第三十八話「変わらない景色と、変わらない思い出と、歩む道って話」
「ふぅ。ここは風が気持ちいいなぁ」
俺は頬を撫でるそよ風と、心地よい日差しを浴びながら、思い出の草原を眺める。
俺が来るのは二度目だが、やはり美しい景色だ。
ゲームではただのグラフィックとしか認識していなかったが、この美しさこそが、ここを現実だと強烈に印象付ける。
冷静に考えれば不思議な世界だ。
ゲームでもあり、現実でもある。
ビルダーズブレイブなのに、ビルダーズブレイブじゃない。
ただ、ゲームを楽しむだけの異世界転生だったら、こんなに悩んだりしなかったんだろうな。
知識無双ができる他の奴らが羨ましい。
いるかどうかは知らないけどさ。
「おい、シヤ。来たぞ」
俺がつらつらと気ままに考えていると、後ろから声がかかる。
その声は硬く、緊張が伝わってくる。
よく知るその声に俺は視線を向けず、隣の地面を叩いて座るように促す。
しばらく間があいて、どかりと座る重い音がする。
顰めっ面をしているのは想像に難くない。
だが、俺はそれを確かめることもせず、依然草原を見続ける。
そして何度も、ここは現実なんだと思い知らされる。
「なぁ」
しばらくの無言が続いたあと、隣に座ったグリーヴァが声をあげた。
「なんだ、その。この前は殴ったりして悪かったな。ついカッとなっちまって……」
申し訳なさそうに謝るグリーヴァだが、俺は彼にはその権利があると思う。
「気にしてないよ。お前の行動は正しい。家族のために怒るのは当たり前だろ。むしろ、俺が悪かったんだ。お前の爺さんを巻き込んでしまって、すまなかった」
「だけど、爺さんも仕方のないことだったって言ってたぜ。シヤは悪くないって」
横目で、グリーヴァがこちらに身を乗り出しているのが、見えるがそれを手で制す。
彼が座り直すのを感じながら、俺は草原を見つめて大きく息を吸う。
「謝るついでに、お前にはいくつか謝らなきゃならない事があるんだ」
心臓がドクドクと早鐘のように脈打つのを感じながら、それでも言葉はスムーズに出てきた。
「一つ目はお前を次期村長に推したのは、俺が自由を得るためで、自分の都合でお前を次期村長に仕立て上げた」
俺の自由の代わりに、グリーヴァの自由を奪ったと言い換えてもいい。
だが、グリーヴァの反応は意外なものだった。
「いや、それは流石に気づくよ。最近のお前の活き活きとしたところを見てれば、あぁ、こいつ押し付けやがったなって」
肩をすくめながら彼は続ける。
「だけど、俺は村長になりたい。村長になってこの村を守っていきたい。だから、きっかけがなんだっていいんだ。むしろきっかけをくれたお前には感謝しかないよ」
嬉しそうな声で、なんの含みもなくそう語る彼は本当にいい奴だなと思った。
「ちなみに、お前が村長に向いてるのは嘘じゃないから、安心してくれ」
「……そりゃどうも」
照れくさそうにそっぽを向くグリーヴァが目の端に映る。
草原は前と同じく、太陽の光を反射してキラキラと光っている。
俺はその変わらない光景を最後に目に焼き付けて目を閉じる。
そして___言うべきことを言う。
「前にさ、お前、俺のこと魔物が成り代わってるって言ってたろ?」
「……そんなこと言ったか? まぁ、最近のお前は人が変わったかのようではあるが」
「うん。実はそうなんだ」
血の流れる音がドクドクと聞こえるが、前世で四十年近く生きてきて、これくらいの緊張だったら何度も経験してきた。
だから、何も問題ない。
「はぁ? どういうことだ?」
グリーヴァの間の抜けた返事を聞き、とうとう俺はグリーヴァの目を見る。
「俺はシヤじゃない。シヤの体を使っているだけの、中身はおっさんだ」
グリーヴァは最初笑おうとした。
次に困惑した表情を浮かべて、また笑おうとして失敗して引き攣った顔で固まった。
「次期村長候補を決めようとしていたあの瞬間から、俺はお前の知るシヤじゃなくなった。同じ顔をした全くの別人なんだよ俺は」
何も問題ないはずなのに、手が震えるのはどうしてだろうか?
