04:飛べない鳥
SMと聞いて流石に驚いたが女王様は人気と技術次第。
信者を作る仕事でもあり、社会的地位が高い人ほどMだったりするので金払いも良い。
何より責める側に徹するので男を受け入れることも無し。
そう説明する春告の言い分を鈴は半信半疑で黙って聞いていた。
「俺の見立てなら、良い女王様になれるよアンタ」
社交界での鈴は大和撫子として評判だった。
相手の反応を読み取り、望むように振る舞うことを得意とする。
だからこそ、例の引きこもり息子を手懐けられた。
SMのSとはサービスの意味も持つ訳だ。
「男を立てて前に出るな」と叱責する父の声を思い出す。
この令嬢としてのスキルが水商売や風俗でも役立つというのだから皮肉なものである。
そもそも鈴に拒否権など無く、腹を括った。
「源氏名どうするか。何かこう、自分が思う強い女にあやかるとか」
「えーと……赤毛のアンの、マリラとか……」
「あぁ、分かる……けど、そのままだとおばちゃんのイメージ強いし"マリ"とかどうかねぇ」
「では、それで」
女王様は長身や凛とした顔立ちの方が向いているかと思いきや、そんなこともないらしい。
ここホロルニスは様々な女達が在籍している。
客達もまた太めの女王様の肉で圧迫されたいなんてMから、鈴のような可愛らしい女王様から責められることを望むMまで。
アダルト関係では身体の劣等感が無くなるという。
毛深いやら老け顔やら本人が欠点と思っていたことこそ、フェチズムを持つ客にはむしろ美点になるなど分からないものだ。
それに加えて、ホロルニスは高級清潔保証の優良店でもある。
バーは初心者歓迎、下着で隠れる部分の露出や粘膜接触が禁じられていた。
ただしクラブはバーと違って風俗。
客が全裸になったり、強制的に出す物を出させるプレイをする場所でもある。
お嬢様育ちの鈴には衝撃だったが、数をこなしているうちに慣れてしまった。
流石に真っ白でお綺麗なままではいられない。
それより安全に済ませることを念頭に置かねばならず、怯んでいる場合ではないのだ。
いつも鈴はそちらに神経を尖らせて忙しい。
粘膜に触れる際は手袋をはめる上、器具類の消毒も念入りで針は使い捨て。
挿入用のアダルトグッズは必ず避妊具を着用。
衛生を怠って病気が蔓延することもあるだけに大事な点である。
「女王様の心構えその一……どんな変態にもドン引きしてはいけない。広い心で受け止めて、愛して、許せ」
そう説く春告は巨匠と呼ばれる緊縛師の弟子、縄に関しては一からしっかりと叩き込まれた。
窒息や後遺症が残る恐れがあるだけに、心得から危険性まで。
もともと鈴も子供の頃から指編みに慣れ親しんでいた為か、基本的に縄の扱いは苦労しなかった。
SMは危険が伴うので「自分が受けたプレイでなければ相手にやってはいけない」というルール有り。
新人女王様ほどしっかりM役の教育を受けて、その身をもって加減を知るのだ。
縄に蝋燭に鞭に、と経験は積んだものの何とかキスから処女まで守って今に至る。
人はSとMの両面を持ち合わせるもの。
S希望でもMに転じてしまうという強烈な誘惑はあれども。
「SMはサディストとマゾヒストというよりスレイブとマスター、主導権はMにある。だから結局のところMの方が楽しいんだよねぇ」
「そうですか……」
「両面持ってても良いけど、Sは常にMにとって理想の姿でなければいけない。崇拝は全肯定でなく、むしろ理想の姿しか許容しないってことだよ」
「ええ、お師匠様……見限られないように頑張ります」
いつぞや春告はこんな言葉を交わしながら、鈴の肌に縄を絡ませた。
緊縛を教えたのが彼ということはその回数だけ縛られたということ。
初めて縛られた時はそれこそ捕獲された錯覚すら。
「……拒むな」
春告が囁く冷徹な低音は師としての命令。
あちらも僅かに汗ばんでいるらしく、素肌に儚い花を隠しているように意外にも薄甘い香水が匂い立つ。
細くて長い指といい、まるで別の生き物めいた動きといい、春告の手は蜘蛛によく似ていた。
全身を這い回って糸を吐く代わりに縄を伸ばし、その艶めきは毒。
布越しの際どい部分に縄が喰い込むことや、恥ずかしいポーズで拘束されたことも。
うまく縛られると母親の腕に抱かれる赤ん坊になったような心地良さに包まれる。
それこそが緊縛の魅力であり魔力。
身動きの取れない無力なまま快楽を与えられると、人は簡単に沈んでしまう。
「ん、よく頑張ったな」
縄を解いて余韻の目眩にへたり込む鈴に、いつも春告は労りを忘れない。
冷たい水のコップを渡されて素直に受け取った。
「客には口移しで飲ませてやんな。キスしなくても、口に含んだやつ上から垂らしてやるだけで良いから」
「っン……はい……」
SMとは要するに飴と鞭なのだが、痛みが心地良い鞭に蕩ける甘さの飴を与える春告は恐ろしい。
人を喰い物にするヤクザだけに都合良く操作することに長けていた。
単に容姿が良いというだけでなく、するりと相手の懐に入り込んでくる。
頼り甲斐があると思えばどこか物憂げな隙もあり、情の深い人間は彼を放っておけず惹かれてしまう。
鈴の場合は心を開く前に冷や汗が滲む。
春告に色恋で縛られたりしたら、男女問わず逃げられないだろう。
いや、そもそも鈴に縄や鎖なんてものは不要か。
この店から離れることなんてできないのだから。
当時の鈴は十八歳になったばかりで生粋お嬢様育ち、珍しい目の色に顔も身体も上玉だと色を付けての高値だった。
買取りという扱いなので、義母の借金は鈴を売った時点で満了らしい。
儲けが出るだろうという期待の投資である。
なりすましの借金で被害者に返済義務は無いが、一円でも払ってしまうと借金を認めたことになってしまうのでもう警察に駆け込んでも無駄。
稼いだ金が裏社会に流れてしまうと思うと良心は痛んでも、鈴も自分のことで必死だ。
契約満了までに辞めたりしたら違約金が掛かってしまい、要するにこれは鈴本人に課せられた借金。
ハードなプレイもこなしてゼロの桁を減らしてきたので、店を卒業できるまであと少し。
何やかんやで手放してくれないという恐れもあったが、そこは春告を信じるしかあるまい。
普通に暮らすだけで金は掛かるし、今住んでいる寮を出て昼の仕事をするにも貯金は要る。
またどこか住み込みの職場を一から探さなくては。
それもまだ先の話に過ぎない。
店の商品として飼われている身に変わらず。
今、鈴が身を置くのは透明な鳥籠だ。




