第五十一話「すれ違いと、見ているものとって話」
「ファムはまだ帰ってきてないよ? あんたのところに行ったはずだけど、会わなかったかい?」
俺はファムの母親にそう言われ、村中を探した。
決して大きな村ではない、ちょっと探せばいないとわかった。
採掘場かもしれないと行ってみたが、誰も見かけていなかった。
ブライトにその場を頼み、村へ戻る。
もう一度ファムの家に行ってみたが、やはり戻っていなかった。
謝罪は明日でもいいかもしれないが、それではファムが訳も分からず怒鳴られたというショックを抱えたまま一日過ごすことになる。
こういう行き違いは早めに解消した方がいい、社会人経験からの教訓だ。
「どこに行ったんだろう……」
ゲームでは大体勇者と一緒にいるから、彼女の行きそうな場所に心当たりがない。
そもそも、日中も彼女がなにをしているのかも知らない。
仮にも幼馴染だというのに、ちょっと付き合いが浅すぎだな。
これは改善の余地があると言えるだろう。
と、そこで俺はふと思いつく。
「そう言えば、幼馴染だったな。ということはだ」
俺は思いついた場所へと走り出す。
流れていくとまでは言わないが、いつもよりも早く風景が過ぎ去っていく。
ぱやぱやの桃はもはや必須アイテムだな。
今後も川を案じているジジイに沢山栄養棒を食わせよう。
そして、目的地に着くと、やはりファムはそこにいた。
彼女は草原を眺めてたたずんでいた。
「ファム、ここにいたんだね」
俺にとっても思い出の場所となりつつある草原。
俺も見渡しながら言う。
前に俺が来た時は綺麗な風景だったが、今は胸が締め付けられる気がしてくる。
だが、そんなことよりも、まずは目の前の少女の事だ。
彼女に怒っていたわけではないと、説明して誤解を解かなくては。
俺はなるべく怖がらせないように笑顔を意識しつつ彼女に近づく。
「止まって!」
突如彼女の鋭い静止の声。
俺は驚いたが、素直に従う。
これは、随分と傷つけてしまったようだ。
誠心誠意謝って、アフターケアをしなくては。
俺は大人として子供の憂いをたつ義務があるからな。
そう思って、次になんと声をかけたものかと思案していると、彼女が声を発する。
「この場所は知ってるんだね。グリーヴァに聞いたのかな?」
こちらに背を向けたままの彼女の表情はうかがい知れない。
「ん? 知ってるも何も、昔よく遊んだ場所でしょ?」
彼女の意図は分からなかったが、とりあえず無難に返す。
すると彼女はゆっくりとこちらを振り向く。
まるで恐る恐ると背後を確認するかのようだ。
「そうだね。私とグリーヴァとシヤでよく遊んだ」
彼女はそう言いながら、一歩後ろに下がる。
なんだ?
警戒してる?
と言うかこれは___
「その顔」
彼女は俺を指差しながら言ってくる。
よく見れば震えている。
今の俺はどこに出しても恥ずかしくない人当たりの良い笑顔のはずだ。
営業で取得したこの笑顔には自信がある。
それが、どうしたというのか。
「顔がどうかしたかい? なんか変かな?」
俺はなるべく穏やかに聞き返す。
だが彼女はそれに答える事なく別のことを話しだす。
「最初は、私が何かしちゃったのかと思った。私、無神経なところがあるから」
確かにゲームでの彼女はそういう部分があった。
だが、まさかそうだねと言える訳もなく、縦にも見える横にも見える絶妙な首振りをする。
日本人には必須のスキルだ。
「でも、シヤならそれとなく言ってくれるの。シヤは優しいから」
そこで俺は気づく。
そういう彼女の表情は優しい奴に向けるそれではない。
怒られた悲しみでもなければ、怒らせた後悔の顔でもない。
彼女は___怯えている。
そう気づくとともに、急速に嫌な予感がし始める。
「でも、何も言ってもらえないから……嫌われちゃったのかと思った。だから、距離をちょっとおいた方がいいのかなって思った」
だから、あまり会わなかったのか。
俺も好感度調整が楽だと気にしていなかったし、あまり会わないようにしていた。
