第四十一話「喜びと、抵抗と、手作業と、って話」
「ぐほっほ。ぐほぉお」
腹の底から笑いが止まらぬ俺は、地面から飛び起き室内へと戻る。
テーブルをよじ登り、パン釜まで一直線だ。
俺の心臓はまるで、絶世の美女に誘惑されているかの如く早鐘を打っている。
「ロトンドぉ! もう一回だぁ!」
俺はウィンドウに小麦を叩き込むと、ロトンドの返事も待たずに、カウントダウンを開始する。
「123!」
すぐにロトンドを振り返ると、ロトンドの手にも小麦、俺の手にも小麦。
「もう一度だ、123」
振り返る。小麦。こっちにも小麦。
「もういち23!」
小麦、小麦!
「123!123!123!123!」
イッツァ小麦フェスティバル!
「ワンツースリー、ワンツースリー、いちにっさーん、いちにっさーん!」
もっさもっさ、小麦が手に入る。
パンが作り放題!
というか、増殖バグが使えることが、サイコー!
脳髄が震えるぅぅぅぅ!
「まだまだいくよぉ!」
数十回小麦を増やしたところで、それは起こった。
「いっっててててて!」
指にはめている呪いよけの指輪が急激に締まりだしたのだ。
「千切れる! 千切れちゃう!」
指が鬱血して、骨が軋む音がする。
鈍痛と鋭利な痛みが同時にやってきて、まともに立ってられない。
これは、あれだ、女神だかの警告のやつだ!
俺は必死に指輪を外そうとするが、めり込みにめり込んだ指輪はびくともしない!
「兄貴! 大丈夫か?!」
「指がどうかしたんで?!」
「シヤ! 気を強く持つのだ!」
みんなが周りに集まってくるが、どうにもならない。
くそっ! めっちゃ楽しくなってきたところだったのに。
増殖バグで色々楽しもうと思ったのに。
そしてついでに、村を豊かにしようと思ったのに。
あのアイテムを飾って、あれを使って、あそこは、ああして……
考えているうちにもどんどん指輪は締まってくる。
くそ、なんだよ、誰にも迷惑かけないんだから良いじゃないか!
俺は、心の中で叫びながら、沸々と湧き上がるものを感じる。
それは大きく膨れ上がってパチンと弾けた。
___これはシーケンスブレイクに対する冒涜だ!
俺は飛び起きると、周りのみんなを掻き分けテーブルを両手で思い切り叩く。
「異議ありだ、クソ女神!」
俺は天井に向かってあらん限りの声で叫ぶ。
「いいか! バグってのはプレイヤーと開発陣の共同作業なんだ! 開発陣が命懸けで作り上げた作品の中から、バグという新しい可能性を見つけ、さらに遊び方の幅を広げる! 一つの作品を別の角度から楽しめるようにする、選択肢の拡大なんだ!」
俺はテーブルを蹴り上げ、椅子に足を乗せ天を指差す。
「お前にわかるか?! 一つしか手に入らないアイテムを二つ並べて、建築に深みを出す喜びが! 入手後ストーリー上で失われる武器を、ただ飾って愛でる楽しみを! サンドボックスゲームにおいてバグは、ただの害悪なだけじゃない、無限の可能性でもあるんだ!」
