魔導技術、恐るべし」
ガルウは、目の前で自動的に左右に開いたガラスの扉に驚愕していた。
『こんびにえんすすとあ』と呼ばれるその結界の内部は、夜中だというのに昼間のように明るく、見たこともない食料や魔導具が整然と並んでいる。
ガルウはゴクリと息を呑み、ボスから渡された千円札を握りしめた。
「落ち着け俺。俺は数々の死線をくぐり抜けてきた男だ。これしきの魔境、恐れるに足りん。まずは……黒くてシュワーッとする聖水だ」
思っていたよりも種類が多く、間違えないように恐る恐る店員に声をかけてみた
「おいねーちゃん。コーラ?っていうのとポテトチップス?ってどれだ?」
「あ、あの真っすぐ突き当りにコーラがあって、ポテトチップスはこの棚の一番奥に置いてあります」
「あんがとな、ねーちゃん」
店内を鋭い眼光で探索し、ついに冷蔵棚に並ぶ黒い液体――『こーら』を発見する。ついでに隣にあった『ぽてとちっぷす』も鷲掴みにし、レジへと向かった。バイトの店員がスウェット姿のガルウに怯えながら「……545円のお返しです」と小銭を差し出す。
「ふむ。これが地球の通貨か。ボス、確かに任務を遂行いたしましたぞ」
お釣りをポケットに仕舞い、コーラとポテチの入ったレジ袋を大切に抱えてコンビニを出た、その時だった。
「おい、そこのスウェットの兄ちゃん。ちょっと面貸せよ」
コンビニの脇のゴミ捨て場で、タバコをポイ捨てしながらたむろしていた金髪のヤンキー三人組が、ガルウの前に立ち塞がった。どうやら夜中に高級そうなコーラを買いに来たガルウを、いいカモだと勘違いしたらしい。
「あ? 聞いてんのかコラ。いいスウェット着てんじゃねえか。夜道は危ねえからよ、有り金全部、俺らに預けろって言ってんだよ」
ヤンキーのリーダー格が、ガルウの胸ぐらを掴む。ガルウの体が一瞬、ピクリと強張った。異世界の感覚なら、この瞬間に相手の首を噛みちぎって消し炭にしているところだ。しかし、ガルウの脳裏に、ベッドの上でポテチを食べていた主の冷徹な言葉が蘇る。
『基本的に、この世界で暴力は禁止だ。もし絡まれたら、わざと一発殴らせろ。そしてそのスマホっていう機械を使って警察に通報してやればいい。地球のシステムで社会的にハメるんだ』
(……キタ。ボスの仰っていた通りの展開だ……!)
ガルウの胸に、凄まじい感動が沸き起こった。すべてはボスの手のひらの上だったのだ。ガルウは拳をグッと握りしめ、そして――狂気を感じるほどの満面の笑みを浮かべ、無防備に顔面をヤンキーの前に差し出した。
「おい、殴れ。早く私を殴るのだ。さあ、地球の戦い方を味あわせてくれ」
「あ、あぁ!? 舐めてんのかテメェッ!!」
不気味な笑みを浮かべるガルウに恐怖したヤンキーは、キレて全力の右ストレートをガルウの頬へ叩き込んだ。
――バキィィィィン!!!
夜の街に、人間の顔を殴ったとは思えない、鈍く硬質な破壊音が響き渡る。
「……ん? 今、何か当たったか?」
「ぎゃあああああああああッ!? 手が、俺の手がああああぁぁぁッ!!」
ガルウの顔面は無傷。蚊に刺されたほどの衝撃すらない。
対して全力で殴ったヤンキーは、世界最強の人狼の肉体(防御力カンスト)に拳をぶつけたせいで、右手の骨がバキバキに砕け散り、地面を転げ回って号泣していた。
「お、おい、アニキの手が!?」
「バ、バケモノだぁぁ!」
腰を抜かす残りの二人を冷めた目で見下ろしながら、ガルウはポケットから最新のスマートフォンを取り出した。
「もしもし、けいさつですか? 街を歩いていたところ、絡まれて襲撃されました。相手は自爆して苦しんでいます。あ、はい。怪我は無いです。じゃぁ、よろしくお願いします。」
完璧な通報だった。数分後、パトカーのサイレンが鳴り響く街から、ガルウは音もなく跳躍してジンの部屋の窓へと帰還した。
「ボス!聖水と芋の菓子、持参いたしました!」
「おう、お疲れ」
ベッドの上から一歩も動いていないジンは、「不労所得」Tシャツの首元を掻きながら、冷たいコーラを受け取ってプハァと息を吐く。
「外でパトカーの音がしてたけど、なんかあったか?」
「ハッ! かしらの指示通り、ゴミを警察に処分してもらいました。地球の法律、実にお見事なシステムですね!」
「だろ? 現代日本は賢く生きた奴の勝ちなんだよ」
ジンは満足そうに微笑み、ポテチの袋を開けた。かつて世界を統一した覇王の、一歩も動かない頭脳派ニート生活は、今日も最高に快適だった。




