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12:I WILL(緊縛)

実のところ、声を掛けるしばらく前から(すず)は緊縛ショーを静観していた。

雪雉(ゆきじ)は色が白いので赤い縄がよく似合うことで。

社会的地位が高いMはこの店にも多いが、あの社交界の「白雪の騎士」が縛られているのだ。

なんとも愉快な絵面だこと。


とはいえ笑っては悪い、放置する気も無し。

いつまでも春告(はるつぐ)に任せていたら、サディストだけにこの先何をするつもりやら恐ろしい。

流石に初心者の雪雉には辛かろうと、鈴は選手交代を申し出てみた。

意外にもあっさり了承、春告が退場したところで手首の縄に触れた。



「そろそろ体勢きついですよね、解きましょうか」

「いや、良い……続けてくれ」


頷いて自由になりたいのは山々だろうに。

それでも、雪雉の返事は首を横に振って否と。


「罰を受けなくてはいけないんだ……鈴が一番辛かった時、オレは傍に居なかったし助けられなかった。だから、責められるならお前じゃないと駄目だ」


それはまた健気だこと。

痛み、苦しみ、羞恥、Mが罰を求めるのは何の為か。

情けない自分に赦しを与えてほしいのだ。

視点を変えれば、これはこれでとても傲慢な欲求。


受け止められるとしたら、女王様ならば。

そしてそれが鈴でなくては駄目というならば。



「……それって、あなた、私に独占されたいってことですか?」


ローズに塗られた鈴の唇から零れ落ちる疑問。

やはり言葉が刺激物のように強いので、雪雉が面食らうのも当然。

けれど彼はしっかりと口の中で転がして、味わって、飲み下してから答えた。


「オレは鈴が好きだよ……鈴しか、愛したくない。でも、マリ様のことも知りたい。今のお前のことだって誰よりも綺麗だと思っているんだ」


長身の雪雉だが、椅子に掛けているので鈴を見上げる形になる。

初めてSMクラブの方に来た日、昔と変わらずに眩しげ愛しげな目をされた。

今は情けない自分を恥ているような、縋り付くような、酷く哀れで弱々しい姿。

それでも雪雉は真っ直ぐに愛を口にする。


何だろう、こんなにも彼を可愛いと思ったのは初めてかもしれない。



時計の針は戻せず、この身に起きたことは取り返しが付かない。

フェティッシュバー&会員制SMクラブ、ホロルニスのマリ。

軍帽とボンテージが今の鈴にとっての制服。


しかし本当に大事なものは、その後。

女王様だからこそどんなに惨めな姿を晒していても愛してあげられる。

一度は振ってしまった相手。

それならまた最初から違う関係を築くこともできるとしたら。


「ペットは飼ったことないですけど、あなたなら悪くないですね」

「あの……っ本当に、飼ってくれるのか……?」


怖々と遠慮がちながら、希望の欠片を含んだ声。

臆面もなく嬉しそうな感情が漏れ出ていて可笑しい。

本当に仕方なく、なんて愛おしいことか。


ここは何年も勤めている店で鈴も人気があるので、よく指名なら入る。

親衛隊長を自称する常連のシロハラすら居るのだ。

にも関わらず、今までは鈴だけの奴隷やペットという者を持たずにいた。

それは女王様にとって特別な立場の呼び名。


初めて、独占しても良いかと思える相手ができた。

こういう気持ちは知らなかったこと。


「そうですね、まず"お前"って呼ぶのやめましょうか」

「あぁ、悪かっ……あ、いや、ごめんなさい……」

「謝れて偉いですね。それじゃ、良い子には遊んであげます」

「ん……」


首の後ろに手首を固定されながらも、雪雉が少しだけ頷いて俯いてみせた。

小さな声だというのに、期待と恐れで心音すら聴こえそうな色。



さて、どうしてくれようか。


雪雉に椅子から下り、床へ寝転ぶように促すところから始め。

心臓よりも高い位置で腕を上げたままだったので疲れてきた上、血の巡りが悪くなっている筈。

この体勢が長時間続けば腕が痺れてきてしまう。

横になると冷えていた腕へ急に血流と熱が戻り、くらりと酒に酔うような感覚。

無防備な腹を上にして、服従する犬のポーズは羞恥も強い。


これは縄を解く為ではなかった。

雪雉が罰を欲しがるのならば、お望み通りにと。


