第三十六話「元に戻るし、戻すって話」
「と言っても、安全が確保できてない状態で検証を開始するのは俺の信条に反するんだよなぁ」
俺は村長宅から畑へ向かう道すがら、誰に問うでもなく口にする。
我ながら何度も何度も女々しい限りだ。
「だが、一度目は戻れたのだ、次も戻れるのではないか?」
後ろからついてくるジジイ改め、ヴェッキオのジジイ、略してジジイが腕をさすりながら話に乗ってくる。
畑仕事で腕が痛いのだろう。
「バグっていうのは、そういうもんじゃないんだよ」
「バグとな?」
この世界にない言葉にジジイが不思議そうな顔をする。
「まぁ、不具合って意味かな」
俺はすでにジジイに何があったのかを聞き出している。
俺たちが去った後、ジジイは作業台で積み木を作り、初めての物作りで我を忘れ、大興奮のまま近くにあったクワを持って小躍りしていたらしい。
そして、気づいたら俺が目の前にいたと。
ジジイが年甲斐もなく小躍りしたせいで、今回の事件に発展したと思うと複雑な気持ちになる。
しかしその話を聞いて、やはり鍵は畑とクワだと確信した。
厳密には畑と何かの農具だな。
「同じことをしても、同じ結果が得られるとは限らないのがバグなんだよ」
だから、ゲーマーはバグを見つけたら有効活用できるようになるまで、コンマ何秒の世界で検証を繰り返し、再現性を高める。
「つまり、次にクワを取り上げても元に戻るかは分からんということか」
ジジイが髭を触りながら納得した顔を見せる。
理解が早くて助かるよ。
「そういうこと。本来なら、元に戻らなくなったら、元に戻る方法を検証し続けるんだが……リスクがなぁ」
ブライトとロトンドに背中を押され、ヴェッキオの覚悟を見せられ、農業を進める覚悟をしたが、不安は残る。
「ワシは村のためならば、この命惜しくはない。それに物作りは、最っ高ぞ?」
村長としての威厳を保ちつつ、恍惚とした表情をするという高等テクニックを見せながらジジイはいう。
しかし、本人が良いと言っていても、何かあった時が怖い。
そう___怖い
「やっぱり、俺には命に関わる責任は重いよ」
俺のせいでジジイが人形から戻れなくなるかもと考えると、手足の指先に痺れたような感覚が走り、胃もキュッとする。
「ふむ、なぁシヤよ。今回の検証でワシに何かあっても、責任はワシが負う。何故かわかるか?」
ジジイは真剣な顔で俺に聞いてくる。
だが、俺にはわからない。
俺の発案で始めたことなのだから、責任の所在自体は俺にあるはずだ。
そう俺が答えようとすると、ジジイは断固たる口調で告げる。
「これが、村の未来に関わることで、ワシが村長だからだ。だからワシの責任なのだ」
……それが村長のやるべき理由、責任ってことか。
前にブライトが言ってた、『俺の命は俺のもん』てこういうことなのかもな。
だが、ジジイの覚悟は村のためってことだよな?
そうなってくると、話が違くなってくる可能性が……あるな。
「あの……すごく言いにくいんだけど、農業自体は村の防衛には直接関係ないです……」
「なんだと?! ではなぜ?!」
ジジイは顎が外れんばかりの驚愕を見せ、背骨がへし折れるのではないかと言うくらい、仰け反っている。
なんか、とても申し訳ない気持ちでいっぱいになってきた。
「みんなに物作りの良さを手っ取り早く伝える方法が野菜を使った料理という物作りだからです」
はい。商売するためもあるけど、美味しいものを食べてもらって、物作りを覚えるとこんな良いことがあるんだよと、説得するために農業を優先させました。
正直、効率を考えないんだったら、俺とブライトとロトンドだけでも、村は守れる可能性があります。100%じゃありませんが。
そもそも、クリスを勇者に覚醒させなければ襲撃イベントが起きない。
だから、村の防衛力の向上は、万が一ゲームと同じに進まなかった場合に備えてです。
本来なら勇者が覚醒して、村が襲撃されて、それからストーリーは進む。
俺はその前に農業を始めて、これから村も発展させようとしている。
それがシーケンスブレイクの醍醐味だからだ。
と、全部言えるわけもなく、俺は居心地が悪くなって、あちこち周りを見回す。
今日も村は平和で、ブライトとロトンドはゴロツキです。
「なんだ、間接的に関係あるではないかびっくりさせおって。ならば問題ない」
ジジイが驚愕から戻ってきて安堵のため息をつく。
ジジイの中で整合性が取れたらしい。
「間接的と直接的じゃあ、リスクとリターンの配分が変わるだろ___」
「大兄貴。畑に誰かいますぜ。様子が変だ。急いだ方が良さそうでさぁ」
