第三十五話「役目と、やる意思と、責任と、って話」
「ふむ。シヤよ、その顔からしてどうやら落ち着いたようだな?」
村長の家に着くと、すでに座して俺を待っていた村長が、満足げに頷いている。
先ほどまでの大騒ぎしていた老人とは打って変わって、村長としてそこにいる。
「おかげさまで。俺には優秀な部下がいるもんでな」
どうせ俺の醜態は見抜かれていただろうと思うと、気恥ずかしくなり、ぶっきらぼうな返答になってしまった。
それすら恥ずかしくて、いそいそと村長の前に座る。
「どうやら、そのようだ」
その様を面白いものでも見るかのように、ニヤニヤとしているジジイ。
「ああ、俺に見合った部下だろう?」
なんだか、格の違いを見せつけられたようで、俺も言い返す。
「こわっぱが抜かしよる。後ろの二人の方が優秀であろうよ」
呆れたように、俺の後ろを見るジジイ。
「見方によってはそうとも言える」
できた人間度でいうと二人とは戦いにもならない、ゲーマー度で勝負していきたい。
ゲームなら二人に勝てる自信がある。あと、喧嘩。
「さて、ワシもワシ自身に何が起こったのかを三人から聞いた」
前振りは終わり、村長がその責務に相応しい顔になる。
物事を厳しく見定め、厳格なる決断を下す者の顔だ。
「あの時は、ああ言ったが、確かに農業の件は白紙に戻すことに賛成だ。村の人間を同じようにするわけにはいかん」
畑では、個人の思いが暴走した結果の発言だったのだろう。
村長に戻った今の彼は、村にとって正しい判断を下す。
村にとって危険なら、自分の思いは捨ておける。
この御仁は役目に縛られながらもそれができる、稀有な存在だ。
「ああ、一旦は白紙に戻したい」
だから俺も、真摯に答える。
嘘偽りなく、思った通りに。
「……ほう。一旦か」
俺の言葉尻をとらえて村長の目が細まる。
「まずは説明をしよう。何が起こったのか、俺の推測も多分に含まれるが、この世界のことも含めて」
今までのこと、これからのこと、話をするには、まずこの説明をしなくてはならない。
世界を一端でも理解してもらわなければ先に進めないから。
「この世界の事ときたか。ずいぶん大きな話だな。流石は使徒様だ」
俺が大きく話を見せようとしていると思われたのかもしれない。
嘲笑とまではいかないが、鼻で笑われる。
使徒である事も少し疑っているのかもしれない。
実際使徒かどうかわからないので、仕方がない。
「俺が使徒だからといって鵜呑みにしなくてもいい。あんたが自分で判断してくれ」
私もあなたに疑われている事をわかってますよという意味だ。
交渉しようってんじゃない、でも嘘だと思われて信じてもらえないのは避けたい。
だから、営業スキルで村長と同じ土俵まで上がる。
「であろうな。ワシとて信心深いと自覚しているが、妄信的ではない。お主の未熟さも透けて見えるわ」
今度は明確に冷ややかな目で見てくる。
これは……試されているな。
「その前に、グリーヴァは同席させなくていいのか? あいつにも聞く権利があるだろう?」
でも、俺は営業をしにきたんじゃない。
説得に来たのでもない。
ただ、話をしに来たんだ。
だから、一旦流れを変えるために、グリーヴァに言及する。
「いいや、無い。やつは次期候補であって、未だ村長ではない。ゆえに、その資格はない」
「そうか」
孫であっても、規律は厳しく守る。
一貫した厳格さだ。
「なら、俺たちも席を外させてもらうぜぇ」
「でさぁ、俺たちは大兄貴のお守りできたんで」
俺たちの話を聞いていた、ブライトとロトンドが言いながら席を立つ。
今までのやり取りを見ても、気楽そうな表情だ。
___信頼されてるんだな。
「そうだな、大変申し訳ないが、誰も中に入ってこられないように、入り口を見張っておいてもらえぬだろうか?」
俺に向ける表情とはうって変わって、柔和な表情で二人に告げる村長。
「いいぜぇ、元よりそのつもりだったんだぜぇ」
「でさぁ」
そう言いながら、二人はドアを開け外に出ていく。
完全にドアが閉まってから、俺は村長に向かって頭を下げた。
「まずは謝らせてくれ。俺の落ち度であんたを危険な目に遭わせてしまった。申し訳ありませんでした」
「謝罪を受け取ろう。おそらく、お主にも予想外の出来事だったのだろう?」
俺は意外にもあっさりと謝罪を受け入れてもらったことに驚き、村長の顔を見る。
しかしその表情からは何も読み取れない。
「……ああ」
俺はしどろもどろになりながら返す。
「ならば、何も問題はない」
やはり、表情は変わらない。
本当に何も思っていないかのようだ。
「だが、ワシの身に何が起きたか、どうしてそうなったかは教えてもらおう」
と、突然眼光が鋭くなる。
……そうだな、もしかしたら村人に危険が及んだかもしれない問題だ。
