第五十六話「カウンセリングと結論」
※本話には、精神的に追い詰められた人物の心理描写や、強い自責、喪失に関する会話が含まれます。
これらの描写が負担になる方は、無理をせず閲覧をお控えください。
内容は次話前書きで要約しますのでご安心ください。
「落ち着いた?」
マルールの言葉に、ハーブ茶を飲みながら俺は頷く。
俺は、ぼんやりと天井を眺め、今起こったことを、考える。
村長の言葉、ブライトとロトンドの態度。
意思に反した身体の過剰な反応。
そしてマルールの言葉。
これらの情報から、どうやら俺は、まずい事になっているらしい。
「俺、結構きてますか?」
念のためマルールに確認する。
「……ええ、随分と追い詰められているように見えるわ」
ふむ。ロトンドはともかく、マルールにすら気付かれるレベルか。
彼女も人の些細な変化に敏感な方だろうが、内面を悟られない自信はあったんだがな。
こうなれば認知せざるをえない。
幸いにして情報が揃っている。
今も震える手が如実に情報を伝えてきている。
なら___分析だ。
客観的に事実を確認し、解決の糸口を見つける、それが俺のアルゴリズム。
グリーヴァにも教えた前世からの貴重な経験則だ。
そう考えたところで、めまいを覚える。
彼の拒絶の表情が脳をよぎる。
手に汗が滲むのを感じる。
俺はそれを他人事のように、事実としてだけ脳のメモ帳に書き出す。
「それでは、自分でも整理をしていきたいので、お話を聞いてもらっても?」
原因は明白だが、折角マルールが相談に乗ってくれるというのだ。
角度の違う知見を得るためにも話してみよう。
「ええ、ぜひ聞かせてちょうだい」
真剣な顔で頷くマルール。
親身になって話を聞こうという姿勢がうかがえる。
マルールもこうやって、誰かに相談をしたのかもしれないな。
ゲームや設定資料集では得られない情報だ。
「さて、何から始めたものやら」
俺は腕を組んで天井を見上げる。
転生については論外だ。
彼女に拒まれるかもと考えただけで、震えと動悸が強くなる。
「順番は気にしないで、思ったことを話して?」
優しい声音で、語りかけてくる彼女に安心感を覚えるとともに、身体の異変は大きくなる。
「どうやら、人から拒絶されることに恐怖を覚えているようですね」
俺は率直に自分が出した結論を告げる。
マルールは少し考えたあとに聞いてくる。
「何か思い当たることはある?」
あくまでも優しい彼女の声。
だが、頭の中ではグリーヴァとファムの事がフラッシュバックし、呼吸も荒くなる。
俺は目を瞑りながら答える。
「ありますね」
暗闇の奥からマルールの声が聞こえる。
「話しづらい事?」
___話すって何を?
いや、何を考える事がある。
話すのは思い当たる事だ。
「ちょっと待ってくださいね。考えますから」
答えられることは何か、話したらどうなってしまうのか、情報を取捨選択しようと思考を回す。
「ゆっくりでいいから。話したくないならそう言ってね?」
正直に言えば話したくない。
だが、俺はこのまま抱え込んでいても、改善の糸口は見つからないと分析した。
だから、話す。
「そうですね。話します。なんだろうな。大切な人の大切なものを奪ってしまったというのが正しいのかな?」
直接の原因はこれだ。
俺が転生したのが悪い。
マルールは俺の答えにゆっくりと聞いてくる。
「それが、あなたが思う原因?」
「ええ、当然のことだとは思いますよ。拒絶するのも当たり前だ。取り返しがつかないんだから。彼らにはその権利がある」
俺は一息に、当たり前のことをマルールに教える。
こんなの、誰だってそうなるんだから。
「シヤ君は取り返しがつかないことだと思っているのね?」
マルールが優しく聞いてくるが、俺は頭に血が上り叫ぶ。
「当たり前だ! 失った奴はもう戻ってこない! 取り返すことなんてできない!」
俺は自分の膝を何度も叩きながらマルールに問う。
「どうやったら、取り返せるんだ! やり方があるなら教えてくれよ! なんでもするからさぁ!」
怒鳴るように問い詰める俺に、マルールはあくまで冷静に、優しく言ってくる。
「シヤ君。手、止めよう? ね?」
言われて何度も叩いた膝と手がジンジンしているのに気づく。
俺は目を瞑り、鼻から息を吸って口から吐くを繰り返す。
「ふぅ〜。すいません取り乱しました」
まさか俺が感情のままに怒鳴る、クレーマーみたいなことをするとはな。
厄介だなこれ。
治んないかなこれ。
イライラと頭を掻く。
「ううん。大丈夫。平気だから。痛いことだけしないようにしよう? ね?」
慈しみの笑みという言葉がぴったりの表情でマルールが言ってくる。
「いや、お恥ずかしい。まるで子供のようでした」
俺は自嘲し肩をすくめる。
「それくらい苦しかったのかもね?」
苦しい。
辛い。
悲しい。
大人が認めるには、なかなか難しい事だ。
