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第五十二話「頼みと、願いと、消失とって話」

 

「はいお疲れ様でーす」


 俺は今日の分のパンを労働者の皆さんに配っている。


 草原から戻ったらもう終業時間だったのだ。


 ブライトとロトンドには悪いことをしてしまった。


 謝ったが、しばらく見つめられて気にするなと言われた。


 多分、気を使われたな。


 隣で一緒にパンを配っているブライトとロトンドに目をやる。


 住民と軽い雑談を交わしながら手際よく配っている。


 随分打ち解けたんだな。


 いいことだ。


 人と仲良くするのは。


 チラリと目線を順番待ちの列に動かせば、ブライトの列に赤髪が見える。


「ブライト、グリーヴァの番が来たら俺と変わってくれ」


「おう。わかったぜぇ」


 特に理由も聞かず二つ返事で引き受けてくれるブライト。


 こういうところだよな、人気の秘訣ってのは。


 俺も人気を得るため、目の前の男に笑顔でパンを配る。


「さぁ、こちら我が村特製のパンでございます。存分にご賞味ください」


「なんだ? 真人間に戻ったのか?」


 誰が無法者だ。


 俺は男にパンを投げて渡し手でシッシと追い払う。


「戻ってなかったわ」


 笑いながら去ってく男。


 俺は元からこんなだよ、失礼しちゃうわ。


 しかし今の男は独身なので一個。


 家族がいる人には人数分を配っているが、不満は出ていない。


 どいつもこいつも嬉しそうにパンを受け取っている。


 日本だったら不公平だーとか言われるはずだ。


 俺は接客業だから知ってるんだ。


「兄貴ぃ。きたぜぇ」


 ブライトの方を見ればグリーヴァの順番が来たようだ。


 俺の顔を見るや嫌そうな顔をする。


 俺が近づくと、それはますます顕著になる。


「なぁ、グリーヴァこのあと話があるからお前んち行くわ」


 あからさまに拒絶をされているが、こればっかりはな。


 話しておかにゃならんだろう。


「……仕事の話だろうな?」


 睨みつけながら聞いてくるのが、そこが彼の妥協点なんだろう。


 しかし、ご期待には添えない。


「いや、仕事の話じゃない」


「じゃぁ、話すことなんかねぇ」


 歯を剥いて威嚇するグリーヴァ。


 でも、聞いてもらわねばならない。


「ファムの事だ」


 ファムの名が出た途端グリーヴァは驚いた顔をしたが、すぐにそれは憤怒に変わり俺の胸ぐらを掴んできた。


「てめぇ! ファムにも何かしやがったのか!」


 突然の怒声に周りはざわめくが、俺は静かに答える。


「危害は加えてない。ただ問題が発生しただけだ」


 俺の言葉を聞いても、グリーヴァはまだ俺を睨んでいる。


「俺がファムに何かすると思うか?」


 俺は逆に質問する。


 質問されると、冷静になる。


 クレーム対策の一つだ。


 彼の怒りも理解できる。


 だが、今回は申し訳ないが俺の都合を優先させてもらう。


「ぐぅ!」


 彼は俺の胸ぐらを更に強く締め上げながら唸り声をあげる。


 彼は今いったい何を考えているのだろうか?