口を開いては閉じ、また開いては閉じるグリーヴァを見て、胸が痛むのは何故だろう?
「冗談だろ?」
「冗談かどうかは、お前がよくわかるんじゃないか? 俺はシヤか?」
俺の問いかけに、グリーヴァは時が止まったように動かなくなる。
その代わり、呼吸はどんどん荒くなっていく。
「なんで……」
掠れた声でつぶやくグリーヴァに俺は答える。
「なんで? 俺がシヤの中に入った理由か? わからん。勝手になった」
我知らず突き放すように言葉が出た。
「それとも、なんでこのタイミングで言ったかか? 俺が勝手にお、最初にお前に話すって決めてたからだ。村長とブライトとロトンドにも、もう俺の正体を言わないと先に進めなくなったからな。これも俺の都合だ」
動揺した表情のグリーヴァに、畳み掛けるようにいう。
「この場所もお前との思い出の場所らしいが、俺はこの前、初めてきたよ」
次から次へと言葉がついて出る。
「あぁ、ファムとの思い出の場所でもあったんだっけ? 安心しろよ、おじさんは子供に興味ないんだ。安心して口説いてくれ」
もう、自分でも何を言っているのかわからない。
「シヤがいなくなったのも俺のせい。お前の爺さんがおかしくなったのも俺のせい。お前が大変な苦労をしてるのも俺のせい。みんな俺のせいだ」
俺は両腕を広げてグリーヴァに自分自身を曝け出す。
「お前の言った通り、魔物が成り代わってるのと変わらんかもな」
自分で言って気づく。
この世界にとって異物って意味では魔物よりタチが悪いかもなと。
そんな異物を最初に受け入れてくれたのは……
「ひとつ、聞かせてくれ。シヤは……元のシヤはどうなったんだ?」
グリーヴァは俯きながら聞いてくる。
肩を僅かに震わせ拳を握りしめながら。
「それお前の爺さんにも聞かれたよ。わからんけど、多分……死んだ」
俺が言い終わるかどうかという頃にはもう、俺は地面に転がっていた。
打ちつけた頭と、殴られた頬が熱い。
「ふざけんな! 返せ! シヤを返せよ!」
俺にまたがり、子供のように殴りつけてくるグリーヴァ。
その顔に浮かぶのは怒りではなく、悲しみの表情だった。
「シヤと仲直りできたと思ったんだ! また昔みたいにやっていけると思ったんだ!」
何度も何度も殴られ、熱を持った俺の頬に何かがぽたりと落ちる。
「妬ましかったんだ! 俺と同じように親父を亡くしたのに前に進めるシヤが! でも、俺も同じところまで行けたと思ったんだ! なのに!」
泣きじゃくりながら、俺を殴りつけていたグリーヴァの力が段々と弱くなっていって、そうして止まる。
そして、ポツリとつぶやいた。
「なんで、お前はシヤじゃないんだよ」
そう言ったきり、グリーヴァはただ嗚咽を漏らし、やがて力なく立ち上がって俺に背を向ける。
そのまま坂を下って行く途中、彼はこちらを振り向かずにこう聞いてきた。
「なぁ、なんで俺に一番最初に話したんだ?」
「……この世界で初めてできた友達だったからな」
聞こえたのか、聞こえなかったのか。
グリーヴァが去っていく足音が聞こえる。
俺は青い空を見上げて、考える。
これでもう、誰に俺のことを話しても問題ない。
ジジイやブライトやロトンドに、俺の知識の源がゲームであることを伝えても問題ない。
あの三人にゲーム知識を伝えれば、今回のNPC問題も別の角度からの知見が得られるだろう。
村も救えるし、攻略も進むに違いない。
だから問題ない。
問題ないけど、今は目から流れる何かが途切れるまで、空を見つめていよう。
問題ないから___
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