突然、ロトンドが深刻そうな声をあげる。
ロトンドの方を振り向くと、いつになく深刻そうな顔をしている。
俺はすぐに畑の方角に目を向ける。
確かに、目を凝らすと畑に誰かいる。
何かを___しているように見える。
嫌な予感に心臓がドクンと強く脈打つ。
そう感じた時には、俺はすでに全力で走り出していた。
我武者羅に走って畑を目指す。
近づくにつれて見えてきたのは、村のご婦人。
畑に……水を撒いている。
「おい! なにしてる!」
意味のある問いかけじゃなかった、ただ返事が欲しかっただけだ。
勢いそのままに、後ろ姿のご婦人の肩を掴む。
強引に振り向かせたご婦人の顔を見て俺は、また心臓を鷲掴みにされる。
「くそ!」
さっきの村長と同じ能面がそこにはあった。
名前は知らないが見覚えはあるご婦人だ。
ご婦人の手元を見れば水の入った桶を持っている。
それで、水を撒いていたのだ。
そして、この水桶は農具だ。
俺はそれを見た瞬間ご婦人の手から、水桶を叩き落とす。
桶から溢れた水が飛び散り畑を濡らす。
それから俺は、ご婦人の顔を見つめる。
頼む頼むと祈りながら、見つめ続ける。
「あらやだ、シヤったらこんなおばさんを見つめて。悪いけどあたしゃ旦那一筋だから、諦めとくれ」
実際どれくらいの時間だったのかはわからないがご婦人が元に戻った。
戻って___くれた。
俺は畑に崩れ落ちる。
「あらやだ、おばさんに振られたのがそんなにショックだった?」
ご婦人が心配そうに覗き込んでくるが、脱力感で応える気力もない。
「大兄貴は傷心しちまったんで、そっとしておいてほしいんでさぁ」
横からロトンドがご婦人に声をかける。
「あら、あんたらは今日村に来たっていう、シヤの舎弟さん達かい」
「ええ、俺らはまさにその舎弟一とニでさぁ」
「以後お見知りおきを」
ブライトも挨拶をかわす。
「ふむふむ。若い男をこっぴどく振るとは、お主もなかなかやるな」
「あら、村長まで。大の男が雁首揃えて、こんなところに何の用だい?」
村長も挨拶に加わり、俺に目配せしてくる。
「こんなところも何も、お主こそこんなところで何をしているのだ?」
そう言って村長は辺りを見回す。
それに釣られてご婦人も辺りを確認し、首を傾げた。
「あら。何だってあたしゃ、こんな何もないところのど真ん中に立ってんだろうね?」
腕を組みうんうんと唸るご婦人に、ロトンドがするりと告げる。
「そんな時は、覚えてる一番新しい出来事を思い出すと良いんでさぁ」
「新しいこと? そうだねぇ、村でマルールを見かけたから、珍しいこともあるもんだと思って、何かあったのかもしれないから、話をしようと家に向かって……」
ご婦人は空を見上げて一つ一つ思い出しながら、話しているようだった。
そして、興奮したように早口で喋り出す。
「そうだ! そしたら、だだっ広い土地の真ん中に、休憩場所みたいのがあったから、何だろうと思って近づいたら、台があったから触ってみたんだよ。そしたら、頭ん中がビカビカビカぁってなって!」
……くそ。
くそ。
くそ!
作業台だ。
俺は村長のことで混乱して、作業台を回収し忘れた。
その作業台に触った彼女は、物作りに目覚めた。
そして___
「びっくりしたから、近くの水桶の水を飲もうとして……それからどうしたんだっけ?」
再び頭を捻るご婦人。
「ふうむ。今日はもう家に戻ったほうがいいかもしれんな。暑さにやられたのかもしれん」
村長がさり気なくご婦人を畑から遠ざけて、帰路へ促す。
「うーん。そうだねぇ。それじゃ、そうさせてもらうよ」
そう言いながら、ご婦人は家へと帰っていく。
「ロトンド、悪いが家まで送って、しばらく様子を見てくれ」
「了解でさぁ」
家路につくご婦人の背中を見て俺は、心の中に後悔と一緒に闘志のようなものが湧き上がるのを感じた。
地面の土を握り締め、歯を食いしばる。
「さて、シヤよ。もはや、是非もないな?」
ジジイが村長の顔で言ってくる。
「ああ、あんた以外も、ああなるっていうなら、悪いけどジジイ。付き合ってもらう」
「元より、ついていくと言っておるわ。お主が怖気付いていただけよ」
俺は立ち上がり、三人を見回す。
「これからする検証は、この世界の人間にとって必要な検証になった」
物作りができるようにした事で、NPCになるバグが見つかった。
だが、これから先、この世界を攻略し、守るためには物作りは欠かせない。
だから、このバグは完全に検証し尽くさねばならない。
だから___
「発生条件と、安全に元へ戻す条件が判明するまで、検証をし続ける地獄コースを開始します」