村長として絶対に譲れない事だろう。
俺もきちんと説明がしたい。
だから最初にこう告げる。
「そうだな。まずは、この世界の理を説明させてくれ」
「理ときたか」
片方の眉を上げて訝しげな表情を見せる村長。
「ああ、この世界の全てには役目がある。水は流れて草木を潤す、火は物を燃やし明るくしたり、暖かくしたりする。人間も決まった役割がある」
「当たり前のことのように聞こえるが?」
今度こそ困惑の表情を見せる村長。
首を捻り、髭を触る。
「人生観の話じゃない。あらかじめ言っておくぞ? これは俺の推測で、真理だとかそういうものじゃないからな?」
「さっきも言ったろう、盲信はせんさ」
まだ、仮説の段階のものを真実として語るのは俺の信条に反する。
何より不誠実に思えた。
だから、前置きしたのだが、それを聞いた村長はニヤリと笑った気がした。
「あんた達には、あらかじめ決まった役目があって、その役目に必要となったら、息をするのと同じ感覚で役目に必要な行動をとる。絶対にそうする。なぜかそうなるんだ」
「例えばワシが村長なのは、村長の役目を任されたからだという事か?」
ブライトやロトンド達にも話した内容を、なるべくわかりやすく説明する。
流石はと言ったところか、村長はすぐに理解したようだ。
「概ねその理解で合ってると思う」
「ワシらが苦悩し努力し手にしたものは、誰かに作られたものだというのか?」
若干の怒りと猜疑心。
不快感をあらわにする村長。
……当然その結論に達するよな。
しかも、作られたかどうか。
物作りが出来るようになったからこその疑問と苦悩だ。
全くもって皮肉な話だ。
そう俺が考えていると、村長が口を開き___
「ワシの息子は……レオンは役目のために命を落としたというのか?」
まるで、人形のようだった。
何も読み取れない。
何も表に出てこない。
ただそこに顔があるだけ。
でも、目だけは。
その目だけは、俺にはわからない深い深い何かの感情が見えた気がした。
たくさんの人と接してきた俺は、きっとこれがこの人の心のラインなんだと思った。
超えちゃいけないし、歪めてもいけない。
だから俺はこう答えた。
「違うよ。あんたの息子は自分の意思で村を守ったんだ」
「………………そうか」
長い長い沈黙の後、村長は一言そうポツリと呟いた。
俯き、項垂れて先ほどまでの村長はそこにはいなかった。
だから、俺は村長が偉業を成し遂げた事を教えてやる。
「ちなみに、あんた自分の意思で役目を逸脱したことあるからね? 世界の理に打ち勝ってるからね? あんたにできて、息子さんにできない、道理はないからね?」
俺はただの事実と、ちょっとの推測を口にする。
ありえないことじゃない。
孫のグリーヴァだって役目から逸脱し出した。
だったら、グリーヴァの父親だって可能性は高いだろ。
俺の言葉に村長は顔をあげ、しばらく、ぽかんとした後ニヤリと笑う。
「だが、人形のようになってしまったがね」
小粋なブラックジョークをいただきました。
だが、今度は俺の失敗を語らねばならない。
「多分それが俺のせいだと思う」
「お主のせい?」
「おそらく俺がアンタに物作りを教えて、農業をさせたことで、農家の役目に強く引っ張られたんだと思う。本人の意思がなくなるほど強く」
推論ではあるが、ほぼ確定に近いと思う、検証すればすぐ結果が出るタイプの推論だ。
「ワシが物作りを覚えたせいで、そうなったと考えておるのだな?」
「あぁ、推測とは言ったが、ほぼ間違いないと思う」
物作りを覚えなければ、そもそも畑作りができないからな。
条件の一つなのは間違いない。
「ふむ、ワシに限っての話だが……」
俺の言葉に村長が天井を見上げ、一瞬何かを考える。
そして俺の目を見てこう言って。
「物作りを覚えた代償なら受け入れよう」
その顔は不敵な笑顔で彩られている。
「そこまでなのか?」
俺は、村長の物作りへの執着に少し呆れる。
「そこまでなのだよ。これも役目ゆえかな」
「絶対に違うと思う」
「そうか! これは間違いなくワシの意思か!」
何がそんなにおかしいのか豪快に村長は笑い出す。
「さて、ワシはこの世の真理を教えてもらったわけだが、ここに来たのはそれだけではあるまい?」
ひとしきり笑った後、佇まいを正すと俺の目を見て言ってきた。
そうだなこれからが本題と言ってもいい。
「あぁ、今回のことは俺の責任だ。俺が招いた事だ」
「ワシは構わんと言ったが?」
眉を顰める村長。
「ああ、だが間違いなく俺が悪い。そう、検証を怠った俺がな」
「検証?」
眉を上げる村長。
「そうだ、新しい事をするのに、思い込みであんたを放置したのが悪かった」
これは、ゲーマーとしては落第だ。
「新しい事以前に、こんな老人を放置するのは元々悪い事だ……いや、ワシも浮かれておったし、お互い様か」
