第六十五話「立ち位置と、伸ばす手と、結果って話」
「すぅ〜。はぁ。すぅ〜。はぁ」
緊張だ。
恐怖と言い換えてもいいかもしれない。
肺に入る空気がいやに冷たく感じる。
俺の前にはダンジョンと外の境目がある。
運命の境界線だ。
俺たちが一歩を踏み出せば、イベントが始まる。
始まってしまう。
胃が鉛を仕込まれたように重い。
「兄貴。顔色悪いぜぇ?」
「まぁな。ちょっと分水嶺に立たされてるところだ」
「……あんたは、いつもそこに立ってんな」
軽い口調とは裏腹に険しい顔のブライト。
いつも心配ばかりですまないね。
よし、こうしてても仕方ない。
やらにゃ、わからんことでビビっても仕方ない。
なんでもまずは、やってみるもんだべ。
「グリーヴァ。ポーションはアイテムボックスに入れてあるな?」
「……ああ。入れてある」
おっと、俺の緊張が伝わっちゃったかな?
硬い表情で、素直に答えてくれる。
「よし。じゃあ、グリーヴァを残して先に俺たち三人が外に出る」
ここのイベントフラグはグリーヴァが外に出ること。
俺たちだけなら、まだ大丈夫。
「よし。じゃあ、今からグリーヴァに出てもらうが、みんなに頼みがある」
俺は祈るような気持ちで、懇願する。
「ポーションを割るな。何があっても守ってくれ。頼む」
「あいあいさー」
「了解でさぁ」
この二人は大事な時ほど軽く返事する。
俺に気負うなと言外に伝えてくれる。
「わかった。聞いてやる」
グリーヴァも文句なく聞いてくれる。
「ありがとう。それじゃ……出てくれ」
俺たち三人は何があってもいいように身構える。
そして、グリーヴァの足が最後の一歩を……踏み出す。
「なっ! アイテムボックスが!」
グリーヴァが叫ぶ。
瞬間、グリーヴァの正面から何かが飛び上がる。
それは放射状に広がり、それぞれ別の軌道を描いて落下していく。
ロトンドが動くのが見えた。
一つ軌道が大きく逸れてる。
俺が近い。
手を伸ばす。
届かない。
足を踏み出す。
届かない。
地を蹴り飛び出す。
もう落ちる。
手を伸ばす。
指先がそれに触れる。
でも届かない!
《____収_納》
俺は地面に胸を打ち付けて咳き込む。
いつの間にか目をつぶっていた俺は、瞼を開けない。
目を開ければ、終わりが見えてしまうから。
「くそ……くそっ。くそっ!」
俺は蹲ったまま両手で目を覆い隠す。
結末は変えられないのかよっ!
「クソゲーが! クソゲーがぁああ!」
俺は女神に世界に届くように叫ぶ。
「なんだよ、叫ぶから失敗したのかと思ったぜぇ」
ブライトの声がする。
「兄貴もうまくいったようで、よかったぜぇ」
……え?
今、なんて言ったんだ?
うまくいった?
目をゆっくり開ける。
「あれ? ない」
見えるのは乾いた地面だけ。
そこにあるはずの割れたポーションがない。
「なんで?」
つぶやいても、地面は乾いたままだ。
「どうしちまったんだい兄貴。いつもよりアホ面だぜぇ? 成功したんだから大喜びするところだぜぇ」
振り返ると両手にポーションを持ったブライトがいる。
その後ろにもポーションを持ったグリーヴァがいる。
ロトンドは……何も持っていない。
でも、どこにも瓶のカケラはないし、どこも地面が濡れてない。
「うまくいった……のか?」
「あぁ、全部回収。割れたポーションは無しだぜぇ」
その言葉に俺は、力が入らない足を無理やり立たせてグリーヴァたちの方へ行く。
「割れなかった……?」
「でさぁ。兄貴が二本。グリーヴァさんが二本。俺が六本でさぁ」
「六本?!」
惚けていた頭も地平線までぶっ飛ぶ驚き!
「ど、どうやってあんなもん六本もキャッチできるの?!」
ロトンドの方を揺さぶり問い詰める。
「へへ。大兄貴ぃ。スラムじゃそれくらいできないと、生きていけないんでさぁ」
なに?! スラムって超人を育てる機関なの?!
ジャグリングのプロだって無理だぞ、あの状態は!
「まぁ、実際は収納がなけりゃ、俺でも無理でさぁ」
「収納?」
収納がどうした?
