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第五十五話「作るものと、作り物と、在るものとって話」

 

「こういうときは女のところに行け」


 ブライトにそう告げられた俺は、今マルールの家の前まで来ている。


 下を向いて服に変なところがないか、チェックしてから髪を整える。


 それから念のため周りを見回してから、アイテムボックスの手料理を取り出す。


 どうやって運んできたのか疑問に思われないために、ルームサービスワゴンを参考に手作りしたワゴンも持参した。


 タイヤ部分はど素人が作れるようなものではないので、タルの蓋を重ねてくっつけるという創意工夫が俺の中で自慢ポイント。


 ここまでしてまでマルールに会いにいく必要があるのかと、ブライトとロトンドに問いかけたが、二人とも頑として譲らなかった。


 二人がそこまでいうのならと、昨日の晩の間に準備を進めたのだ。


「ふぅ〜」


 俺は深呼吸しながらドアをノックする。


「はい。どなたですか?」


 すぐに返事が返ってくる。


 その声を聞いて俺は胃の辺りの重さが和らぐのを感じる。


 嬉しいとも違う。


 これは___安心しているのか?


 俺は自己分析を開始しようとする脳みそを宥めて、営業モードに移行する。


「こんにちは、シヤです。今、お時間よろしいでしょうか?」


 誰に対しても安心感を与えるトーンで、聞き取りやすいテンポを心がけた発声。


 前世で取得した接客スキルの一つだ。


「シヤ君? ちょっとまってね」


 トタトタと小走り気味にこちらへ向かってくる音がする。


 なんか……可愛いな。


 そんな事を思っていると、扉が開きマルールが顔を見せる。


「どうしたの? お仕事の話?」


 首を傾げながら聞いてくるマルールを、抱きしめないように注意しながら料理を指差す。


「いえ、今日は日頃のお礼と前回立食パーティーに出席されていなかったようなので、料理を味わってもらおうかと持参しました」


 普通に遊びにきたと言っても、彼女は困ってしまうだろう。


 彼女はなるべく他の人間との接触を避けているから。


 ゆえに、ここにくる理由を知恵を絞って考えた。


 それが目の前にある素敵な手料理の数々である。


「え? 料理? 突然……なんで?」


 確かに立食パーティからしばらくが過ぎてからの訪問。


 彼女が困惑するのも当然だが、俺が自然に彼女に会うきっかけはこれくらいしか思いつかなかったのだ。


 ちなみにブライトとロトンドは、「知らん」と言って考えてくれなかった。


 無責任だと思います。


「すいません、本当はもっと早くにお伺いする予定だったのですが、立て込んでおりまして。もしかして、ご迷惑でしたか?」


 念のため彼女の都合を確認する。


 本当はアポを取ってからにすべきだったが、ブライトが絶対に今日行けというので仕方ない。


 しかも、心優しい彼女がNOと言い出しづらい聞き方で、我ながらいやらしいやり口だ。


 でも実際にはいやらしい事をしないので健全だ。


「迷惑なことはないけど……料理」


 少なからず罪悪感を覚えていた俺だが、彼女の目は料理をロックオンして離さない。


 どうやら杞憂で済みそうだ。


 そして真剣な彼女の顔も魅力的だ。


 前屈みになっているのもいい。


 重力が味方してくれる部分があるから。


「ええ、しかも今回は皆にお出ししたものより、より進化した特別バージョンになっています」


「特別バージョン……」


 マルールは意識しているのかいないのか、ドアから一歩踏み出して料理に近づく。


 ……料理に食いつきすぎでは?


 俺のスマイルも特別バージョンですよ?


 なんだか、モヤモヤする胸の内を隠しプレゼンを続ける。


「マルールさんは、料理に明るいようですので、是非とも評価などをいただければと」


 彼女でなければならない理由も提示しつつ、彼女には食べ物に釣られたわけではないという言い訳も用意する。


 しかも、評価となれば俺が一緒にいる理由にもなる。


 悪知恵が働くことではちょっとしたものだぜ?


 しかし、彼女からの返答はなかなか返ってこない。


 悩んでいるのかと表情をうかがうが、ただただ料理を凝視している。


 試しにワゴンを入口の方へ動かせば、彼女の視線も同時に動く。


 ちょっと、後ろに下げれば、また一緒に動く。


 ……ゲームでは料理好きという設定だったが、本当は食いしん坊キャラだったのか?


 設定資料集にも料理が好きとしか書かれていなかったはずだ。


 いや、そういえば食事イベントには必ずいたような……


 もしかして、このままワゴンを家まで移動させれば、この可愛い生き物を持って帰れるのではないだろうか?