社会人には特に、そう感じたら負けみたいなところあるからな。
まぁ、相談に来てるんだ勝ち負けは気にせずに行こう。
「まぁ、苦しいですし、多分、辛いですね」
自分では大丈夫だと思うんだけどね。
客観的なデータがそれを否定する。
深く椅子の背もたれに寄りかかった俺に、マルールは少し間を置いて聞いてくる。
「じゃあ、どうしたら今より楽になると思う?」
その問いかけに真っ先に浮かんだのは、楽になっていいのかだった。
そう思った瞬間、俺は急速に理性にすがる。
___俺が望んだ事じゃない。
___女神が勝手にやったことだ
___俺は何もしていない!
理屈を並べ立て、言い訳を並べ立て、俺は悪くない!
そう心の中で叫ぶ。
そうして理屈にしがみつかないと、思考がどんどん悪い方向にいってしまいそうだったからだ。
「シヤ君? 休憩する?」
心配そうにマルールが覗き込んでいる。
「いえ、大丈夫です。どうしたら楽になるかでしたか」
改めて考えてみる。
「辛いのは、拒絶されたからで、受け入れられたら、楽になるんじゃないですかね? 無理でしょうけど」
単純な分析だ。
二人の幼馴染に拒絶されたから、他の人に拒絶されるのが怖い。
シヤを奪った異物として、恐怖されて拒絶されるのが怖い。
そして、俺にはシヤを戻す手段はなく、シヤがいなくなったのは俺の意思ではない。
「ねぇ、シヤ君。一つ質問してもいいかしら?」
「どうぞ、お答えしますよ」
それでこれが治るきっかけになるのならば。
「さっき大事なものを奪ってしまったって言ったけれど、聞いても大丈夫な話?」
慎重にゆっくりと聞いてくるマルールの気遣いを感じる。
だが、そう問われて、答えると言ったばかりの俺は言い淀む。
転生の話はしたくない。
マルールに人に乗り移った化け物だと思われたくない。
だが、ここをはぐらかしても話は進まないと思う。
俺は手を握ったり開いたりしながら、どう話すかを考える。
「……なんていうか。言い方があってるかわからないですけど、俺が原因で人がいなくなって、でも、それは俺の意思や行動の結果じゃなくて。でも、原因はやっぱり俺で」
熟考の末俺が選んだのは、俺が悪く聞こえないように答えるという逃げだった。
ダメだった、どうしても俺がシヤを消したとは言えなかった。
その罪悪感から俺は頭を抱えてテーブルに突っ伏す。
結局は我が身可愛さが勝ったのだ。
「それって、シヤ君には止めようがなかったって事でいい?」
マルールの質問に俺は顔をあげる。
「その質問の仕方なら、そうです。俺にできることはなかった」
この転生に俺の意思は介在していない。
そもそも、俺が死んだからここに来たのかも分からない。
俺は死んだのか?
それすらも分からない。
俺が目を伏せているとマルールが静かに語り出した。
「私もね、大切な人を二人亡くしているの」
その発言に俺は顔をあげる。
憂いを帯びたマルールの顔。
「最初は16のとき。子供の頃から好きあってた人と結婚したの」
その話なら知っている。
ゲームの設定でだが。
だが、どんな背景があったかは知らない。
「昔から、運の悪い人だった。でも、結婚してからはどんどんそれが酷くなって」
彼女は一度息を吸い込む。
「最期は馬車の車輪にスカーフが絡まって、死んじゃった」
彼女は泣きそうな笑顔で言う。
「そんなことある? 運が悪いなんてものじゃないでしょう?」
そう言って冷め切ったハーブ茶を口に含む。
「それから、この村では馬車を使わなくなった」
そうだったのか。
エーアストでは馬車をたくさん見かけたが、村にないのはそういう理由だったのか。
ゲームで配置されていないからだと思っていたが、やはりきちんと過去があって理由があるんだな。
「それから、勿体ないことに私に好意を向けてくれる男性は何人かいたわ」
勿体無いのはマルールであって、男どもの好意ではない。
「でも、みんな不幸が続くの。私と親しくなるにつれてね」
親しくなるにつれの部分に興味があるが、ゲームの設定の通りだ。
「そのうち、男性は私を避ける様になった。私もそれでいいと思ってた」
そう語る彼女の顔に変化はない。
どういう心境なのかも読み取れない。
「そんなときに出会ったのが二人目の夫。最初は私も距離を置いていたのだけれど、私と一緒にいられるなら、運が悪くなるくらい、なんて事ないって」
少し嬉しそうにする彼女の脳裏にはその時が浮かんでいるのだろうか。
「私も彼の熱烈なアタックに根負けしちゃった。私も一緒にいたいなって思ったの」
そう言う彼女の顔が悲痛なものに変わる。
「思ってしまったの」
彼女は両手で顔を覆う。
「それからどんどん彼に不幸が訪れる様になって、大きな怪我もする様になって」
どんな気持ちだったのだろう。
ゲームの説明では、呪いで夫を二人亡くしているの一行で片付けられる彼女の思いは、いかほどのものだったのだろうか?