「でさぁ、触れれば収納できますんで、掴む必要ないでしょう? 触るだけなら楽勝でさぁ」
得意げに鼻をこするロトンド。
あの一瞬の状況でそれを思いついたのか?
ロトンドの判断力はどうなってんだ……
「といいますか、大兄貴も収納で回収したんでしょう?」
いや、俺はそんなこと思いつきもしなかったから。
だが、俺は確認のためアイテムボックスを開く。
……あった。
「あった! あったぞ!」
ちゃんと回収できてた!
割れてない!
イベントに、強制力に勝った!
バンバンと肩を叩くと痛がるロトンド。
だが、喜ばせてほしい。
イベントの結果を変えられたんだから!
「いや、まて。落ち着け。全部が全部とは限らない。今回はファムがいないという状態だった。名付けてある二人と、特異な俺がいた。一概に結末を変えられるとは限らないから、喜んじゃダメだぞ、ちゃんと検証してから、やっほおおおおお!」
今度はブライトの肩を叩きに行くが、トゲトゲがついていたのでやめた。
グリーヴァは……やめとこう。
じゃあ、ロトンドの肩だ!
「やったあああ!」
「大兄貴。痛いんで」
「あ、はい」
ロトンドが怒ったのでこの辺りにしておこう。
「で、兄貴このポーションは、どうするんだぜぇ」
確かに。
今は割れなかったが、この先割れたら結果は変わらなかったことになるかもしれない。
まだ、イベントを打ち破ったとは言えない。
でも、どうすれば?
「おい。ポーション全部よこせ」
振り向けばグリーヴァが手に持っていたポーションを飲んでいる。
「全部飲んじまえば、割れねぇだろ。割れなきゃテメェの心配は無駄だったってこった」
もう一本のポーションを飲み干す。
「あいよ、グリーヴァさん。慌てて落とさないで欲しいぜぇ」
「ああ、気をつけるよ」
グリーヴァはブライトから慎重にポーションを受け取り、また飲み干す。
ロトンドからも同様に。
そして俺の方に手を突き出す。
「ボサっとしてんな。さっさと寄越せ」
ブスッとした顔をして、催促するグリーヴァに俺はそっとポーションを手渡す。
「くはぁ! もう本当に飲みたくねぇ!」
飲み干したポーションは、ただの瓶になる。
これで、本当にイベント撃破だ。
憂いなく、次の場所に行ける。
今回の事も色々考えなきゃいけないが、道中にでも整理しよう。
いよいよ、収納箱のグリッチを確認できる場所に行く。
「よし。それじゃあ、次の場所に向かおう」
「あいあいさー」
「でさぁ」
それぞれの返事が聞こえて___
「ちょっと待て」
グリーヴァの待ったがかかる。
「どうした?」
「……だせ」
ん? 珍しく声が小さくて聞き取れないぞ?
「なんて?」
「だから! トイレ出せって言ってんだ!」
腹を押さえて、脂汗をかいている。
……まぁ、この子ったらその辺でしないような、上品な子に育ったのね。
おっちゃんが今すぐ作ってあげるからね?
俺は急いでブロックを積み上げていく。
トイレを設置して、『小さなトイレ』完成。
「できた___」
俺を押しのけてトイレに駆け込むグリーヴァ。
……離れてあげよう。
俺たち三人はなるべくトイレから離れて、景色を堪能する。
「で? 今回は何が問題だったんだい」
ブライトが空を見上げながら聞いてくる。
「結論から言うと。ポーションが割れてたら、条件次第で村が壊滅するのも、グリーヴァが死ぬのも避けられない『役目』で、詰んでた」
「割れなかったから、回避できるってことかい?」
「ああ、断言はできないが、今やってることが無駄じゃないと証明された……多分」
「歯切れが悪いんだぜぇ」
「確証がないことは断言しないことにしてるんだ俺は」
ただしゲームに限る。
まぁ、初期村襲撃は改造MODでモンスターども駆逐できるの確認ずみだから、要塞化して守ろうとしてるんだけどね。
今回怖かったのは、モンスターを駆逐しても、住民が結果突然死するかもしれなかったからだ。
でも、ポーションの瓶は守れた。
結果が変わった。
なら、住民も守れる。
そう信じて突き進むのみだ。
「難儀だねぇ」
「難儀だよ」
何について言われたのかわからんが、全体に難儀なのでそう返した。
見渡す景色は平和なのにね。
俺たちは、わざわざ危険な場所に難儀しにいくわけだ。
だがしかし、本当に不思議だ。
___なんでポーションはアイテムボックスに収納されたんだろう?
俺はグリーヴァが出てくるまで、その謎に頭を悩ませるのであった。
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