第三十七話「検証ばかりじゃ結論は出ないって話」
「よし、これで検証300回目が終了だ」
俺は畑に座り込んでいるジジイとブライトに告げる。
二人ともげっそりとした表情で、空を見上げているが、その目は虚ろで焦点が定まっていない。
「じゃあ、一休みしたらまた再開で___」
と、口にした瞬間二人の体がびくんと跳ねる。
「と言いたいところだが、この検証はこれくらいでいいだろう」
俺の言葉に二人があからさまな安堵のため息をつく。
ふ、俺にも学習能力はあるんだ。
この世界の住人は、同じことを繰り返すと精神的に疲労する。
学ばせてもらったぜ。
「ヴェッキオさん、水をどうぞだぜぇ」
「ありがとうブライトさん。助かるよ」
二人は重い足取りで、完全に休憩スペースとなった日除け付きの椅子に腰をかけて、水を飲み始める。
この一週間弱の検証を通じて二人の仲は急速に良くなったようだ。
やはり、検証はいいことだと確定的に明らかになった。
「さて二人ともそのまま聞いてくれ」
俺自身もテーブルの水を飲みながら二人に告げる。
「この300回の検証で分かったことを改めてまとめていこう」
二人が真剣な表情で頷くのを見ながら俺は話を続ける。
「まず、300回畑の近くでジジイに水桶を持たせたところ、300回とも人形化した」
これで、人形化の条件の一部が畑と農具だとほぼ確定した。
畑から離れた場所で水桶を持たせても人形化しなかったことも、人形化したまま畑から連れ出したら戻ったことも、証明に説得力を持たせている。
「同じく、300回ブライトにもやってもらったが、こちらは人形化しなかった」
こちらは、名付けによって役目から解放されたためなのか、この村の住人でないからなのかは分からない。
だが、ロトンドにもやってもらったが二人とも人形化しなかった事実は観測できた。
そして今回の検証で何より大切な観測結果が得られた。
「ジジイ。やはりうっすら記憶は残っているか?」
「うむ。最初は気のせいかとも思ったが、300回もやれば間違いなかろう。自分で水を撒いているのを、うっすら覚えておる」
ジジイは確信を持って答える。
ジジイが断言するのだ、気のせいなどではないだろう。
「そして、回数を重ねるほどに、記憶は鮮明になってきておるということも付け足しておこう」
ジジイが続けて言う。
これが今回得られた新たな結果だ。
これは大きな判断材料となる。
「何度聞いても、希望の見える観測結果だ」
俺はこれを聞いた時に、安堵の気持ちが溢れて泣きそうになった。
少なくとも、記憶が残っているということは、何かに上書きされているわけではなさそうだ。
ジジイの人格は残ったまま、自我が極限まで薄れるほどに、役目を強制されている可能性が極めて高い。
つまり、今回のことでヴェッキオ含め住人が、NPCから別のNPCになり代わっている可能性は低いと考えられる。
まだ考えられる、というだけだが、それでも俺にはなんだか救いのように感じられたのだ。
「そして、もう一つ分かったのは、農具を取り上げれば必ず元に戻るということだぜぇ」
俺が胸を熱くしていると、ブライトが話を引き取って言う。
「ああ、だが俺の基準からすると、試行回数300回くらいでは絶対とは言えないがな。高確率で元に戻ると言っていいだろう」
俺の言葉にブライトが俄かに呆れた顔をする。
うんうん。回数が多いと嫌なんだろ?
分かってる分かってる。
「それで、シヤよ分かったのはそれだけか?」
「分かったと言うより、可能性が高いだ。そこは履き違えないでくれ。絶対じゃない」
ジジイの問いかけに俺は念を押す。
プログラム解析が出来ないこの世界では、検証に100%はない。
だが、近づけることはできるはずだ。
「100%ではないが、どうやら畑の近くで農具を持つと人形化する人がいると言うことと、どちらかの条件を外すと元に戻ると言うことだな」
「あまり、検証前と結論は変わっていないように思えるがな」
ジジイが困惑した顔でいうが、検証前と検証後では情報の価値が違うのだよ価値が。
俺がそこのところ、ジジイに説明しようとしたところで、ブライトが口を開く。
「なぁ、兄貴。一ついいかい? 役目に引っ張られるってなら、なんで兄貴や俺、ロトンドは人形化しないんだい?」
「そりゃあ、お前たちは名付けで役目から解放されてるし、多分俺も世界から役目を与えられてないから、役目と無縁でいられるんじゃないかと、俺は推測しているが……」
まだ全く判断材料が揃ってない状況で推論を言うのは好きではないが、ブライトが真剣な顔をして聞くもんだから、渋々答えざるを得ないわけで……
「役目がないから、役目に引っ張られないって事かい?」
グイグイくるブライトに、ちょっと驚く。
あんまりブライトは俺の考察に口を出すタイプじゃないからな。
びっくりした。
だが、ブライトは実は聡明な男だ、何か引っかかるところがあるのかもしれない。
そう考えた俺はもう一度、思考を回す。
役目っていうか、ゲームシステム的な部分ていうか、縛りから解き放たれたっていうか、システムから外れたっていうか、特別になったからと言うか……
色々思いつくが、決定的な答えは出ないまま、意味のない唸り声が口から漏れる。
「じゃあ、兄貴。あのご婦人の役目ってなんなんだい? 兄貴なら知ってるんだろ?」
また、いつものブライトらしくない踏み込み方だ、彼はあんまりこういう言い方を好まない___
「今……なんて言った?」
俺はもう一度ブライトに聞き返す。
「あのご婦人の役目を兄貴なら知ってんだろって言ったんだぜぇ?」
それを聞いて俺の脳裏に何か閃きそうな感覚が過ぎる。
細い細い糸だ、すぐに捕まえないと逃げてしまうタイプのやつだ。
俺は耳と目を塞ぎ自分の中だけに集中する。
俺の知ってること。
それはゲームだ。
ゲームの知識だ。
ご婦人の役目?