「何度も別れようとした。でも、彼はそっちの方が不幸だって」
そいつの気持ちは、わかる気がする。
好きな人と離れなければならない不幸は、今の俺にはよくわかる。
好きの種類は違うが。
「今でも思い出せる。彼が自分は不幸なんかじゃないって証明して見せるって言いながら家を出て行った時の顔を」
ドアのある方を見つめながら目を細めるマルール。
確か、二人目の旦那さんは冒険者だったか。
冒険中に亡くなった程度なら知っている。
「街の近くでレアドロップを落とすモンスターを、集団で狩る仕事だった。狩りもうまく行って、レアドロップも落ちたらしいわ。でも彼は、モンスターが最後に投げた石に当たって死んじゃった。ヘルムもつけてたのにね?」
おかしいでしょう? と俺に泣き笑いの様な顔で問いかけてくる。
「ここまできたら、いやでも気づくわよね。私が原因だって」
真実を知る俺は何も答えられない。
「村の人が私をなんて呼んでるか知ってる?」
知っている。
死神だ。
「知ってるわよね。あれ本当は死神じゃなくて、死神の呪い憑きが最初だったの。それが最終的に死神になったのよ」
彼女は自嘲的な笑みを浮かべる。
「でも、死神の方が相応しいと思わない? 私と一緒になると死んじゃうんだから」
「死神は……人を選ばない」
「え……?」
自然と言葉が口をついて出ていた。
「死神は等しく全てに死を与える。その名前は貴女に相応しくない」
俺は彼女の目を見ながら言う。
「少なくとも、俺の相談に乗ってくれている優しい貴女の前にいる男は死んでいない。故に貴女は死神ではない。証明終了」
マルールは目をぱちくりさせてから上品に笑う。
「じゃあ、どんな名前が相応しいかしら?」
楽しそうに聞いてくる彼女に俺は良い案がないか考える。
真っ先に浮かんだのは下げマンだが、品がなさすぎて即追い出される。
うーんうーん。と悩んだ末に直球で行くことにした。
「アンラッキーガール?」
「……センスがない。私の人生をアンラッキーで片付けられるのはちょっと」
「はい。すいません」
渋い顔をするマルールと肩を落として、謝る俺。
なんの話をしていたのだったか?
「んんっ。話を戻すと、私も私には止めようもないことで、大切な人を亡くしたってこと」
真剣な顔に戻るマルール。
「でも、だからって同じだって言うつもりじゃないの。でも、自分が原因で大切な人が戻らないっていう感覚なら、少しわかるから」
そうか___彼女も俺と同じ苦しみを味わってきたのか。
自分のせいじゃない、でも自分が原因で人が失われる。
彼女が失ったのは愛した人。
俺のせいでいなくなったかもしれない、よく知らないシヤという少年と、俺自身が失った、生きている幼馴染二人。
彼女は同じではないと言ったが、共通点は多い。
そして彼女は、それでも俺を心配して相談に乗ってくれている。
もちろん完全に傷も後悔も消えはしないだろう。
だが、今この瞬間の俺よりは健全そうに見える。
これは、明確な比較対象と言えるだろう。
「ありがとうございます。さっきの質問の答え、少し変えさせてもらおうと思います」
俺は笑顔を浮かべて言う。
「さっきの質問?」
彼女は首を傾げる。
「どうすれば楽になるか」
「思いついた?」
彼女は我が事のように笑顔を浮かべる。
俺もさらに笑顔で返す。
「はい。私とマルールさんは共通点があり、しかしながら、その症状に差異が見受けられるので、定期的に観察と解析、分析をさせてもらってから、解答を出そうと思います」
マルールは理解が追いつかないのかキョトンとしている。
「要約すると、定期的に本日のような食事会を含めた、相談をお願いしたいと言うことです」
マルールは一瞬何かを言いかけた後、小さく食事会と呟く。
それを見て、俺は微笑ましい気分になる。
___情報収集と分析が完了した。
次は計画と行動だ。
それが俺のアルゴリズム。
俺に必要なのは拒絶されない特別な方法ではない。
マルールの様に失っても立ち直る方法だ。
それを見つけ出す。
そして時が来たらそれを実行する。
怯えてもいい、恐怖してもいい。
だが、それが進めない理由にはならないのは、目の前で葛藤している女神いや、女神超え女神が体現している。
そしていつか、彼女の苦しみも救ってみせよう。
俺は自分の指に嵌められた呪いよけの指輪を見て思った。
とりあえず、マルールの了承を得たら、マルール宅訪問をリマインドして、明日の予定を考える。
壁ができたら、アレを仕掛けたいんだよなぁ。
お読みいただきまして誠にありがとうございます!
鬱の私はこの話をINMU KINGを鬼リピしながら書きました。
やっぱメシアなんだってはっきりわかんだね。
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