第三十九話「秘める心と、露わになる心って話」
トントントン
天井を見つめていた俺の耳に、遠慮がちなノックの音が聞こえる。
俺は何も考えず、ただ天井を見つめる。
トントントン
少し間をあけて、またノックの音が聞こえる。
「シヤ君、いる?」
ドアの向こうから聞こえてきたのは、意外な声。
こんな時でも俺の脳は瞬時に人物を特定する。
「いますよ、ちょっと待ってください」
俺は驚きながらも、素早くベッドから立ち上がり応える。
俺は身なりを整え、ネクタイを締める動作だけしてスイッチを切り替える儀式を行う。
仕事中はお客様にネガティブな感情を見せない。
接客業で得た技術は日常でも使える。
俺は頬を両手で上に伸ばして笑顔を作りながらドアを開ける。
「こんにちは、マルールさん」
ドアを開けた向こうには思った通りの人が立っていた。
俺の最推しで、絶対にお近づきになりたい女性だ。
彼女は俺の顔を見て一瞬不思議そうな顔をした後、応えてくる。
「こんにちは、シヤ君突然ごめんなさいね。シヤ君の舎弟? の方がシヤ君は家にいるから、用事があるなら、そちらにとおっしゃったものだから」
頬に手を当てながら申し訳なさそうにする姿も絵になる。
一挙手一投足が極上のスチルだと言えるだろう。
だが___それを見ても、いつものように感情の波は押し寄せない。
「今日はどうされました?」
彼女が外に出て、人の家に訪ねてくるのは俺の中ではかなり意外だった。
彼女は自分が関わった人間が不幸になると思っているのだ。
心優しい彼女はそれをよしとせず、自分で人と距離を置いている。
それが何故?
「あの、畑の見回りのことで……村長に聞いてもシヤ君に聞けって言うものだから」
なるほど、合点がいった。
彼女は人と距離を置くが、人が嫌いなわけではないし、責任感も強い。
仕事を任された上で必要が生じたので、会いにくることを選んだのだろう。
経験則で、世間話をした程度では、相手に不幸が訪れないと分かった上でだろうがね。
でも、きっとどうしようかたくさん悩んだんだろうな。
人に迷惑がかからないかを悩んだに違いない。
そういうところが推せる。
俺とは大違いだ。
「なるほど、お仕事の話でしたか、立ち話もなんですから中へどうぞ」
俺はそういって家の中にマルールを招く。
一瞬マルールはためらいを見せたが、素直に中へ入っていく。
躊躇ったのは男と二人きりになることに対する、抵抗感かな?
という事は、一応男として見られてるのかな?
そうだったら嬉しいな。
嬉しいはずなんだけどな___
「こちらに座って、少々お待ちください。お仕事にも関係するものをお持ちしますので」
俺はマルールに椅子を引いて着席を促し、家に増設した台所へと向かう。
アイテムボックスから、キャベツと包丁、まな板を取り出し、ざく切りにする。
清潔なタオルで水気を吸い取ってからボウルに移す。
そしてキャベツに薄く、塩味を感じるか感じないかのギリギリの加減で塩を振り、揉み込む。
本当はここにもうひと味、ごま油なんぞを一滴加えると旨さが増すのだが、無い物ねだりをしてもしょうがない。
俺はそれをさらに盛り付けて、フォークと一緒にテーブルに置く。
「これは……?」
初めて見るであろう料理に驚きを見せるマルール。
目が釘付けになっている。
そう言えば、マルールは料理開放後は料理好きになるんだったな。
ゲームでは。
「畑で採れたキャベツです」
「キャベツ? あの葉っぱ味がするっていう?」
おっと、キャベツ自体は聞いたことがあるらしい。
不安そうな表情を浮かべるマルール。
「いえいえ、そのキャベツとは別物ですよ。本当のキャベツを食べさせてあげますよ」
そう言っておきながら、俺は先にマルールが安心出来るように食べてみせる。
うん。多分うまい。
俺が食べたのを見てマルールは恐る恐る、キャベツを口に運ぶ。
「美味しい! シャキシャキしていて、甘みがあって、噛むほどに味が増していくかのよう。そうだわ、塩ね! この薄らと振ってある塩が逆にキャベツの甘みを際立たせているんだわ!」
……お、おう。
目を輝かせながら、キャベツの盛り合わせに指を突きつけながら力説するマルールに、俺は困惑とか驚愕とか、なんかその辺の感情を一緒くたに覚える。
本当に料理を初めて食べた方ですか?
グルメリポートとか、究極の料理を求める新聞社の方ではない?