ゲームで考えろ。
この村の住人に役目があるやつなんてほとんどいない。
村長、門番、川の流れ案ジジイ、墓守の男、後は主要キャラクター。
それ以外に役目のある奴はいない。
……門番?
そういえば、門番は……門があるところに走ってきた、あれは自分の意志か?
案ジジイは、部屋で栄養棒を貪り食ってた、あれは自分の意志か?
多分違う、役目に強制されてた。
でも人形化はしてなかった。
役目があるから?
いや、村長にも役目がある。
じゃあ、何が違う?
何かが違う。
ゲームで考えろ。
何が違うか___
その時、俺の脳に電気が走ったように閃いた。
「___オープニング後にいるかいないかだ」
村長以外、役目を持った奴は襲撃後も生き残る。
逆に、あのご婦人を含む他の住人は、オープニングで全員死ぬ。
つまり、ゲーム本編ではオープニング後に存在しないNPCだ。
そんな奴らを、想定されていない農業へ参加させた。
俺が開発陣の想定しない状態を作り出したから。
俺がシーケンスブレイクをしたから。
それで処理がおかしくなったと考えれば、筋は通る。
この世界は現実。
だから、ちゃんと人格がある。だから普段は普通に生活している。
でも、そこにゲームを持ち込むとバグる。
推察で妄想で空想で確定要素もクソもない、知識無双をしたい奴の御都合的思考だ。
だが、俺にはこの世界で検証してきたいくつもの事柄がある。
ゲームと現実の絶妙なライン。
それを見極める土台を俺は持っている。
何より、人生の大半を捧げたビルダーズブレイブの知識がある。
俺はゲーマーだ。確定するまで断言はしない。
だが、ゲーマーとして考えるなら、今のところこれが一番筋の通る仮説だ。
「ふぅ。ありがとうブライト、おかげで方向性が見えたよ」
俺は目を開けてブライトに握手を求める。
「いいってことよ。兄貴の助けになれたなら本望だぜぇ」
ブライトは鼻の下を指で擦ると、ニヤリと笑う。
「でも、今回は珍しくグイグイきたな、なんでだ?」
「あのご婦人は俺が村に来た時に案内をかってでてくれた方なんだぜぇ。そのお方が危険かもしれねぇとなったら、なんでもやらにゃぁ筋が通らねぇってもんだぜぇ」
真顔でいうブライトだが、実にブライトらしい答えだ。
本当に誠実なやつだな。
「なぁ、シヤよそれで、問題は解決しそうか?」
「多分、解決できる方法はあるけど、ちょっとリスクがあって……」
多分、名付けをすれば回避できると思うんだけど。
名付けをすると、死ぬようになるってデメリットを村人全員に説明したら、なんか悪魔の手先みたいに思われちゃうよなぁ。
ん?
___死ぬようになる?
いや、まて、ここの住人は最初から死ぬ設定だ。
もし、襲撃イベントが発生してしまって、防衛しきっても強制力で死んでしまう可能性があるんじゃないか?
ここの住人がゲームに参加すると、バグる可能性が浮上した今、今度こそ全員バグって人形化してしまうかも。
「もしかして、全員名付けした方が安全なのか……?」
何も断定できない中で、俺はまた重い判断を迫られることになるのであった。
お読みいただきまして誠にありがとうございます!
私、この書き方好きなんです。
主人公の思考が滝のように流れていく文章。
ええ、わかってます。
長いですよね?
分かっていることと、実行できるかは別なんです。
覚えておくとお得ですよ。
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