だが、多分これはそういう話じゃない。
俺は致命的な間違いをおかしていた。
「でも、私はシヤのことが好きだから。迷惑かなと思ってもずっと見ちゃうの」
言葉だけ聞けば、少女の告白。
だが、彼女が振り絞っている勇気はおそらく別のものだ。
先ほどから彼女は瞬きすら堪えて、俺の動きを警戒している。
「見てたら、分かっちゃった」
もう、一目見て取れる。
彼女は怯えながら、喉を詰まらせ、なんとか言葉を振り絞っている。
彼女はまた俺から距離を取る。
「その顔」
先ほどと同じ言葉。
だが、俺には断罪の言葉に聞こえた。
「シヤはそんな顔じゃない。あなたは……だれ?」
掠れるような声で、もう隠そうともしていない恐怖をあらわにした顔で。
彼女は聞いてくる。
俺は少し考えて、彼女から距離を取り膝をつく。
そして頭の後ろに腕を回す。
ホールドアップの姿勢だな。
「これで君に危害を加える事はできない。危害を加えるつもりもない。だから必要以上に怯えなくてもいい」
俺は自分で言いながら、なんの意味もない宣言だなと思った。
だが、少しでも目の前の少女が怖がらないようにと思ったのだ。
ただそれだけの行為だ。
俺は、そうしながら考える。
どう答えるべきかを考える。
そして、もう俺が考えるべき事はなくて、ただ答えることしかできない事に気づく。
だから、正直に言った。
「君の質問に答えよう。君の考えた通りだ。俺はシヤじゃない。中身だけが別人になった、違う人間だよ」
事実だけを淡々と。
「ひっ」
恐怖で息を呑むファム。
後退りながら、俺から距離を取る。
そして俺に背後を見せないように、少しずつ村の方へと移動していく。
まるで、猛獣を刺激しないよう慎重に動くかのように。
___それが答えだろう。
彼女の顔には絶望と恐怖が張り付いている。
小刻みに震える口元、震えるたびにカチカチと音を立てている。
目は見開き、瞳は忙しなく動き俺を見ている。
自分自身を抱くように組まれた腕は、大きく震えている。
今にも崩れ落ちそうな膝をなんとか踏ん張り足を進めている。
音を立てるのも嫌うかのように、ゆっくりと、ゆっくりと。
俺は彼女を刺激しないように、目線すら動かさず、ただじっと動かない事に専念した。
そして、完全に俺の背後に回った時に彼女は一言だけ俺に問いかけた。
「シヤは……どこにいったの?」
ジジイにもグリーヴァにも聞かれた質問だ。
三回目だが慣れるものじゃないな。
「多分だけど、もういない」
あなたから大切な人を奪いましたと告白するのは。
しばらく、無言が続いた後強く土を蹴る音がする。
「うわあぁああ! ああぁあ!」
泣き叫ぶ声にも、絶叫にも聞こえる声を上げながら、ファムが走り去っていくのが聞こえる。
俺はその声と足音が完全に聞こえなくなるまで、その場に留まり続けた。
そして聞こえなくなったので、ズボンの砂を払いながら立ち上がる。
目の前に広がる草原は今日も綺麗だ。
「仕方ないよな。好きな人に成り代わってる化け物に見えるだろうしな」
脳裏にファムの引き攣った顔が浮かぶ。
子供にあんな顔をさせてトラウマを植え付けて、申し訳なさで胸がいっぱいになる。
酷い話だ。
15歳の少女が味わうにはあまりに残酷な出来事だ。
だが、俺にシヤを返してあげることはできない。
そこで、ふと思いついて空に質問を投げかける。
「なぁ、女神様。シヤを戻してやれないのか?」
だが、何個も雲が流れていくのを見ても答えは返ってこない。
なら、せめてこれ以上、彼女に辛い思いをさせないようにしよう。
そう思いながら俺は採掘場へと向かうのであった。
お読みいただきまして誠にありがとうございます!
はい。イベントのためにキャラを動かさない私の主義のせいで、メインキャラが退場しました。
しかもゲーム上でも必ず旅パに入る重要人物です。
どうするんでしょうかね?
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