17:ハリケーン
黄高嶺は姓と名前がどちらも分かりにくい上、一見すると何と読めば良いのか悩みどころ。
「黄」というからにはお察しの通り、台湾や中国にルーツを持つ家生まれ。
コウからすれば生まれも育ちも日本人の意識が強いので知ったことでないが。
それはそれとして名は体を表すというか、或いは名前の影響か、色も黄や金が気になる習性があった。
以前からホロルニスには通っていたらしいが、妙に鈴のアンバーアイを気に入って毎回指名してくる。
そしてコウ自身も金髪に染めているのは当然の話。
とはいえ、ホストならもっと派手な色味や逆毛を盛り立てるスタイルが流行だろうに。
コウの場合は肌馴染みが良いシャンパンゴールド。
鎖骨までの長さが華やかさを増し、これがまた優しげなタレ目が甘い顔立ちにうまく調和している。
女はいつの世も王子様を求めると言われるもので、端正な容姿はホストとして根強い人気。
そして喋ると一転、人懐っこい笑顔で明るく楽しい雰囲気になるのも魅力だった。
令和の世では「ホストのようだ」とは碌でもない男という蔑称。
この時代は明るい髪色にスーツ姿の色男を意味する褒め言葉でもあったのだから、分からないものである。
「やー、お兄さん美人だねー。指名席でマリちゃん行ったり来たりするの大変だろうし、俺もここに同席すれば良くない?」
「遠慮してくれるか……」
加えて、面食いのコウは初対面の雪雉にも随分と図々しい。
シロハラの時とは違い、申し出は即座に却下したが。
「いーじゃん、俺だって美形の男とも飲みたい」
「ほらお師匠様も居ますよ、美形ですよ」
「春の兄貴は見飽きちゃったからなー、流石に」
「どうせ私のことも飽きますって」
名前の挙がった春告といえば、視線はこちらでも動く気配無し。
嫉妬を愛でる趣味を優先させて楽しげに傍観している真っ最中である。
本来なら問題を処理する為に居るのだが、女王様を巡って指名客同士で揉める場合はなかなか止めてくれない。
更にママの桜は不在という間の悪さ。
そんな時、割って入って来たウサギが一羽。
「コウさん、こんばんバニー。あっちで飲もうか?」
「あっ、木葉ちゃんもご無沙汰」
ふざけた物言いながらも淡々と落ち着いた口調。
見かねて助けを出してくれたのは、ウサギの耳を生やした木葉女王様だった。
いつも寮で鈴とガールズトークに付き合ってくれるお姉様の一人である。
伏せた瞼が涼やかな面差し、顔周りに長さを残したアッシュグレーのショートはどこか少年の匂い。
バニーガールと女王様は完全に別の生き物。
ただしSMとはファッションからして独自の世界観なので、こうして個性的なスタイルを持っている者も。
木葉はウサギの耳とビスチェに組み合わせて、濡れたような艶のラバーパンツ。
小柄にしては腰の位置が高く、引き締められた脚から爪先立ちするヒールのラインが美しい。
上向きの小尻には綿毛の尻尾まで。
そうして嵐はウサギが連れ去って行く。
女王様とペット、二人だけをそこに残して。
「不貞腐れたりしないんですね」
「もうオレだって子供じゃない。それにバーの仕事なら、マリ様を独占できないことくらい解っている」
鈴が少しだけ嫌味を込めると、雪雉は苦笑した。
あからさまに不機嫌を撒き散らすことで相手をコントロールし、欲求を通すのも一種の暴力。
昔から独占欲が強かった雪雉は鈴が自分を見ていないと拗ねることもあった。
だからといってご機嫌を取ろうとする必要は無し。
そういう時は雪雉の姉妹が「放っとけば良い」と鈴を連れて行ってしまうのがいつもの流れ。
女同士が団結すると男は入れない。
損をするだけだと早くから学べたのは幸いか。
でなければ、今頃は雪雉も中身が子供のままの化け物に育っていた。
「まぁ正直、ムカつくのも嫉妬するのも本当だ……」
あれだけ情熱的に組み合った互いの手は、名残惜しくてまだ手袋の中。
今度は雪雉の方から握ってきた。
意地を張ったりせず、こうして素直に胸の内を明かす辺り可愛らしい。
「離れている時でも、鈴とは手紙で繋がっている気がしていた……だから届かなかったこの三年は不安だったし、マリ様っていうオレの知らない時間があって、それはどうしようもない」
傲慢に加えて、嫉妬深いというのは雪雉の業。
それでも立ち止まって自己分析する冷静さは身に付いていた。
さて、問題はどう折り合いを付けるか。
「他の男にしたこと、全部してくれよ……もうオレはマリ様のものなんだから受け止める」
それはまた健気なことを。
縋るような目で、どうか傷付けてほしいと強請る。
確かに、再会した時「同じことをしてやろうか」と笑ったのは鈴の方だ。
傲慢な態度に腹を立てて言い返しただけだが、あれから雪雉は引きずっていたなら悪かったとも思う。
Mが痛みを欲しがるのは何の為か。
それは相手が傍に居なくても存在を感じられるように、消えないようにという祈りでもある。
会える時間は有限でも、記憶や傷は愛された証として熱を持って残るのだ。
「ん、愉しいこと沢山教えてあげますよ」
自分だけのMを飼うのは鈴も初めて。
何人もの客は相手にしても、分からないことが多いのはお互い様。
遊戯には手順というものがあって、その階段を踏み間違えたら怪我のもと。
SMとはそういう危険性がある。
だからこそ鈴も雪雉を大事に可愛がってあげよう。
期待と恐れと、どこか切ない気持ちをシェイカーに注ぐ二人遊び。
そうしてできたカクテルは甘いだけでも酔い痴れるだけでもいけない、苦みの刺激こそ愛おしいもの。
「とりあえず、もう一回しましょうね」
手袋の下に隠れたまま、まだ冷めやらぬ繋いだ熱。
再びねっとりと交われば雪雉は頷く以外に返事は許されず。
手先の細やかさでは鈴に勝てやしない。
蠢くほどに雪雉の吐息が乱れ、やがて色付き始める。
小指を絡めて誰も知らない秘密の約束。