鈴もしゃがみ込むと、やんわり握られている雪雉の拳を解いた。

しっかりと赤い縄で括っていても手首だけなのでその先は自由。

唇とお揃いの色をしたマニキュア。

五枚並んだ薔薇の花弁を思わせる爪で鈴が軽く弄ってやると、これだけで男の息が乱れた。

ただでさえ指は触覚が敏感、首の後ろなので雪雉から見えない分だけ更に鋭くなる。


「少し起こしますね、私に寄り掛かって下さい」


仰向けに寝転がっている雪雉を上半身だけ少し起き上がらせ、鈴が覗き込む形で膝枕。

そこから背中を通る縄に自分の縄を足した。

上向きで曲げられた雪雉の両肘をそれぞれ二周して、完全に固めてしまう腕縛り。


この赤は小指同士を繋ぐ色ではない。

もっと深く重く、縛る者から支配される甘やかさに身を委ねてしまう。



「なーんにもできないでしょう?」


触れたくても触れられないもどかしさは胸を焦がす。

そればかりでなく、縄で不自由になって女王様に身を任せることは途方も無い幸福感。

全信頼を置いてされるがまま、従うしかできず。


鏡は羞恥を煽る基本アイテム。

背後から雪雉を支えながら鈴が手鏡で見せてやると、明らかに動揺が走った。


傍目にも、縛り手によって雪雉の表情は違う。

春告に縛られていた時は、毒にも似た苦みにただ耐えていたのに。

鈴が代わってからは力強く抱き締められるような息苦しさと安心の入り交じった恍惚。


それを上から眺める鈴の悪戯な爪は、雪雉が着ているシャツのボタンをおはじきのように弾く。

縄が横に通っているとはいえ前開き、やろうと思えばこのまま脱がせることだってできる。


やっても良いが、縄を緩めて今日のところはこれで終わり。

少し物足りないくらいが適量なのだ。

全て解けば赤い長縄が床に二本、雪雉もようやく自由の身となる。



「はい、よく頑張りました……お水飲みましょうか」

「あぁ、ありがとう……っえ?」


冷たい水のコップを渡すと見せかけて、鈴が飲んでしまう。

怪訝な表情をする雪雉の唇を抉じ開けさせる。

生ぬるくなった水を舌ごとゆっくりと垂らして、先すら触れ合わないまま雛鳥の給餌。

いつぞや春告から教わったこと。


愛する主人から与えられれば極上の蜜。

立派な喉仏を上下させて鳴らしながら、雪雉は一雫も残さずに味わっていた。


まばたきも控えて、鈴の金色の目はそんな雪雉をずっと見つめている。

夜空に煌々と光を与える月の如く、ただ静かに。


「………ふふっ、可愛いですね、ユキちゃん」


今だけは立場を忘れてもらって、子供の頃とも違うペットらしい呼び名。

その声の甘やかさに今度こそ雪雉は蕩けてしまいそうだった。

縛るのは縄だけでなく視線や言葉。

肝心なところには指一本として触れずとも、女王様は牙を手折れる。


「初めて逢った時から魅了されていたんだ、その目に……所有してくれるなら、こんなにも満たされることはない」


そして牙を折られた唇はキスの為だけに。

こうして誓いとして、ヒールの爪先(つまさき)に一つ落とされる。

客達が証人になる中で、今ここに主従隷属関係は成立した。






「あの、お師匠様、人のペットに妙なこと吹き込まないでくれますか?」

「嘘は吐いてないし、嫉妬は人間関係のスパイスだろ」


鈴の苦情に対して春告は悪びれもせず煙草を咥える。

こちらも元から謝罪されるとは思っていない、こういう人なのだと分かっていた。


春告は業の深いことで「嫉妬でグチャグチャになった人間は可愛い」なんて悪趣味の持ち主。

かといって本人は他人に執着どころか何も期待をしないのだ。

嫉妬する様を眺めて愛でるという傲慢な男。

ただでさえ人誑しという罪もあるのだ、こういうことばかりしているといつか罰を喰らうのでは。


(さくら)姐さんが店のママなら俺はパパだし、マリのことも可愛い娘だと思ってんよ?」

「悪党ってやたらと擬似的家族を主張しますよね」




深海にはまた雪が舞い始めていた。


ああ、身を引いてやろうと思っていたのに。

息苦しさなんて障害にならず王子様は人魚姫に会いに来る。

この深海に適応する為、違う生き物になってでも。

はてさて、童話と違う物語はどんな結末を迎えるのやら。


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