 俺がゲーム知識を掘り起こしていると、咳払いが聞こえてくる。


「んんっ。評価ということは、これもお仕事の一環ですね。なら、私でよければお力になりましょう。ええ、なりましょうとも」


 メガネをクイっとしながら、お澄まし顔で取り繕う彼女の顔も可愛い。


 彼女は中指真ん中クイッと派なんだな。


 耳のこめかみのところクイッとはと二分する巨大派閥の一旦だ。


 しかしゲームでは陰のある美人。


 攻略後も包容力のあるお姉さんのイメージが強かったマルールだが、こうして見れば、可愛らしい女性だったんだな。


 そう見えるのは、現実世界になったからなのか、はたまた惚れた女だからなのか。


 いずれ検証してみよう。


「ありがとうございます。早速中へお運びしても?」


 内心をおくびにも出さずに笑顔で答える。


「ええ。運ぶとしましょう。そうしましょう」


 何度も頷きながら、冷静を装っているがジリジリと料理に近づいてきている。


 メガネもズレていっているのに気にもしていない。


 ……彼女の新しい一面を知れて嬉しい事にしよう。


 俺はワゴンから料理を取ると中に入れてもらう。


 今回は俺がホストなのだが、マルールは自分でも料理を並べ始める。


 その途中で彼女が不思議そうな顔をする。


「あら? このスープ温かい?」


「……それがなにか変ですか?」


 ___何かしくじったか?


 内心で焦る俺を他所に彼女は軽く答える。


「いえ、シヤ君の家からここまで遠いのに、随分あったかいなって思っただけ。温め直したのでしょう?」


「あぁ、これは温かいうちに食べていただくのが重要ですので急ぎました」


 どうやら、何かがバレたわけではないらしい。


 俺は内心胸を撫で下ろしながら、料理をディナーのように並べ直す。


 カトラリーの類も、鉄で作った新作だ。


 これで、この村で鉄のカトラリーを所持しているのは、マルールだけということになる。


「では、本日の料理をご紹介いたします。説明した順番でお召し上がり下されば幸いです」


 俺は気取った高級レストランのウェイターになったつもりで、スープをマルールの前に出す。


 なんか腕にかけてる白い布も再現済みだ。


 何に使うのか知らんけど。


「こちらは、かぼちゃと玉ねぎをじっくり煮込みましたスープ。香辛料を少量加え、かぼちゃの甘みを引き立てております」


 未だ湯気のたっているそれを見て、マルールが唾を飲み込むのがわかる。


 既に香りだけでわかっているのだろう美味いと(・・・・)。


 マルールはスプーンを手に取り、ゆっくりとそれを掬う。


 口に含む前に、香りを楽しむかのように顔の前でくゆらせ笑顔をこぼす。


 そして、口にそれを含むと、目を大きく見開き、呻き声を発して嚥下する。


「こ、これは。甘い! いえ、ただ甘いだけじゃないわ。玉ねぎ。玉ねぎの旨みがかぼちゃの甘味を支えているんだわ! そこへ抜けていくこの香り。これが香辛料? 飲めば飲むほど味が深くなっていくっ」


 ……評価してくれとは言ったけど、なんか思ってたのと違う。


 怒涛のマシンガンご評価。


 ラップバトルに参加のご予定でしょうか?


 そう言えば、この前のキャベツのときも美味しんぼしてたっけ。


 俺が眺める間にも彼女は、どんどんスープを飲み干していく。


 そしてスープを飲み切るとパンで皿を拭うようにしてそれを口に運ぶ。


 うん。美味しくいただいてくれるなら、それでいいと思う。


「次は、どれをいただけばいいのかしら?」


 マルールがキラキラとした目で俺を見上げてくる。


 いつか、そんな眼差しを向けてもらいたいな。


 恋愛的な意味で。


 しかし、本日はホストとして徹しよう。


 一番さん次の料理入りまーす!


