21:好きだけじゃだめなんだ(指舐め)
いつもならば遊戯の後というのは、さらりと乾いて穏やかなもの。
鈴の明かした隠し事一つで湿っぽい空気になってしまった。
黙って消えるより誠意を示したつもりでも。
「……ねーマリちゃん、やっぱり俺と付き合わない?」
やはり今日のコウは随分と喰い下がってくる。
シャンパンゴールドの頭を撫でてやっていた鈴の手を握り、真っ直ぐに見上げながら。
女を口説くには下着一枚なんて不格好だというのに。
SMは睨めっこだけでも可能であり、女王様の眼差しとはそれだけで独特の威圧感を持つ。
そして逆も然り、情けない姿を晒すMの目もまたSにとって愛おしくなるもの。
期待と恐れを持ちながらも離せず、とてもひたむきな色。
可哀想なくらいにどうしようもないからこそ、こちらの心に訴えてくる。
「マリちゃんの手、まだ少し赤いね……」
後戯の時は拘束を外しているので、コウの手は自由。
信頼で成り立っているとはいえあちらから触れてくるのは少し緊張する。
鈴の手を取って、湯上がりにしては仄かに冷えているコウ自身の頬に当ててきた。
店に来た時と同じ甘える犬の仕草ながら、明確に違う。
そのまま鈴の掌に幾つもキスを落とす。
男の視線、表情、呼吸が色付き始めた瞬間でもあった。
ただし嗅ぎ取っても鈴は相変わらず女王様の顔でコウからの悪戯を受け止める。
初心な娘のような反応などしたら見限られてしまう。
女王様とは気圧されそうな艶やかさを武器として身に纏う立場。
この程度ではまだまだ動揺まで及ばない。
コウの方もそれでは終わらず、その掌に柔らかく濡れた舌を這わす。
生きたゼリーの如く動いて危険な感覚。
色香とはあまりに淡くても伝わらず、濃くても下品になってしまう。
戯れ付く飼い犬とは違い、これは明確な意志を持った奉仕だった。
鈴の小さな爪を一枚ずつ舌で丁寧に磨き、濡れた薔薇色は甘やかに匂い立つような艶を増す。
単調な愛撫ならすぐ慣れてしまうものをコウは変化を付けて飽きさせない。
その切なげな表情でもひたむきさを伝えてくる。
「っふ……ぅ……」
苦しげで艶めいた男の声。
根元まで咥え込んだ鈴の指一本、まるで性器に見立てているようで淫らな妄想を煽ってしまう。
包み込まれた口腔は熱が絡み付く。
吸い付く唇や溢れた唾液でふしだらに音を立てながら。
バーでは雪雉と情熱的に重ね合わせていた手を今、こうして他の男に愛撫されている。
唾液塗れにされて、本来ならこんなにも悍ましいことは無いのに。
ボンデージを纏ってプレイルームに居るとスイッチが入るというか麻痺してしまうもの。
どんな変態にも嫌悪感はあまり湧かないのだ。
「どんな変態や欲望にも拒絶反応を示してはいけない」は春告からの教え。
女王様は決して揺らがない、ただ悠々と受け止める。
実際、アンバーアイの視線で神経が焼き切れそうになっているのはコウの方か。
これがコウに恋心を抱いている女ならば、一度で骨抜きだろう。
ただでさえベッドの上、流れで押し倒されているところ。
そうならない鈴は飽くまでも冷静。
官能とも呼べる背筋の痺れを自覚しつつも同時に、甘噛みされる度に認識していた。
そこに生え揃った鋭い牙の存在感を。
ある時は蝶々、またある時は狐、責めによって形を変える鈴の華奢な手。
不意に変じて立てるは二本指、今度は鋏へ。
悪い子の舌を挟んで封じる為。
「そろそろ悪戯はお仕舞いですよ」
「あぐぅ……」
どれだけ口説かれても、決して「はい」と答えてはいけない。
歓楽街が深海ならば、この男は王子様を装って水面に引きずり込んだ女を喰らって生きる魔物。
繰り返すのは自戒の為だ。
でなければ貪り喰われて骨すら残らない。
そういえば鈴が小中学生の頃だったか、児童書から学校の怪談が全国的なブームを巻き起こした。
図書館で読んで育った世代なので、つい何となく子供っぽいオカルト思考に転びがち。
「あーぁ……マリちゃんが付き合ってくれるなら、もっと凄いイイことしてあげられるのにな……」
「それってコウさんがしたいだけのことではないですか?」
ベッドを匂わせることを口にされると、流石に少し重いものがある。
言えやしないが、こちらはキスも知らない処女だ。
偏った知識や経験ばかり得てしまっても、貞操は守れるからと春告に説かれて始めた女王様の仕事。
客とそういう仲になる気は無い。
何よりも女王様とは手の届かない高嶺の花であることを求められる。
きっと手に入ったら冷めてしまうであろう存在。
だからこそ、プライドを持って孤高を装わなくては。
「俺はさ、本気でマリちゃんと付き合えるなら他の女の子と関係切ってホスト引退だってできるよ……でも、ヤクザは辞められない。だから遠慮なくフッてくれて良いんだよ」
ヤクザとは女一人の為に生き方まで曲げられない、それは致命的なこと。
結局のところコウ自身だって理解しているのだ。
床に転がって泣くのでなく、誘惑という形で駄々を捏ねているだけ。
「そうですね……コウさんとお付き合いしたら、ヒモになる未来しか見えないから嫌です」
「あらー、手厳しい」
安心して鈴が真面目に軽口を叩けば、コウも笑う。
それで良い、もう良いのだ。
湿っぽさなんてものは似合わないままで。
それはそれとして、コウが咳払い一つ。
緩んだ空気を少しだけ引き締めてから告げてきた。
「約束してもらっても良いかな……マリちゃんが辞める前、最後のデートしてほしいなって」
これまた我儘なことで、まったく。
「ああ、何ならペットさんも一緒で全然構わないよ?両手に花になるし」
「それ本当にデートって呼び方で合ってますか」
「でもほら、マリちゃん女王様だしさ。顔の良いM男二人を連れてるのって貫禄あって良くない?」
「それは置いといて……良いですよ、行きましょうか」
とはいえ、先程からずっとそういう話をしていたのだ。
最後の望みとしては意外でもないことなので、少し考えてから鈴も頷いた。
「ねー、その時はチューもダメ?」
要望が一つ叶うと欲も出がち。
コウの額に、薔薇色が散った蝶々が音を立てて衝突。
諫める為の平手打ちが鳴る。
「レッド……うちは粘膜接触NGです」
「ありがとうございます」
仕置き欲しさに無礼を働くことがあるのも習性。
そういう訳で、攻撃的や威圧的な態度で女王様に接してくる者は大概がMだという。
それでは、今日はこの辺で。




