【番外編】01:ZOO(ハロウィン)
一九九九年頃、日本で「動物占い」というものが爆発的なブームを起こした。
簡単に説明すれば生年月日から十二種類の動物を当てはめ、個性や運勢などを判断する占いである。
陰陽五行思想、算命学、統計学、心理学を食べやすい大きさに切って煮込み、親しみやすい味付けにした大衆料理とでもいったところか。
ちなみに歳月を経た後はひっそりと定着し、令和版なんてものまである。
さて、それではブーム真っ只中の人々は。
「マリ様って動物どれ?」
「私はサルでしたね」
寮のリビングは、どこか慣れ親しんでいた女子校の教室と似た空気。
平穏で自由で小鳥達が歌うような騒がしさ。
今は占いの本を片手に、ああだこうだと盛り上がっている真っ最中。
「これタメになんのよね、Mに対する声掛けとかNGワードとか」
「でもそれ育児書では」
「似たようなモンじゃん?」
開かれている本は「動物別の個性による育児指南書」というもの。
どの動物なのかは飽くまでも客達の自己申告になるが、なかなか当たっているらしい。
そもそもフェティッシュバーは語り合いの場なので占いの話題は盛り上がりがち。
接し方の参考にもなるなら読んで損は無し。
ちなみにマリ様こと鈴の診断、サルはといえば「どんな環境でも適応可能、カリスマ性があり気取らずサッパリ」らしい。
占いなんてものは誰でも当てはまるバーナム効果というものもあれど、皆が楽しんでいる時にそうやって一笑に付すのは野暮。
少なくとも、令嬢から女王様に転じても上手くやれている鈴は当たっていた。
「それじゃあさあ、白雪さんのお誕生日は知ってる?」
ふと口にされたのは最近鈴が飼い始めたMの呼び名。
素性を隠しがちな夜の店、キャストも客も本名非公開なんてよくあること。
すっかり雪雉は「白雪の騎士」でお馴染みになってしまった。
かつて社交界で憧れの的として称されていた異名。
笑いを堪えたり、微笑ましさを含んだりした声で呼ばれるようになるとは。
日下部雪雉、七八年一月二十日生まれ。
鴨志田鈴、七九年一月三十日生まれ。
ちなみに二人の生年月日はこちら、偶然にもほんの十日違いなので覚えてしまった。
「あっ、狼だ。人と同じがキライ、ナンバーワンでなくオンリーワン。"シルバーのランドセルが良い"とか言い出す」
そこだけ聞くと雪雉も合っているかもしれない。
鈴の一番の客では足らず一人だけの特別扱いを望んで、こうして飼われることとなったのだ。
それはそれとして、名前は雉でも狼のイメージは確かに似合う。
「わー、白雪さんシルバーのランドセル似合いそー。アルミホイル貼ったみたいなやつ」
「マリ様って幼馴染なんだっけ。白雪さん、おチビの時どんなんだった?」
「ウチの客も金持ち多いからねー。なんかもうピンクの制服で亀に乗って登校してたっぽいのも数人……」
かしましいお喋りは話題が二転三転。
思わぬ方向に向かったら加速して、もう戻ってこない。
平穏で自由で小鳥達が歌うような麗しき休息時間。
なんて話をしたのが、つい先日のことか。
本日は十月三十一日。
大量の手土産を携えて、いそいそと"狼"はホロルニスにやって来た。
「ハロウィンだから、かぼちゃのプリン買ってきた……皆さんでどうぞ」
とはいえ好みもそれぞれだろうからと、かぼちゃを始めとして一通りのフレーバーが揃ったプリンと可愛らしく包まれたメレンゲクッキーの箱詰め。
地元では有名な老舗洋菓子店の紙袋だけに、フェティッシュバーに居た面々はありがたく受け取った。
こうして急なことだが真夜中の甘味タイム。
「鈴……っいや、マリ様がここのプリン好きだったと思い出して。手土産持って行くのは飲み屋のマナーとして変なのかどうか知らないが」
「ん……ありがとうございます。久々だから知らなかったけど、プリンの種類増えてたんですね」
よくそんな昔のことを、否、離れていた時間が長かったので昔話を懐かしみたくなるのだ。
鈴だって雪雉の好物を覚えていた。
鈴は少し迷って、やはり定番のカスタードを選んだ。
なめらかな口溶けと引き締まるカラメルの苦味。
甘味に纏わる思い出とは、ほんの一匙だけで鮮やかに蘇る。
まだ二人とも強い兄と控えめな妹のようだった幼い頃。
それが今やボンテージの女王様と専属のMか。
時の流れというのは読めないものである。
ハロウィン云々は口実か。
愛しの主人に会いたくて、こうして手土産まで用意してくるとは健気な話。
「それにしても、やはり日本だとハロウィンはあまり知られてないんだな」
長いこと海外に行っていた雪雉からすれば、こんなにも静かな十月三十一日は妙な感じだという。
そうして海の向こうを懐かしみながら続ける。
「アメリカではなかなか盛り上がっていたが、イギリスは子供の祭りという感じだったか……吸血鬼もフランケンシュタインもイギリス生まれなのにな」
日本でハロウィンがお菓子の祭典として着目され始めたのは二〇〇〇年代後半辺りか。
クリスマスやバレンタインと競う三大市場規模を誇るようになるのはまだ先の話。
この時代では、一般的にハロウィンが何月何日かの認識すらもあやふや。
洋画や海外ドラマ、洋書絵本やカートゥーンではよく題材にされているので、それらを嗜む者にはお馴染みでも。
お化けの祭典なので特にホラー映画。
あとは英語の教科書か。
鈴の中学校時代、ジャックランタンを「大きな口をした男」と表現した一文を「大きなネズミ男」なんて間違えてしまった同級生が居た。
「ユキちゃんも仮装しました?」
「あぁ、そう、だな……あっちに行った時はまだ十代だったし、付き合いもあったから。まぁ、オレより爺さんの方が楽しんでいたけど」
「写真あるなら今度見せて下さいね」
「待っ……正直、それはかなり恥ずかしい……」
鈴が告げると、片手で顔を隠して雪雉は本気で照れていた。
まさかこんな思わぬところで羞恥プレイになるとは。
青春時代は青臭さの詰め合わせ。
離れていた間、知らない雪雉の一端を覗けるのは楽しみになってきた。
「あ」
そうしてお喋りしながら食べていたもので、行儀の悪いことで鈴がスプーンからプリンを垂らしてしまった。
露出の高いボンテージ、開いた白い胸元に一匙のクリームイエロー。
軽く拭き取れるがそれだけでは面白くない。
「舐めても良いですよ」
「お菓子と悪戯、両方なんて欲張っても良いのか……?」
低音で鈴が囁くは、実際のところ許可でなく命令。
受け取った雪雉の呼吸に熱が宿る。
昔々、人と共存して飼い慣らされた狼が犬として進化していったという。
飼い主である鈴の目には、犬のように身を擦り寄せる雪雉から立ち耳と尻尾が見えた気がした。
躊躇いがちに伸ばされた赤い舌が乞う。
愛を下さいと、自分だけにと。