 俺には彼の怒りだけしかわからない。


 しばらくして彼なりの答えが出たのか、グリーヴァは俺を突き飛ばすように手を離す。


「今回だけだ」


 そう言うと踵を返し去っていく。


 その背中を見て未来の彼を思い浮かべる。


 正しいことを選べずに破滅へと向かう彼。


 でも今は大事なものを選べるようになっている。


「俺がおらんでも、大丈夫かもしれんね」


 俺は襟元を正して残りの奴らにパンを配るべく元の位置に戻る。


 パンを手渡そうとするも相手は手をあげない。


 不審に思って顔を上げると、渋い顔をした男が腕を組んでいる。


「いらんのか? パン」


 今はクレームは受け付けたくない気分なんだが。


 そんな俺の思いとは裏腹に、男は俺を叱るように言ってくる。


「おいシヤ。まさかお前ファムちゃん相手になんかしたのか?」


 野次馬冷やかしお断りなんだがね。


「してねぇよ」


 俺がパンを腕の間に捩じ込もうとすると、それを避けてなおも問い詰めてくる。


「まさか、強引に不埒なことをしたんじゃないのか」


「俺が子供にそんなことをしたら、この首切り落としてくれて構わないよ」


 俺はアイテムボックスから鉄の剣を取り出し、柄を相手に向ける。


 男は俺の目をじっと見て一つ頷くと剣を押し返してくる。


「外道に落ちたやつの顔じゃないな。おい! 大丈夫そうだ!」


 勝手に納得して後ろの連中に大声で報告している。


 今の今まで辺りがしんとしていたのが、嘘のようにガヤガヤと騒がしくなった。


「じゃあ、痴話喧嘩か? 三角関係? それともまさか、同意の上で……」


 今度は確実に野次馬根性を見せる男に俺は鉄の剣の先を向ける。


「パンは……切ってやった方がいいか?」


「へへへ。そのままでいいかなぁ?」


 鼻先の剣を見つめながら引き攣った笑顔を浮かべる男。


 俺は剣を引っ込みパンを押し付ける。


 そして俺は男の後ろにいる有象無象に投げかける。


「切って欲しいやつは言ってくれよな! もしかしたら切るところを、ちょっぴり間違えちまうかもしれないが!」


 再び辺りが静まりかえる。


 ふん。


 どうやら人気は取れなかったようだ。


「ブライト、ロトンド度々悪いが後を頼む」


「あいよぉ」


「でさぁ」


 二人は文句を言うことなく引き受けてくれた。


 ありがたく思いながらその場を離れる。


 だが今は感謝よりイラつきの念が勝る。


 ___ずかずか入ってくんじゃねぇよ。


 頭ではわかってる。


 小さな村だから、お互いに心配したりされたりするのは。


 だが、俺(・)の何がわかる。


 そこまで考えて頭を振る。


 これからグリーヴァと話すのだ、俺が冷静でなければならない。


 俺は深呼吸しながら、村長宅までの道のりをゆっくりと進む。


 村が近づき、家々から溢れる光が、そこに人が生活している事を示している。


 俺はしばらくそれを見つめてから、村長宅に向かった。


 村長宅につきドアを三回ノック。


 返事が来るのを待つ。


「あいとるよ」


 ジジイの声に俺はドアを開ける。


「む? シヤか? お前がまともに入ってくるとは一体?」


 俺の姿を見て驚く村長。


 その少し離れたところにグリーヴァが、少し背をこちらに見せて座っている。


 彼なりの意思表示なのかもしれない。


「今日はグリーヴァと村長に相談があってきた」


「ワシと……グリーヴァ?」


 訝しげに髭を扱きながら俺とグリーヴァを見比べるジジイ。


「ふむ。とりあえず座れ。詳しく聞こう」


 俺は村長に促され座る。


「先にジジイに言っておこう、グリーヴァは俺がシヤじゃないことを知っている」


 村長は一瞬驚いた顔をするが、すぐに納得したように頷いた。


「なるほど。それで最近のグリーヴァの態度というわけか」


「ッ! 爺さん知ってたのかよ! こいつがシヤに成り代わってるって! こいつがシヤ殺したって!」


 グリーヴァは村長に掴みかからんばかりに詰め寄る。


「殺した? 何を言っておる。シヤどういうことだ?」


 村長はグリーヴァを手で制しながら聞いてくる。


「そうだな、村長にはシヤはもう死んでいたと言ったが、本当のことを言うとな、わからないんだ」


「わからない?」


 村長の目がすっと細められる。


「あぁ、俺は気づいたらシヤだった。でも、シヤがどうなったのか、わからないんだよ」


 なんで俺がここにいるのかもわからない。


 シヤがどうなったのかも分からない


 分からないだらけからスタートした転生ライフだ。


「わからないから、俺のせいでシヤが死んだ可能性もあるって話だ」


「ほう。お主が我が村の人間を殺したと?」


 村長が少し腰を浮かす。


「かもしれない。分からないんだよ。本当に……何も分からない」


 情報も検証材料もなければどうすることもできない。


「でも、関係ないだろ? 俺がいるからシヤはいない。それは変わらない」