俺の脳裏には、プレイヤーたちが作り出した素晴らしい建築の数々が浮かんでは消えていく。その中には増殖バグがなければ成立しない芸術とも言えるものも多数あった。
みんな楽しんでいた。ただ、普通と違うというだけで、とても特別なもののように思えたんだ。
「お前が何者だか知らないが、俺たちと開発陣の間に割り込んでくんじゃねぇ!」
俺は叫びすぎたせいか、酸欠でくらくらする頭を振りながら、椅子に腰掛ける。
いつの間にか指輪の締め付けもなくなっていた。
俺は指輪を触りながら、女神に言う。
「わかりゃ良いんだよ。わかりゃ」
同時に空中から、この指輪が出てきたように、アイテムが輝きながら落ちてくる。
それは俺の手に落ち光がおさまる。
___詫びのつもりか?
___なぜ詫びる?
___なぜ俺の機嫌をうかがう?
___それに、このアイテムは……。
俺は色々考えてみるが、答えは出ず。
ならば考えても仕方ないと、大きく息を吐く。
そして皆の方をというか、ロトンドの方を向く。
「よし。もうちょっと小麦を増やそう」
「いやいやいやいや! 兄貴! それは流石に無茶だぜぇ?!」
「説明をしてもらわないと、進めねぇんでさぁ!」
「あぁ、やはり使徒様だったのだ。女神が我らに遣わしてくださった、救世主……」
ブライトは珍しく取り乱し、冷静なロトンドもアワアワしている。
ジジイはもはや平伏して、俺を拝み倒している。
「説明って言ってもな。ちょっと、女神と話をつけただけだ。増殖バグ禁止しようとしたからな」
ずっと人のこと覗き見てるくせに、こういう時だけ文句つけてきやがって。
覗き見の報酬よこせ報酬。
「兄貴ぃ。女神と直談判できる、あんたは一体何者なんだい?」
「料理が終わったら……だろ?」
ここまでの姿を見せながら、何を今更と自分でも思う。
でも、せめて今はこの楽しいひと時を味わわせてほしい。
「仕方ないんだぜぇ」
「でさぁ」
ブライトは諦め顔で、ロトンドは呆れ顔で、俺の先延ばしを許してくれる。
ジジイは平伏していて顔が見えない。
「そうだ、つい増殖に興奮してしまったが、料理は教えておこう。俺とロトンドが小麦を増やしている間に、ブライトとジジイには料理を作ってもらった方が、効率がいいからな!」
随分と甘やかされているとわかってはいる。
だが、センチメンタルジャーニーなのだから許しておくれ。
俺は二人の優しさに感謝しながら、コレからのことを話す。
「まず、ブライトからだ。小麦と木材をウィンドウに入れる。そうするとウィンドウの下あたりに『つくる』って出てくるから、そこに触れてくれ」
「お、なんかウィンドウの右側が小麦を燃やしているみたいな、絵になったぜぇ?」
うまく行ったみたいだな。そのアニメーションは料理が作られている証拠だ。
「その絵が出てきたなら成功だ。今回は一個の小麦と一個の木材でやったが、材料をまとめて入れれば、一度に何個も作れる。材料と相談しながらやってくれ」
でも、増殖しちゃうから、気にしなくてもいいんですけどねぇ!
俺はパン釜をブライトに任せて、平伏しっぱなしのジジイに近づく。
「おい、ジジイ。いいかげん目を覚ませ。次はあんたに料理を教える番だ」
俺の言葉にジジイはバネが跳ねるかのように立ち上がり裏声で叫ぶ。
「ワシも料理をぉ〜?!」
「そう。ワシもやって」
「でも、料理をすることにリスクはないんで?」
舞い上がるジジイとは裏腹に、ロトンドが冷静に聞いてくる。
「うん。普通に料理したらリスクがあるかもしれないけど、ジジイの方はリスクはないと思う」
俺は、アイテムボックスから包丁とまな板を取り出す。
「この包丁とまな板に見覚えはあるか?」
俺はジジイに向かってその二つを見せる。
「見覚えとは、はて……。もしや、これは我が家にあった包丁とまな板では?」
「正解」
この世界の住人は料理ができないはずなのに、包丁やまな板はあるんだよ。
例えば、グリーヴァに渡した、お鍋の蓋のように。
お鍋がなければ蓋もない。当たり前だな?