「続きまして、こちらが野菜の詰め焼きでございます。刻んだ玉ねぎ、にんじん、キャベツを炒め、野菜の中へ詰めて焼き上げております」


 こいつはちょっとした変わり種。


 玉ねぎを器にして香辛料とニンニクで炒めた野菜を入れている。


 なかなかにオシャンな料理だ。


 我ながらよくできていると思う、なんか手間暇かけたからな。


 おもてなしぃ! って感じだ。


 マルールはというと両手にナイフとフォークを持って、香りを楽しんでいる。


 臭いから入るのって本格派なのかな。


 ソムリエもなんか匂い嗅ぐよね。


 そしてひとしきり香りを楽しんだ彼女は、意を決したようにナイフを入れる。


 真剣な表情で野菜たちをフォークに突き刺す。

 全部まとめて一緒にに食べられるようにだろう。


 吟味しながら刺していく。


 フォークの先で野菜が勢揃いして、彼女はそれを口に運ぶ。


 ちょっと大きめにお口を開けたのが芸術点高しです。


「なに? なんなのこれは?! 外側の野菜は香ばしい。なのに中からは別の野菜の甘味と食感が変わるがわるやってくる! 一体この一皿に幾つの旨みがあるというの?!」


 五月雨式ご評価いただきました。


 驚いた顔をしながら、それでも手を止めない彼女を見て俺は思う。


 そんなにポンポン言葉が出るもんかね?


 俺も職業柄、語彙は多い方と自負しているが、こうはいかないぞ?


 なんか負けた気がしながら、彼女が食べ終わるのを待つ。


 食べ終わった彼女は、ふぅと一息つくと無言で俺を見上げてくる。


 可愛い。


 可愛いけど、俺に向けられたものじゃないんだよなぁ。


 俺は次なる皿に嫉妬の眼差しを向けながら、マルールに提供する。


「こちらがキャベツのステーキでございます。厚めに切ったものを焼き上げ、塩、胡椒、香辛料で味を整えております」


「キャベツ? 以前もシヤ君の家でいただいたけれど、それを焼いただけ?」


 既にキャベツを食したことがあるマルールの懐疑的な目線。


 もう、美食家じゃん。


 この後驚いて手のひら返すフラグ全開じゃん。


 もうそれなら、俺もウェイター(究極の美食家)の役をまっとうしよう。


「ふふふ。どうぞお召し上がりください」


 意味ありげな笑みを意図的に浮かべ、皿を指し示す。


 しかし、少しがっかりしたようにナイフをキャベツに入れるマルール。


 ……もう、趣旨が変わっているでしょ。


 前の料理をどう上回るかを楽しんでるでしょう?


 だが、まぁそれでもいいよ。


 どうせ上回る(・・・)から。


 キャベツを口に含み噛み締めると、今日一番の驚きの表情が浮かぶ。


「これがあのキャベツ? 前と全然違う。あのキャベツが焼いただけで、こうも変わるの?! 焦げ目の香ばしさと、芯の瑞々しさ……同じ野菜とは思えないわ!」


「これが香辛料の力ですよ」


 俺は不敵に片方の口角を上げる。


 それっぽいことを言いたくなったのだ。


「香辛料……」


 マルールは空になった皿を見ながら呟く。


「香辛料ってのは味を足すのではありません。素材が持っている味を、前に引っ張り出すんです」


 知らんけど。


「さぁ、料理はまだ続きますよ。次はこちらです」


 俺は空になった皿を下げ、新しい料理をマルールの前に置く。


 下げられる皿を、マルールが目で追っていたのは、彼女の名誉のために見なかったことにしておく。


「こちらは焼き野菜のマリネでございます。軽く焼いた野菜を、油と塩、香辛料で和え、味を馴染ませております」


「また、焼いた野菜? 見た目は先ほどより華やかだけれど」


 マルールは焼き野菜と聞いて、一瞬眉を顰める。


 だがすぐに笑顔をこちらに向けて言う。


「でもきっとこれも、驚かされるんでしょう?」


 それを望むかのように言うマルール。


 望まれてぇ。


 俺も望まれてぇ。


 そのためにも今をやり遂げなければ。


「まずは一口お召し上がりください」


 俺は笑顔と共に答える。


 サクッという音ともにフォークに刺さる野菜。


 それを口に運ぶマルール。


「え? 冷めてる? ……いえ、なのに味がぼやけていない。むしろ焼いた香ばしさと香辛料の香りが、噛むたびに強くなる!」


 マルールは説明を求めるように俺の顔を見てくる。


 ふ。そのリアクション。


 俺の美食家としての返答をお待ちと見える。


「冷めたのではございません。味を馴染ませるため、あえて待ったのでございます」


『寝かす』という工程をそれっぽく言ってみた。みた。


 なんかもう、俺ウェイターじゃなくてシェフの位置じゃんね?


 作り方説明しちゃってんじゃんね?


「あえて待つ……! そんな方法があるのね」


 青天の霹靂といった顔をしているマルールだが、こっちも驚きのリアクションですからね?