「いやだ、私ったら興奮してしまって。久しぶりに栄養棒以外の物を食べたから……」
そうか、料理自体は魔物からドロップするから、料理を食べた事があっても不思議ではないのか。
しかし、かなり高い。
こんな寒村では、なかなか手に入る物じゃない。
俺は不思議に思って聞いてみる。
「へぇ、料理を食べた事があるんですか。すごいですね」
俺の問いに、マルールは寂しそうに答える。
「夫がね、冒険者だったでしょう? 結婚記念日のために危険を冒して手に入れてきてくれたの」
マルールはもう一口キャベツを口にする。
「美味しかったぁ。生きてきた中であの料理が一番美味しかったわ」
その味を思い出しているのだろうか、そっと微笑を浮かべるマルール。
きっと、このキャベツではとても太刀打ちできない美味さだったんだろうな。
そして、今後もその味を超えることはできないだろう。
何故なら、その料理を持ってきてくれる人はもういないのだから。
「あ、でもこのキャベツもとっても美味しいわよ。びっくりしたもの」
慌てて両手をワタワタとさせて繕うマルール。
色っぽいだけじゃなく、可愛らしさも同居しているという二刀流だ。
誰でも推してしまうというものだ。
「そう言ってもらえて良かったです。マルールさんにはこのキャベツや他の野菜がちゃんと生えているか、見回りして欲しかったんですが……」
現状、人形化問題が解決していない以上、マルールを畑に近づけるわけにはいかない。
「ちょっと問題がありまして、あんまり畑に近づいてほしくないので、お仕事は一旦保留ということで。こちらからお願いしたのに申し訳ありません」
依頼した仕事をこちらの都合で、保留なんてのはビジネス界では落ち度以外のなにものでもない。
俺は申し訳なさを感じながら、頭を下げる。
「そ、そんなに、気にしないで? 私だったらいつでも構わないから」
俺が、一方的に依頼して答えも聞かずに押し付けようとしたってのに、この人は真面目で誠実な人だな。
そういうところも推せるよ、ほんと。
俺は誠実さなんて欠けらも持ち合わせちゃいないからな___
「お気遣いありがとうございます。この埋め合わせはいずれ何かの形で」
お詫びも兼ねて何か考えねばと、そう言ったところで、マルールが俺の顔をじっと見る。
なんだろうか? 何か失礼を働いてしまったか?
そう思った矢先、マルールが口を開いた。
「ねぇ、シヤ君。何かあった?」
心臓が一度跳ねて、頬が引き攣るのを感じた。
「いえ? なにもありませんが、どうしてですか?」
「うそ。なにかあったでしょ。あなたがしているその顔。私はその顔をよく知ってる。ずっと鏡で見てきたから」
彼女は真剣な顔で断言してくる。
「多分、グリーヴァ君かファムちゃんと何かあったでしょう?」
そんなことはないと、否定の言葉を口にする前にマルールが言う。
「その顔は近しい人と離れ離れになった時の顔。私の顔と一緒だもの」
ゲームでは彼女は二人の夫を早くに亡くしている。
彼女にかかった呪いのせいで。
恐らく、この世界でもそうなんだろう。
そうでなければ、今の彼女の顔に刻まれた深い悲しみの表情は説明がつかない。
そんな彼女と俺が同じ顔?
ありえないね。
夫二人を亡くした彼女と、友達一人を失った俺じゃ、天と地ほどの差がある。
比べることすら烏滸がましい。
「気のせいですよ。そんな大袈裟なことじゃない」
俺は真剣な眼差しの彼女に、大したことじゃないと教えてやる。
大人になれば、疎遠になる友人の一人や二人いたってしょうがない。
そんなもんさ。
「シヤ君。自分をごまさなくてもいいのよ。寂しいって叫んでもいいの。のたうちまわってもいいの」
気づけば彼女の手が俺の頬に触れていた。
「それでも、どうしようもないことだってあるわ。でも、まだあなたは間に合うでしょう? 出来ることはあるでしょう?」
そうして、彼女は優しく微笑んだ。
「ね? やるだけやってみましょう?」
目の前の人を美しいと思った。
胸が締め付けられるような気持ちになって、目の前の女性が欲しいと思った。
「はい……」
「よろしい」
彼女の手が離れて、温かさがなくなって、とても名残惜しく思った。
「じゃあ、私は帰るから頑張ってね、シヤ君」
そういうと、彼女はもう一度微笑みを俺に向けて家を出ていった。
しばらく彼女が去っていったドアを眺めていたが、突然色々な感情が吹き出す。
俺は意味もない叫び声をあげて、喚き散らす。
突然異世界に飛ばされたとわかった時の恐怖。
どこにも居場所のない世界で一人ぼっちの寂しさ。
どうしたらいいのかわからない焦燥。
そして、最初に俺と気さくに接してもらえた嬉しさ。
それらを全部混ぜこぜにして叫び続ける。
そして、喉が枯れて叫び疲れてベッドに仰向けに倒れる。
「惚れた」
マルールの微笑んだ顔を思い出して呟く。
俺ってチョロインだったんだ。
弱ってるところに優しい言葉をかけられてコロッといっちゃったよ。
こう、胸が熱くなって、誰かに自慢したいような、相談したいようなソワソワした気分だ。
推しな上にマジ惚れした女ができたんだって報告したい気分だ。
当然、報告するのは部下でもなく、ビジネスパートナーでもない。
友達に報告したい。
だから___
「グリーヴァに友達になってもらおう」
俺はベットから立ち上がりドアへと向かった。