「そうだ! お前のせいでシヤがいなくなった! お前のせいだ!」


 グリーヴァが怒声を上げる。


 指を突きつけて糾弾してくる。


 それに俺は返す言葉を持たない。


「返せ! 返せよ!」


 怒りが再熱したのだろう、グリーヴァが絶叫する。


 彼にはその資格がある。


 だから、俺は真摯に回答するだけだ。


「俺にはシヤの返し方が分からない」


「てめぇ! おちょくってんのか!」


 俺に殴りかかろうとしてグリーヴァが立ち上がると同時に、村長がグリーヴァの手を取り留める。


「……女神様に聞くことはできんのか?」


 村長はもっともなことを聞いてくる。


「そういえば言ってなかったか。女神様が俺を監視……見守ってるだけで、俺から話しかけることはできるけど、向こうが言葉で返事してくるわけじゃないんだよ」


 今この瞬間も見ているんだろうと、俺は上を見る。


 実際には木の梁と天井しか見えないが。


「気に入らなきゃ指輪締めたり、なんでか物を降らしてくる事はあるけどな」


 村長は鋭い眼差しのまま俺に聞いてくる。


「意見具申はできるのであろう? 頼んでみてはどうだ?」


 シヤのことを言ってるのだろう。


 まさに、と言ったところか。


「さっき、頼んでみたよ。シヤを戻してあげれないかって。……何も答えはなかった」


 そう説明すると村長は一つため息をついた後、険の抜けた顔でグリーヴァの方を見ていう。


「だそうだ。彼は自分が消える可能性があるのに、シヤが戻るように願ったそうだぞ?」


 あぁ、仲立ちをしようとしてくれたのか。


 俺を試す意味もあったろうが、こういう時の村長は抜け目ないな。


「女神様ってどういう事だよ? なんのことだよ?!」


 当然のように進む話にグリーヴァが混乱した声を上げる。


 気持ちはわかるが、本題は俺の話でも女神の話でもない。


「すまないが、その辺は後で村長に聞いてくれ。今日の相談したいことはそれじゃない」


「なに言ってんだ!」


 なおも憤るグリーヴァを村長が嗜める。


「グリーヴァ。聞くべき時は聴くのだ。感情でその時を違えてはならん」


「ぐっ! ……わかっ! わかった」


 怒りの表情はそのままグリーヴァは音を立てて座る。


「ファムにも俺の正体を言った。というよりバレてた」


 俺は1ミリも念頭になかった失態を告白した。


 村長は特に表情を変えず、グリーヴァは唇を強く結ぶ。


「今彼女は想像を絶するほどの恐怖に囚われている。彼女は何も悪くないのに」


 だからこそ、最大限ケアはしようと思う。


 だが、俺にできることがない、しない方がいいので二人に頼むのだ。


「まず村長。悪いが今日中にファムの家に行って、俺が今後ファムに関わらない事、近づかないことを伝えてほしい」


「ふむ。……残念だが、その方が良かろう。分かった」


 村長は一瞬考えて、了承してくれた。


「それと、俺が村に危害を加える存在ではないと、ファムとファムの家族に説明してもらいたい」


「はっ! 今更保身か? 村中に正体がバレるのが怖いのか?!」


 グリーヴァが指摘してくるが、これは訂正しておくべきところだ。


「いや、俺への不信で村の防衛力アップに支障が起きては困る。そこはお前も了解しておいてくれ」


 俺が念を押すと、舌打ちと共に小さい了承の声が聞こえた。


「説明の方法は村長に任せるが、俺が女神の関係者である事までなら言っていい。転生は無しで」


「あい。わかった」


 村長は力強く頷く。


 こういう時の能力は疑うべくもないから、これ以上の適任はいないだろう。


「そして、グリーヴァ」


 返事はないが目で続きを促してくる。


「ファムの事を側で支えてやってくれ。シヤ(・・)の代わりに」


 俺がそういうと、グリーヴァは一瞬で顔を真っ赤にして震え出す。


 自分の膝を強く掴み、堪えるように言ってくる。


「よく___俺に頼めるな。俺の気持ちも知ってるくせに。それとも、弱みにつけ込めってアドバイスか?」


 目を赤く血走らせて、歯を砕かんばかりに噛み締めて彼は返答を待っている。


「お前に頼むのは、お前が同じものを失ったからだよ」


 俺は自分の胸に手を当てる。


「ここにいた人を失ったから頼むんだよ」


 ガリっと彼の口元から音がして、彼は俯き拳を握る。


「失わせた奴が……図々しく頼むもんだな」


 震える声で嘲笑うようにいう。


「失わせたから、頼むしかないんだ」


 俺が答えるとグリーヴァはガバリと顔を上げて言う。


「なるほど。そうか…… お前は失った事がねぇんだな。大切なものを失った事がねぇから、こんな図々しい事が頼めるんだ!」


 グリーヴァが侮蔑の表情を浮かべて俺を指差す。


「お前にはわからねぇんだ! 失った事がねぇから、わからねぇんだ!」


 俺は彼が不思議なことを言っているなと思って、当たり前のことを答える。


「失ったよ?」


 ___失ったよ。

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