 待つくらいあるでしょ、あ、料理できないから、そういうことも知らんのか。


 なら仕方ないね。


 しかし、名残惜しいが、この料理番組も次で最後だ。


 締めの料理をマルールの前に出す。


「本日最後の料理、にんじんの香草焼きでございます。表面を香ばしく焼き、甘みを引き出しております」


「最後……」


 マルールの名残惜しさと寂しそうな顔。


 デートの別れ際にされたら、お泊まりコースまっしぐらだ。


 向けられてるのは料理だけど。


 俺は敗北者だ……食い物に負ける負け犬だ……


「甘い! さっきのキャベツとは別の甘さだわ! 噛めば噛むほどに甘い! しかも香辛料の香りが後からやってきて、口の中をさっぱりさせる……!」


 最後の一欠片まで食したマルールは満足そうにため息をつくと、恍惚とした表情を浮かべる。


 うほっふ。


 えっど。


 俺が一瞬そんなことを考えると、マルールがこちらを振り向く。


 それまでの顔は消え去り、真顔に近い表情が一瞬見える。


 だが俺は、その刹那に彼女の前にハーブティーを用意する。


「こちら食後のお茶でございます。お口の中がサッパリいたしますよ?」


 俺が笑顔で言うと、マルールは不思議そうに首を傾げてお茶を手に取る。


 あぶねぇ。なんとか誤魔化せた。


 女性は視線に敏感なんだ。


 迂闊で不埒な目線は御法度だぜ。


「今日はありがとう。とても美味しかった。食べることが楽しいのは久しぶりだったわ」


 笑顔で答えるマルール。


 その笑顔を見て俺の中で何かが溶けていく気がした。


 少なくともこの人は、俺の作ったものを喜んでくれた。


 それだけでも、報われる気がしたのだ。


 そんな感傷に浸っていると、マルールがイタズラを思いついたような表情で口を開く。


「だからお礼にお姉さんが、相談に乗ってあげる」


「え?」


 突然の言葉に理解が追いつかない。


 相談て言ったって、恋愛相談くらいしか___


「その顔」


 瞬間、心臓を強く握りつぶされたように息ができなくなる。


 ___『その顔』


 怯えた少女の顔がチラつく。


 俺は胸を押さえて、無理やり息を吸い込む。


 浅く吐いて、吸って、吸って吸う。


「大丈夫?!」


 マルールが立ち上がり、俺の背をさすってくれる。


「真っ青じゃない! とにかく座って!」


 いつの間にか、つぶっていた瞼の裏がチカチカと瞬いている。


「できるだけ息を長く吐いて!」


 マルールの声に俺は息を吐こうとするが上手くいかない。


 鼓膜のすぐ横で、心臓が暴れて脈打っているようにドクドクと音がする。


「シヤ君!」


 マルールが俺を呼ぶと共に、頭が柔らかい何かに包まれる。


「吸わなくて大丈夫だから、一緒にゆっくり息を吐こう?」


 頭の上で息を吐く音が聞こえる。


 俺は柔らかさを感じながらも、聞こえてくる呼吸に合わせるように息を吐く。


 しばらく、そうしているうちに、暴れる心臓も、言うことを聞かない肺も、瞼の裏のチカチカもどっかに行った。


 残ったのは頭を包む柔らかさと、そこから聞こえてくる静かな鼓動だけだった。


「もう、大丈夫そう?」


 ゆっくりと目の前が明るくなる。


 目を開ければ目の前にマルールの胸があった。


 顔を上げれば心配そうなマルールの顔があった。


 そして目が合う。


「……村長は何をしてたのかしら。こんなになるまで放っておくなんて」


 マルールは眉を顰めて文句を言っている。


「私だって一人で立ち直ったわけじゃないのに」


 どうやら怒っているようだ。


 マルールは俺の目をじっと見つめてくる。


「シヤ君。自分がちょっと困っているくらいに思っているでしょう?」


 なんのことだろうか?


「全然違う。失って、怯えて、怖がっている。前よりずっと酷くなってる」


 ___失う?


 失ったのは他の奴らで___


「言ったでしょう、ずっと見てきた顔だって」


 マルールが俺の顔を両手で挟んで、顔を近づけてくる。


 目と目の距離が近づく。


「私に話しなさい。私ならわかってあげられるから」


 そう言って、マルールは俺の額に自分の額を当ててきたのだった。

お読みいただきまして誠にありがとうございます!


私は、ざる蕎麦を食べるたびに、雄山がネギを投げるシーンが頭をよぎります。


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