「そうだな、あんたを放置したこと自体は問題ないな」
「……まぁ、いいだろう」
何故か解せぬと言った顔の村長。
解せぬ。
「まず、農業をするにあたって、役目が農家に切り替わる可能性を考えるべきだった」
俺は一つずつ今回の問題点を挙げていく。
「そして人形化を確認した時点で、誰であっても人形化するのか、俺なら大丈夫なのか、ブライトとロトンドなら大丈夫なのか、その検証をする必要があった」
「結果論ではあるが、そういう事になるな」
「農業にリスクがあるならそれを排して行わなければならない。そのための検証が必要だ」
いつもやっている事だ。
わからないことがあったら検証。
だが___
「この検証をするには大きな問題がある」
「そうだな、お主の言うとおり大きな問題がある」
そう、その問題が俺を立ち止まらせた。
「検証中に人形化してもらう人間の協力が必要だ」
「であろうな、人形化の条件を調べるなら、当然人形化を前提で考えねばならん」
村長がさもありなんという顔をする。
「ではどうする?」
「優秀な部下に言われたよ。選ばせろって。選ぶ権利を___あげろってさ」
思えば、前とおんなじ事言わせちゃったな。
不甲斐ない上司でごめんよ。
「やはり、あの御仁達は、お主より優秀であったな」
俺の情けない心の声が顔に出ていたのだろう、くっくっくと笑いながら、村長が二人を褒める。
二人を褒めるのはいいけど、相対的に俺にディス入れるのは良くないと思うよ?
まぁ、そんなこんなで。
ようするに___
「なぁ、村長。あんた農業やりたいかい? 物作りしたいかい?」
これが聞きたかったんだ。
「くくっ。その質問のために随分と長話をしたものよ」
随分と楽しそうな、村長。
俺を試した結果出てきた言葉がこれだからな。
しゃーなしか。
「この村はこのままでは滅ぶのだろう? それを防ぐためならば是非もなし。このホロ村長001。老骨に鞭打ち見事に役目を務めてみせようぞ!」
元気いっぱいに立ち上がり、戦国武将のように腕を振り上げ、堂々と宣言する村長。
そこにはなんの憂いも見て取れない。
じゃあ、決まりだ。
「ならあんたはコレから俺たちの仲間だ。物作りで村を守る仲間だ」
「仲間。そうか仲間か! この年で仲間ができるとは愉快愉快!」
がっはっはと、これまた戦国武将大将のように笑い声を上げる村長。
ついでに俺は気になったことを告げておく。
「早速なんだけど、ホロ村長001って言いにくいから、今後はヴェッキオって呼ぶね?」
俺も立ち上がり、帰り支度をする。
「いきなりどういうことだ?! ワシにはホロ村長001という立派な名前があるのだぞ?!」
「だから、呼びにくいんだって、心の中でジジイって呼んでるし」
帰り支度っていっても、なんも持ってなかったや。
「失礼なやつだな! いや普段もジジイと呼んでおったが!」
ズビシィッと指を突きつけられる俺。
「正式に名付けをするかはまた今度正式に選んでもらいますので」
「正式ってなんだ?!」
「使徒様の特別パワーを授けるってこと」
「なんだと、すぐ欲しい!」
天を仰ぐジジイ。
「だめ、検証が終わって、ちゃんと説明をきいてからだ」
名付けはちゃんと、念入りに説明してから。
特に、ヴェッキオはもともと死ぬ定めのNPCだからな、何が起こるかわからんし。
同意書にサインもらってからじゃないと。
それに___名付けたからこそ、死ぬ定めから逃れられるかもしれないしな。
「ぬぅ。致し方あるまい……」
「じゃあジジイ、畑へ向かおうか」
「結局ジジイと呼んでおるではないかこわっぱ!」
ジジイにジジイと言って何が悪いのか。
「失礼な。一応中身は子供じゃないんだぞ」
「そ、そうであったな。曲がりなりにも使徒様であった。これは失礼をいたしました」
「まぁ、40手前くらいだけどね」
「こわっぱではないか!」
ジジイが何歳かわからんけど、ジジイは若者をみんな子供扱いしよる。
「若い身空で使徒になったの。仕方ないでしょ」
「むぅ。使徒様なのは本当なのだな?」
やっぱりちょっと疑ってたか。
「うん。多分」
「多分とはなんだ!」
「一応、女神とやり取り? はしてるよ?」
指輪もらったし。
「む、では本当に使徒様ではないか」
「悪さをしようとすると、お仕置きしてくるんだ」
「お主、ダメ使徒なのではないか?!」
「うん。ダメだよ。でも___」
ゲーマーとしての矜持は譲れないから。
「この村は守ってみせる。これは確定した未来だ」
仲間を見捨てることはできないから。
だから、俺はこの責任だけは背負わせてもらうんだ。
「……そうか。ならば何も言うことはありませぬ。使徒様についていくとしましょう」
後ろからの声を聞きながら、俺はドアを開いて外に出るのだった。