「これを触ったことは?」
「当然ありますな」
「おかしくなったことは?」
「ないですな。他の者が触って人形化したところも見たことがありませんな」
ジジイが俺の聞きたいことを的確に答えてくれる。
なら、第一段階は問題ない。
「さて、ジジイ。この野菜たちを包丁で切ってくれ」
「わかりましたぞ! 切ればいいのですな?!」
そう言ってジジイは、ただ野菜を切る。
「次はこのフライパンを火で熱してくれ」
「熱しますぞ!」
ジジイはただフライパンを熱する。
「次は油をひいて、そこに野菜を入れて俺がいいというまで、ヘラで転がしてくれ」
「転がしますぞ!」
ジジイは言われるがままに、野菜をフライパンの上で転がす。
「それじゃあ、塩と胡椒をかけて、混ぜたら皿に移してくれ」
パン釜も、調理用ウィンドウがでるアイテムも使っていない。
ただ切って、熱して、混ぜただけだ。
少なくとも今のところ、ジジイに異変はない。
「移しますぞ!」
ジジイが皿に調理された食材を盛り付けた時点で、料理が完成した。
料理が完成した瞬間もジジイに異変はない。
「野菜炒めの完成だ。コレがもう一つの料理方法。世界の理に頼らず、一つ一つ自分の力で作り出す。この世界だけの裏技だ」
本来のゲームでは調理器具を選んで、決められた手順で食材を入れて料理を作る。
だが、この世界は現実でもある。
ゆえにちゃんと手料理を作ることもできるのだ。
どうやら、世界の理、システムを介さなければ料理人の役目に引っ張られることもないらしい。少なくとも、一度完成させた程度では人形化しなかった。農家の時は100%人形化だったからな。
「ジジイはこれを繰り返して、村人の人数分作ってくれ。くれぐれも、塩胡椒の分量を適当にやるなよ!」
「もちろんですとも!」
元気よく返事するジジイだが、素人は目分量で調味料を扱うから、たまにチェックしよう。
「さて、さてさてさてさて、さぁあああて!」
俺はロトンドの手を取り、外に連れ出す。
「な、なんでさぁ?」
戸惑うロトンドをよそに俺は、作業台を取り出し『収納箱』を作成する。
「ロトンド君。ちょっとこの箱を開けてくれたまえ」
「わ、わかったんでさぁ」
恐る恐る収納箱をあけるロトンド。
「ウィンドウが出たかね?」
「出ましたんでさぁ」
「では、私がこれからこの鉄鉱石を収納箱にしまうから、ロトンドのウィンドウに鉄鉱石が表示された瞬間に触れてくれたまえ」
これは、ビルダーズブレイブ1.0初期ロットで使えた増殖バグだ。
先ほどの増殖バグもVer1.0のものだ。
これが、成功すればこの世界はVer1.0の仕様が色濃く残っていると考えていいかもしれない。
まぁ、その考察は後回しだ、先に目の前の至高の作業を進めねば。
これは『しまう』と『とりだす』を同時に行うと、両方判定が残って二つに増殖するというバグだ。ゲーム業界では割とあるあるの部類に入るバグだな。
俺が鉄鉱石を収納箱にしまうが、ロトンドは鉄鉱石に触れられず、俺がただ鉄鉱石をしまっただけになった。
「大兄貴、こいつぁ、すぐ消えちまうんでさぁ」
ロトンドは困った顔をする。
うむ。最初は慣れないかもな。
だが___
「なに、入れる時に合図する。そこから予測してくれ。それに表示している時間は4フレームも猶予がある。そのうち慣れてくるさ。そうしたら簡単な作業だよ」
俺はロトンドの肩を軽く叩く。
「その、4フレームって言うのは……」
「おっと、分かりにくかったね。0.07秒だ。十分に長いだろう?」
ロトンドの顔が引き攣る。
「失敗するとタイムロスになるから、なるべく失敗しないようにな」
「な、何回くらいやるんでさぁ?」
不安そうな顔のロトンド。
大丈夫俺は学んでいる。
この世界の人間は単純作業をすると、精神的に疲労する。
きちんと知識は活かしていかねばならない。
「安心してくれ。たったの1000回だ」
そのときロトンドが浮かべた、無表情な笑みという貴重な表情を俺は忘れないだろう。
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